一二三 三国統一
~~~呉 荊州~~~
「陸抗殿は新しい陛下についてどう考えているのだ」
「陛下の悪評ならもちろんボクの耳にも届いてるよ」
「ならば身の振り方を考えるべきではないか?
晋に羊祜殿というつてもあるのだ。
無理に暴君に仕える必要はあるまい」
「吾彦さんの口からそんな台詞が出るとはね……。
よっぽど腹に据えかねているようだ」
「武人として死ぬならば、
暴君のために死ぬのは御免だというだけの話だ」
「なるほどね。言い分はわかるよ。
でもボクは魏に寝返るつもりはないんだ」
「それは建国の功臣である御父上への義理立てか?」
「もちろんそれもあるけど、一番は国のため、そして民のためかな。
ボクは呉の西方を任された身だ。
そのボクが職務を投げ出して、民を裏切ることはできない」
「………………」
「それに父上がボクの立場だったらどうしたろうか?
やっぱり国のために最後まで戦い抜くと思うんだ。
――って、やっぱりボクは父上への義理立てで戦ってるみたいだねこれじゃあ」
「いや、御立派な覚悟だと考える」
「本当に嫌になったなら、羊祜さんに頼んでみるけど」
「それ以上言うな。ワシの覚悟も決まった。
ならば国のため、民のためではなく、貴君のために戦うとしよう」
「あはは、そう面と向かって言われると照れるね。
……ボクか羊祜さんか、どちらかが死ねば均衡は崩れる。
その時に備え、準備を整えるとしよう」
~~~晋 秦州~~~
「これつ があらわれた!」
「トクハツジュキノウ があらわれた!」
「トクハツジュキノウよ!
なにゆえ もがき いきるのか?」
「ほろびこそ わが よろこび しにゆくものこそ うつくしい
さあ わが うでのなかで いきたえるがよい!」
「これつ は ギガデイン のじゅもんをとなえた!」
「トクハツジュキノウは わらっている!」
「これつ は メラゾーマ のじゅもんをとなえた!」
「トクハツジュキノウは すずしげだ!
トクハツジュキノウの こうげき!
つうこんのいちげき!」
「ぬわーーっっ!!」
~~~晋 襄陽~~~
「なぜだ!? なぜ司馬炎陛下は呉への侵攻を許可してくれないのだ!?
こんな馬鹿な話があるか! 陛下メェェェェェエ!!」
「左氏伝に曰く『臍を噛む』とはこのことですな。
陛下は北方で反乱し胡烈殿を殺した禿髪樹機能ら鮮卑の方が、
呉よりも厄介な敵だと考えているのだろう」
「盟友の陸抗殿の死を嘆きながらも、
今が好機と羊祜将軍がご決断されたのに……。
その心中察しますぞ!!」
「陸抗亡き今、呉に恐れるものなどない!
私はこの時に備えメェ~メェ~、いや前々から準備を進めてきたのだ。
今を措いていつ呉を攻メェ~るというのだ!?」
「陛下の考えはわからないが、
左氏伝に曰く『百年河清を俟つ』とはまさにこのことだろう」
「……いや、取り乱してしメェ~いすまなかった。
私に出来ることは、ただ呉への備えを万全にすることであったな」
「はい! いつでも呉へ攻め込む準備は出来ています!」
「その準備を、号令が下されるその日メェ~で続けるとしよう。
たとえ、私が死んだ後でもだ」
「あいわかった。左氏伝に『禍福門なし唯人の招く所』と言うように、
我々は我々の仕事をこなすといたしましょう」
~~~呉 長江~~~
「これは……」
「どうした老いぼれジジイ?」
「老いぼれもジジイも同じ意味だ。
――それはともかく、河を見ろ。膨大な数の木片が流れてきている」
「おお、本当だ。木っ端がクソほど流れてやがるぜ」
「……お前のその口の悪さはどうにかならんのか」
「悪かったな。俺様はついこの前まで無頼漢として生きてきたんだ。
口下手なのくらい大目に見ろよ死にぞこないが」
「まあいい、いちいち付き合っていたら話が進まん。
この木片の意味がわかるか?」
「上流で馬鹿強え台風でもあったんか?」
「それだけではここまで多くはなるまい」
「まだるっこしいな。結論を言えよくたばりぞこない」
「船だ。魏が……いや今は晋だったな。晋が軍船を造っている」
「ってえことは、呉へ攻めてくる準備ってことか!」
「そうだ。張悌に報告しよう。
今や呉を担えるのはあいつだけだ」
「ヘイカには言わなくていいのか?」
「言っても構わんがどうせ採り上げられん。無駄は省け」
「へえ。老いぼれだからしきたりとかは大事にするのかと思ったぜ」
「もう一つ忠告してやろう。さっきのように結論を急ぐな。
お前が熱心にやってるらしい学問と同じだ。
自分で考え、そして判断しろ」
「けっ。もったいぶってると結論を言う前にくたばっちまうぜ」
「黙れ。行くぞ」
~~~晋 洛陽の都~~~
「機は熟したってことかな?」
「機ならとっくの昔に熟してます!
