一二一 姜維の戦い
~~~魏 成都~~~
「チッ……。いいか、貴様は運が良かっただけだ。
万に一度の奇蹟が起こったに過ぎない。
私の戦略が全面的に正しかった。それは認めるな?」
「成都を落とせたのは紛れもない鄧艾将軍の功績だろうが!
現にアンタは剣閣すら落とせなかった。
アンタの言いなりになってたら、
今頃はまだ剣閣の周りに死体の山を築いてただろうよ!」
「副将風情が良い気になるな。私は鄧艾に言っている」
「手柄は誰に行った、鄧艾倒したけれど鍾会、
俺は始めに言った、蜀さえ倒せりゃ結果オーライ、
それでとどめを刺した、蜀さん倒れて結果崩壊」
「将軍…………」
「これつ は あしもとをしらべた。
しかし なにも みつからなかった」
「一銭にもならない仲間割れはそのくらいにしろ。
降伏してきた蜀軍の編成が急務だ。
すぐに取り掛かるぞ」
~~~魏 成都 旧蜀軍~~~
「陛下は魏の都へ送られることになりましたか……」
「益州に残していたら、誰かが担ぎ上げる恐れがあると考えたんだろう。
俺や樊建、郤正、譙周がお供することになった。
陛下には指一本触れさせやしない」
「張翼とオレは蜀の兵のまとめ役か。
こっちも大変そうだな」
「それにしてもあなたが無事で驚きましたよ。
諸葛瞻や傅僉のように、戦死したと思っていました」
「方向音痴だが野盗ごときに負けはしねえよ。
……おっと、もう出発の時間だ。
悪いが先に行くぜ」
「達者でな! 今度は迷うなよ!」
「俺もそろそろ行こう。もう会うことはあるまい」
「本当に羌族に戻ってしまうのですか?
異民族とはいえ長く蜀に仕えたあなたなら、
魏でもそれなりの地位は得られるでしょうに。我々も口利きしますよ」
「そもそも魏軍に敗れて帰り道を塞がれ、やむなく益州に留まったんだ。
道が開けたなら帰るよ。
アンタらには世話になった。忘れないぜ」
「魏で職にあぶれたら羌族の仲間に入れてもらおうかな」
「その時は歓迎する。じゃあな」
「……みんな、離れ離れになりますね」
「国が滅びるってのはそういうことなんだろう。
……それで、姜維はどうしている?」
「あれっきり姿を見ません。
……ですが噂では、魏の陣営の中にいたとも聞きます」
「魏の陣営だと!?
あいつが魏軍に取り入って出世を目論むとは考えられん。
いったい何を企んでやがるんだ……?」
~~~魏 荊州~~~
「呉軍だーーッ! 呉軍が攻めてくるぞーーッ!!」
「また王濬さんですか……」
「将軍! そこにいましたか! 呉軍が攻めてきます!」
「来ませんよ。陸抗からそんな連絡は入ってメェ~せん」
「しかし! 呉軍が! 西へ! 向かっています!」
「だったら益州をメェ~ざしているのでしょう。
我々に攻撃を仕掛けるつもりなら、北へ向かうはずです」
「はっ! 言われてみれば! その通りだ!」
「左伝に曰く『朝に夕べを謀らず』とは君のことだな」
「ああ! 確かに! 朝に夕飯は食べない!」
「私と陸抗は不可侵条約を結んでいます。
もし戦端を開くとしても、必ず先に連絡を入れてくれメェ~すよ」
「左伝に曰く『善に従うこと流るるが如し』とも言うが、
羊祜将軍はいささか陸抗を信じ過ぎるきらいがありませんかな?」
「敵同士だということはわきメェ~ていますよ。
それに、条約を固く守ることで我々は民衆や将兵の支持を得ています。
それをみすみす破るような真似は、二人ともしメェ~せん」
「なるほど。将軍と敵将の虚々実々の駆け引きは、
左伝に『陸羊の交』という言葉を付け加えたいところですな」
~~~旧蜀 永安~~~
「ほんの数日前まで味方同士だった相手を攻めるのは、
なんだか気が引けますね」
「命令とあらば従うのが武人の習わしだ」
「気が進まないなら火でも見せてやろうか?
