一一三 独裁者
~~~呉 建業の都~~~
「へ、陛下! なにとぞ、なにとぞ私の話をお聞きください!」
「縄で身体を縛り上げて何やってんだてめェ。
性癖でも披露してんのか」
「どうか、私はどうなっても構いませんから、
孫和様への勘気をお解きになってください!
「…………馬鹿が」
「は、はい?」
「大馬鹿ヤローが! てめェは何もわかっちゃいねェ。
馬鹿が……どうしようもねェクソ馬鹿が!
おい、こいつをさっさと連れて行け。交州でもどこでも、オレの目にふれねェとこにな!」
「へ、へい! ただいま!
衛兵ども、詔勅でゲス! とっとと陛下の言う通りにするゲスよ!」
「へ、陛下…………」
(これはまたとない好機でゲス! 詔勅を偽造して殺してやるでゲス!
ライバルをまた一人消してやれるでゲス!)
~~~呉 孫魯班の邸宅~~~
「…………夫が処刑されたわ」
「あらまあ、朱拠さんが? それはお気の毒ね」
「……お姉ちゃんがまた裏で手を回したんじゃないの?」
「被害妄想もいいかげんにしなさいよ。
今回はアタシは何もしちゃいないわ。今回はね」
「でも、パパがあんなにあっさりと処刑を命じるなんて信じられない」
「だから、孫弘か誰かが手を回したんじゃないの?
アタシは何もやってないってば」
「孫覇や孫和にはあんなことをしたのに?」
「しつっこいわね! いつもいつもウジウジウジウジ……。
まったく誰に似たのかしら」
「……知ってるのよ。孫覇を担ぎ上げるのに失敗したから、
今度は孫峻に色目を使ってるんでしょ」
「だったらなんだっての? 孫峻もアタシも独り身なのよ。
アンタもせっかく独り身に戻ったんだから、誰かに色目使ったら?
あ、ごめんごめん。アンタの性格と器量じゃ無理か」
「……わたしの主人を殺して、孫覇を殺して、孫和を陥れて。
今度はわたしを殺すつもり? その次はパパ?」
「ああ、もう。アンタの旦那は違うってなんべん言えばわかるのかしら。
……それにアンタ、勘違いしてるわよ」
「何の話よ」
「今のパパはアンタの知ってるパパじゃない。
アンタの夫くらい、あっさり殺すわよ」
~~~呉 陸遜の邸宅~~~
「…………これを孫権陛下が父上に寄越したというのですか」
「うん。20ヶ条の質問状だってさ。
びっくりしちゃうよね~。ボクにまで疑いの目を向けるなんて、
すっかり耄碌しちゃってるよ陛下ってば」
「父上、お言葉が過ぎます」
「固いこと言わないでよ~。誰も聞いてないって。
左遷されたボクの家に来るのなんて息子のキミくらいなんだから」
「……釈明されますか?
お身体が優れないようでしたら、僕が代わりに陛下のもとへ伺いますが」
「そんなの別にいいって。
ボクも陛下もそろそろポックリ逝きそうだしね。
死んだらそんなのどうだっていいじゃん」
「父上が先に逝かれたら、今度は僕に疑惑の目が向くかもしれません。
僕はいい迷惑です」
「もう~。陸抗クンはクソ真面目の心配性だなあ。
じゃあ、それなら……」
「それなら?」
「ぐわははははははは!