後は陛下が決断をするだけです!」
「君はいつも無駄がなくていいね。
いいよ。兵権を君に委ねよう」
「よっしゃあ! こんなに簡単に決められるなら、
羊祜殿が元気なうちに決断して欲しかったですな!」
「あの時はまだ無駄に早すぎた。
陸抗が死んで間もなく、彼の威光は消えていなかった。
それに傍観していれば、いずれ孫皓が自滅するとわかっていたからね。
待つだけで有利になるなら無駄は省かないとね」
「なるほど。陛下の深謀遠慮に恐れ入った。
左氏伝に曰く『牛耳を執る』方なだけはある」
「僕様の『鼎の軽重を問う』とは無駄だよ」
「! 左氏伝にも傾倒しているとは……。
つくづく恐れ入り申した」
「無駄話は以上だ。好きな将を連れて行くといい。
この戦いで乱世を終わらせるとしよう」
~~~晋 遠征軍~~~
「突撃だーーッ! 突撃して突撃して突撃だ!」
「王濬の命令は無視せよ。
竹を裂くように、そう『破竹の勢い』で攻め立てよ!」
「ん? 左氏伝かぶれは辞めたのか」
「辞めてはいない。
そろそろ私も自ら故事成語を生み出す時期に入ったというだけだ」
「おい杜預! 聞こえてるぞ。
俺の命令を無視しろとはなんだ!」
「あなたは優れた指揮官で、その『竹を割ったような』性格は尊敬している。
だが優れた兵法家ではない」
「左氏伝を離れたら今度は竹縛りか。
まあ、その頭の竹がもったいないとは思ってたよ」
「だが破竹とかなんとか、結局は王濬と同じことを言ってないか」
「数に任せて強引に攻めるのは感心しないと言っているのだ。
竹に切り込みを入れ、しかる後に裂くように、私が的確な指示を出そう」
「ふ~ん。そうか。
お前が指示を出すなら俺は楽でいいな。
よし、お前に任せて俺は突撃を仕掛ける!」
「やれやれ、指揮官なら指揮官らしく前に出ないで欲しいな。
行くぞ、大将を見殺しにはできん」
「ああ」
「よし、『竹馬の友』のごとく連携して呉軍を突き崩すのだ!」
「行け! 手柄を立てれば褒美は思いのままだぞ!」
~~~呉 張悌軍~~~
「見ろよ。大陸中からかき集めたのかってくらいの大軍だぜ」
「……やはり無謀なのではないですか。
これだけの大軍を野戦で迎え撃つなどとは」
「無謀も何も、誰もが無理だと思ってんよ。
兵や将だけじゃねえ。漁師も床屋も肉屋も誰も彼もがな」
「ならばなぜ籠城策を採らなかったのですか」
「どうせ無理だと思っててもよ、大将の俺が弱気な所を見せたら、
ますます怯えちまうのが人情ってもんだ。
だったら俺は先頭に立って、背中を見せなきゃいけねえだろ」
「なるほど。あなたは背後に水ではなく民を背負ったのですな。
これも背水の陣に違いない」
「そんなかっこいいもんじゃねえよ。
俺は諸葛瑾さんに推挙されて世に出た。
口の悪いおっさんだったが、尊敬できる人だった。
あの人が見てるってのに、恥ずかしい真似はできねえってだけだ」
「しかしそれならば、吾彦殿や周処を呼び寄せるべきだったのでは?
彼らを別の戦線に振り分けず、この乾坤一擲の戦に集めれば――」
「いいか、呉は滅びても民や将兵がみんないなくなるわけじゃねえんだ。
滅びた後に、魚屋や服屋や洗濯屋を守る奴が必要だろ」
「あなたはそこまで考えて……」
「関羽から奪って以来、守り続けてきた荊州が、
この前あっさり落ちた時の守将の報告を聞いたか?