親父さんみたくビーストモードを発動させればいい」
「やだなあ、あなた方にも父はアレを見せていたんですか?
陸家の恥です。ボクにはあんな性癖ありませんよ」
「性癖だったのかアレは……。
それはともかく、永安は守将が逃げ出し、防備も手薄になっているそうだ」
「すんなり降伏してくれれば助かるんですがね。
とりあえず話してみましょう」
「責任者出てきやがれ! 呉軍のお出ましだ!」
「叫ばなくても来たのは知ってるよ。
援軍に来たってわけじゃなさそうだね」
「すでに成都は魏の手に落ちました。
あなた方は孤立しています。どうか城を明け渡してはくれませんか?」
「これはご丁寧にどうも。でもお断りだよ。
同盟相手の滅亡につけ込んで領土を広げようなんて、
ちょっと道義にもとるんじゃないの?」
「それを言われると辛いところですが……。あいにくと命令でしてね。
我々も永安を落とせと言われた以上、手ぶらでは帰れません」
「じゃあ交渉決裂だ。城は渡さない」
「すでに蜀は滅び、援軍は望めません。
それでもまだ抵抗しますか?」
「本来なら援軍になってくれたはずの人の言うことだ。説得力が違うね。
城が欲しけりゃ力ずくで落としてみなよ」
「ここまでだな。これ以上は無意味だ。仕掛けるぞ」
「ええ。致し方ありません。
攻撃を開始してください!」
「簡単に勝てると思うな! 今だ、撃ち返せ!!」
~~~魏 成都 鍾会の邸宅~~~
「悪い話ではないだろう?
私と君はウインウインの関係だ」
「是も非もない。全てを失った僕に与えられた選択肢は少ない」
「話が早くて助かる。
……まったく想像もしなかった。
まさか蜀にこんなにも話の通じる相手がいるなんてな。
君にはもっと早く会いたかったよ」
「利害が一致しただけだ」
「それでも構わない。私は今や確信している。
君と私が組めば、敵う者などいないとね」
「………………」
~~~魏 成都 郊外~~~
「……誰ですか、先刻から私をつけ回しているのは」
「ホホホ。流石は張翼様です」
「!? なんと、傅僉さんでしたか。
てっきり戦死したと思っていました。無事で良かったですよ」
「事情があって姿をくらましていたのです。
尾行したことはお詫びします。しかし私はすでに死んだ身も同然。
こうして人目をはばかる必要がございます」
「何か内密な話があるのですね。
聞かせてください。姜維のことでしょう?」
「返す返すも流石です。
お耳にも届いているでしょうが、姜維様は現在、魏軍に接近しています」
「ええ、聞いています。
魏軍の誰かをそそのかして蜂起させるつもりですか?」
「お察しの通りです。そこで張翼様には――」
~~~魏 成都~~~
「これつ は にげだした!
しかし まわりこまれてしまった!」
「くそったれ! てめえがここまで馬鹿だとは思わなかったぜ……」
「………………」
「なんとでも言うがいい。貴様らに私の高尚な思想は理解できない」
「降将と組んで反乱するのが高尚ってか?
下手なダジャレもいい加減にしやがれ!」
「………………」
「姜維は貴様ら全員をあわせたよりも優秀な頭脳の持ち主だ。
私の考えを理解し、協力を申し出てくれたのだ」
「これつ は まごまごしている」
「野心家のてめえのことだ。ハナからこれを企んでいやがったな」
「ほう、そのくらいは理解できるのか。
そうだ。蜀を制圧したら私が益州を支配し独立を果たす。
蜀の征伐も全てはこのためだったのだ」
「そのわりには剣閣で足止めされて、
鄧艾将軍がいなけりゃ何もできなかったな。大した高尚な頭脳だぜ」
「フン、よく吠える負け犬だな。
唐彬は逃がしたが、兵は全て抑えた。もはや貴様らに打つ手はない。
牢獄の中で我が理想の王国の誕生を見守っているがいい!」
~~~魏 成都 鍾会の邸宅~~~
「お前のおかげで楽に成都を制圧できた。
兵の損耗は少ないに越したことはない。助かったぞ」
「ファーーック!