命尽きる前に都を攻め、孫権の首を挙げて後顧の憂いを断ってやろうか!?」
「!」
「愚かなり孫権……。この俺様は身体は老いぼれても頭はいささかも衰えておらん。
地獄の業火よりもなお恐ろしい、俺様を怒らせたその報いを受けるがいい!!」
「……父上、ですからお言葉が過ぎます」
「あれ、あんまり驚いてないね?」
「いえ、驚きました。父上のそれは火を見なくても発動できるのかと」
「まあボクの気分次第だからね。
別に暴走してるわけじゃないし。いつでも発動できるよ。
そんなことよりさ、ここからは真面目な話だけど、
実際問題、ボクが死んだ後どうする? っていうかどうしたい?」
「話がよくわかりませんが」
「ボクも陛下も亡くなったら、呉にはキミに並ぶ者が無いって話。
キミがその気になれば、呉を好き放題にできるけどどうするの?」
「父上は僕を買いかぶり過ぎです。
諸葛恪殿や孫峻殿、滕胤殿と優れた方はいくらでもいます」
「そんな烏合の衆と比べるまでもないよ。
まあ滕胤さんはマシだけど、でもやっぱりキミには及ばない。
孫和様も孫覇様もいなくなって、この国はもう孫氏にはまとめられないよ。
キミがその気になればなんだってできるんだ」
「興味がありません」
「ボクと同じで欲が無いな~。
キミにその気があれば、死に損ないの老骨に鞭打って手伝おうと思ったけど」
「頼みますから寝ていてください」
「残念だなあ~。生きる目的が無くなっちゃったよ。
これで明日にでもポックリ逝っちゃったらキミのせいだからね。
あ~あ。最後に派手な戦をもう一回したかったのになあ~」
「親不孝な息子ですみません」
「いいよいいよ。
関羽さんに張飛さんに劉備さん。桃園の三兄弟を倒せたのはボクだけだもん。
それを冥途の土産にして満足するよ」
~~~呉 建業の都~~~
「……ご臨終です。
いや、陛下の場合は崩御でしたかな。それとも薨去?」
「なんでもいい。とにかくこれから忙しくなるな」
「ええ~ん。パパ~パパ~!!」
「まったくいつまで泣いているのだ。
孫権陛下亡き今、ガキとはいえお前はこの国の皇帝だ。
少しは自覚を持て自覚を」
「ちょっと孫峻、言い過ぎよ。孫亮はまだ10歳なのよ。
ねえ孫亮。お姉ちゃんがついてるから大丈夫よ。
これからパパの代わりに少しずつ、頑張っていこうね」
(なるほど、飴と鞭か。
孫峻が鞭打ち、孫魯班が飴を与え、依存させる。
よくある洗脳のやり口だ。だがお前らの好きにはさせない)
「た、た、大変でゲス! 孫権陛下の死を聞き、
魏軍が大軍で合肥新城から攻めて来たでゲス!」
「それは一大事だ。私がただちに迎撃に向かおう」
「待て。そんな大役を軽々しく任せるわけにはいかん。
まずは軍議を開いた上で――」
「こんなこともあろうかと私はすでに、国境線に防衛陣を布いてある。
手はずを整えた私が指揮をとるのは当然であろう。
それに都の守備も肝要だ。陛下の死で動揺した隙をつき、反乱する者も現れるだろう。
孫峻様にはこの都を守っていただき、呂拠には私についてきてもらいたい」
「むう…………」
「………………」
(諸葛恪め、こうなることをあらかじめ予測してたのよ。
大丈夫、孫亮はアタシたちの手中にある。一歩先を行ってるのはアタシたちの方よ。
ここは諸葛恪に譲って、恩を売っておきましょう)
「……あいわかった。魏軍の対処は任せよう」
「お任せあれ。すぐにかたを付けてやる。吉報を待っていると良い」
「フン! 行くぞ魯班。
クソガ……孫亮陛下の即位の準備をする」
「ええ、もう進めてるわ。行きましょ」
「うわ~~ん! おねえちゃんまってよ~~!」
(孫峻も諸葛恪も早速争い始めたでゲス。
しめしめ、この隙に横からどっちかを刺してやるでゲス。
そして罪を残った方になすりつければ……ゲスゲスゲス!
もう呉はあちきの手に入ったも同然ゲス!)
「陛下が亡くなられたのにうれしそうだね孫弘さん。
そんなに楽しい話なら私にも聞かせてくれないか?」
「お前には関係ないでゲス。
あちきは忙しいから失礼するでゲス。ゲスゲスゲス!」
「やれやれ……見るに堪えないな。クソッタレの捨て犬の気分だよ。
呂拠、君もそうだろう? ああ、言わなくてもいい。
君の顔に書いてあるよ。冷めたピザを無理やり頬張らされてるみたいだってね」
「知らん。俺は呉の敵を討つだけだ」
「ははは。私がその敵にならないことを祈るよ。
亡き陛下に後事を託された者同士、仲良くしようじゃないか。
なあ、俺達はブラザーだ。そうだろう?」
「知らんと言っている。
……出陣の準備をして参る」
「陛下が亡くなられてから20ミニッツも経ってないのに、もうみんなバラバラか。
これからどうなるのやら。まあ、とりあえず諸葛恪のお手並みでも拝見しようか。
ポップコーンでもつまんで、ワイフとくつろぎながらね」
~~~東興 呉軍~~~
「諸葛恪は当てにならん。我々だけで魏軍を撃退する」
「♪オ~レ~も賛成だ~~!」
「ぬ、抜け駆けをするつもりか?」
「無論だ。魏軍の目は諸葛恪の本隊に向いている。その隙をつく」
「♪そのた~めにお前を呼んだんだ~!」
「た、確かに俺は徐州の出身でこのあたりの地理は多少は心得ているが……」
「敵陣の位置がだいたいわかれば構わん。まずは俺が石塊の嵐を叩き込み」
「♪オ~レ~が突撃だ~~!」
「……呆れるほど単純な作戦だな」
「やっと来たか呂拠。冷静なお前には後詰めを頼む」
「わかった。ここに来るまでに陣立ては整えてある。いつでも構わん」
「ならば行くぞ。帆を上げろ! 出航だ!」
「♪ヨ~ソロ~~!!」
「ええい、こうなりゃヤケだ!