敵は長江を越えて現れた、だってよ。全く笑わせるぜ」
「劣勢は確かですが、あれほど簡単に荊州が落ちるとは思いませんでした」
「都では大混乱の挙句、重臣どもが岑昏を槍玉に挙げて処刑したってよ。
孫皓には手出しできねえから、代わりに三下で憂さ晴らしか。
全くくだらねえ。吾彦や周処が残らなきゃ、
国だけじゃなくて全てが滅びちまうよ」
「ならば、あなたこそ生き残らねばならないのではありませんか?」
「俺は丞相だ。俺が国のために死ななくて誰が死ぬんだよ。
わかったらお前も帰れ。俺が死んだ後の呉を頼むぜ」
「……あいわかった。兵は帰しましょう。
しかし私はあなたにお供します」
「なんだと?」
「あなたに及ばぬ私が生き残り、国のために出来ることは少ない。
ならばあなたのために戦いましょう。
……あなたはまだ諦めていないのでしょう?」
「ああ。俺は一言だって言っちゃいねえぜ。
俺が晋軍なんぞに負けるなんてことはよ」
「奇遇ですな。私も負けるとは思っていません」
「よく言うぜ。だったら行こうか!
遠征軍を蹴散らして、洛陽に攻め上がり司馬炎の首を挙げによ!」
~~~晋 遠征軍~~~
「止まれ王濬! 監軍の私の言うことが聞けぬのか?
東方面から攻め込んでいる文鴦や唐咨と合流しろ!」
「そんなことを言われても追い風で船が止まりません!
しかたないので私はこのまま建業の都に攻め込みます!」
「おお、確かにこの風では船が言うことを聞かないのもしかたない。
これもまた破竹の勢いというものだろう。
それでは賈充殿、私も王濬将軍を追います」
「白々しいことを……。
荊州は落ち、呉の丞相も討ち取ったのだ。
戦いを急ぐ必要はないだろうが!」
「戦には時に覆し難い流れというものがあるからな。
まあ我々は戦利品を回収しながらのんびり行こうや」
「私は戦略的に反対しておるのだ!
もういい、お前らの命令違反を陛下に報告して参る!」
「ご自由に。分け前が増えて助かるよ」
~~~呉 建業の都~~~
「孫皓ーーッ! 聞こえるかーーッ!
聞こえたらでてこーーい!!」
「わざわざ声を張り上げなくても使者を送ればいいだろ。
だいたい向こうの皇帝が出てくるわけが――」
「孫皓に何用だ。なにゆえ死に急ぐ?」
「出てきたぜ……」
「お前が孫皓か? おとなしく降伏しろ!」
「降伏しろと言って降伏するわけが――」
「わかった。孫皓は降伏しよう、死にゆく者よ」
「降伏したぜ……」
「こうも簡単に事が進むとは『木に竹を接ぐ』ような違和感だな」
「それは良かった! 門を開けてくれ!!」
~~~晋 洛陽の都~~~
「そうか。呉という無駄もようやく省けたか。
地図がすっきりするね。無駄がなくなるのは実に美しい」
「あっさりと孫皓が降ったからいいものの……。
王濬らが東から帰ったら処罰を考えましょう」
「それには及ばない。乱世が定まった今、彼ら武人は無駄だ。
黙っていても勝手に落ちぶれていくさ。
無駄な労力を払うことはない」
「なるほど、陛下の慧眼にはつくづく感心致します」
「そんなことより、息子の嫁にと勧めてくれた、
君の娘のことなんだけど……。いいね。実に無駄がない。
彼女は自分とその家のことしか考えていない。
皇帝の妻にはうってつけだよ」
「おお! ご承諾いただけますか!」
「まずは身内のことを片付けないと落ち着かないからね。
さあ、これから忙しくなるよ。どんどん無駄を省いていこう。
まずは呉の都の後宮を、僕様の後宮と一つにまとめよう」
「はッ!」
「無駄を一つ一つ消して、この中華を綺麗にするんだ。
二度と乱れたりしないように、無駄のない綺麗な形にね」
~~~~~~~~~
かくして中華は統一された。
魏・呉・蜀は滅び晋が覇権を握った。
三国志はここに終わりを告げた。
完……?