こっちから敵陣の近くに上陸できる。ついてこい!」
~~~東興 魏軍~~~
「呉軍の先制攻撃だと!?」
「なんというていたらくだ。無様に我が陣を切り崩されているぞ。
いったい先陣は何をやっていた」
「た、ただいま調べさせております……。なんだと!?
ど、どうやら……先陣は油断して酒盛りを開いていたようです」
「なるほど。こんな冷え込む夜には酒の一杯くらい欲しくなるだろう。
さすがだな諸葛誕。兵卒への心配りが利いている」
「い、いえ。そもそも酒など用意していなかったはずですが、
勝手に兵士どもが持ち込んでいたようで……」
「ぶぶぶ無事か司馬昭昭昭昭!!!」
「私なら大丈夫だ。諸葛誕が全軍の指揮を放ってまで私を守ってくれている」
「ももももはやこれでは戦にならんんんん!!!
ささささっさと引き上げるぞぞぞぞ!!!」
「し、司馬昭様。私もここは撤退するべきだと考えますが……」
「ああ、そうだろうな。戦端を開く前に奇襲攻撃を受け撤退。
さぞかし兄者は喜ばれるだろう。
私は帰る。後始末はお前たちがしろ」
「は、はい!」
「……ああああれが司馬昭かかかか。
ききき聞きしに勝る傲慢ぶりだなななな!!!」
「こ、声を潜めろ! お前の声は異常に響くんだ」
「フフフフンンンン!!!
おおお俺は構わんんんん!!!」
(私は構うんだ私は……。
司馬懿の亡き後、あの兄弟の増長ぶりは目に余る。
だが兵士たちを養うために私は我慢せねばならんのだ……)
~~~魏 洛陽の都~~~
「ほう。諸葛恪め、司馬昭の軍を撃退しただけでは満足せず、
逆に合肥新城を攻めて来おったか」
「ああ、毌丘倹は援軍を求めてきてるぜ」
「カンキュウ……? ああ、更迭してやった諸葛誕の後任か。
フン、援軍がなければ合肥新城を守れないとほざくのか」
「敗残兵で士気は低く、疫病も蔓延していると聞きます。
このままじゃ 合肥新城 落ちかねない」
「張遼や満寵は2~3千の兵で守っていたではないか。
なぜ同じことができない?」
「……建国の名将たちと比べるのは酷だろう。
俺も援軍を送るべきだと考える」
「司馬師、私からも頼む。合肥新城をもし失えば、東方戦線は崩壊するぞ」
「ならば叔父上が行けばいいでしょう」
「……私はろくに戦の経験もない文官だが」
「行きたい奴が行けばいい。それだけです。
……吾輩は父の陵墓の建築のことで忙しい。
援軍を出したければ適当にどうぞ。それでは失礼する」
「……司馬師め。
兄上の臨終シーンはくどいし暗いとカットしておいて、何が陵墓の建築だ」
「とにかく許可は得られた。俺も手を貸す。
我々の手勢だけでも援軍に向かおう。
――文欽、お前も兵を貸せ」
「はあ? なんで俺様が?」
「毌丘倹とは懇意にしているだろう。
それにお前は都にいたら遠からず失言で干されるぞ」
「ケッ。余計なお世話だ」
「私も手伝います。まずは州泰殿と文欽殿の精鋭を向かわせ、
その後から司馬孚様に後詰めをお願いします」
「しかし先にも言ったように私はろくに采配も振るえないぞ」
「司馬一族の重鎮が兵を率いているという事実さえあれば大丈夫です。
司馬孚様には1万の兵を10万と偽り進軍していただければ、
諸葛恪 大軍驚き 逃げ出した」
「そういうものであるか……。
あいわかった、魏国の危機だ。私で良ければひと肌脱ぐとしよう!」
~~~~~~~~~
かくして呉では諸葛恪と孫峻。
魏では司馬師と司馬昭が独裁を振るい始めた。
しかし驕れる者は久しからず、一人の身にはあっけない最期が迫っていた。
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