成都のありとあらゆる事情を知り尽くしたワシにかかれば、朝飯前だ!」
「……貴様に言ったのではない。姜維に言ったのだ」
「デストローーイ! 都の内も外も熟知したワシがいなければ、
こうも迅速に魏や蜀の将兵を拘束はできなかっただろう。
戦馬鹿の姜維は外地に出てばかりで、内々のことは知らんからな!」
「わかったわかった。貴様が意外と使える男だったのは確かだ」
「わかればいいのだわかれば。
それではワシは蜀のファッキン捕虜どもを虐待して来るかな!」
「……俗物め。事が全て収まったらすぐに処分してやる」
「それよりも鍾会、ここまではまずまず順調に来ているが、
いずれ魏からも討伐軍が差し向けられるだろう。どう対処する?」
「主だった将は全て抑えた。
取り逃がした唐彬も漢中まで引き上げなければ、軍の再編成もままなるまい。
半年とまでは言わないが、討伐軍が現れるまで数ヶ月の猶予はあるだろう」
「呉軍が東の永安を包囲したと聞く。彼らと事を構えるのは得策ではない。
兵を出して永安の攻略を助けてやり、同盟を持ちかけるべきだ」
「私や君が出るほどの案件ではあるまい。
まずは使えそうな将を選び、任せればいいだろう」
「張翼を推薦する。有能な男だ」
「おっと、蜀の旧臣を用いるほど君を信用してはいない。
君の魂胆はわかっている。私を利用し、魏の益州支配を覆す。
隙あらば私を討ち、蜀を再び再興させる。そうだろう?」
「………………」
「私に隙があればいつでも首をかいてもらって構わない。
私は私で君を利用させてもらう。
君の本心がどうあれ優秀な男であるのは間違いないからな」
「……蜀を滅ぼした元凶の二人を殺す。
それが僕の目的だ」
「鄧艾と黄皓か。
鄧艾は構わんが黄皓はもう少し待ってくれ。
なんだかんだで使える男なのは確かだからな。
いや、宦官は男ではなかったか」
「もう少し計画を詰めよう。不確定要素が多すぎる」
「もっともだ。まず益州南部の諸豪族への対処だが――」
~~~魏 成都 牢獄~~~
「ファーーーック! いい気味だ愚か者どもめ!」
「これつ は ねむっている」
「蜀の滅亡前に姿を消したと聞いていましたが、
まさか鍾会に内通しているとは思いませんでしたよ。
相変わらず立ち回りだけは上手いことで」
「あのファッキン鍾会は鄧艾に先を越され、挽回の機会をうかがっていた。
そこに慧眼のワシは目をつけ、密かに接触したのだ。
この卓越した頭脳に震えるがいい!」
「ええ、その厚顔無恥さに震えが止まりませんよ」
「口の減らない奴め! 魏のクソともどもかわいがってやるからな!
デストロ~~~イ!!」
「これつ は アバカム のじゅもんをとなえた!
ろうや の カギがひらいた!」
「………………ふぇ?」
「これつ は ヘラヘラ わらっている」
「ファック!? な、なぜ牢獄の鍵が開いたのだ!?
さ、さては本当に呪文を使え――」
「ろうやのかぎ を すてますか?
それを すてるなんて とんでもない!」
「残念。普通に鍵を持っていただけです。
こんなこともあろうかと、事前に胡烈さんに渡してありました」
「な、なぜだ!? ワシらの、鍾会の反乱を事前に察知していたわけが――。
そ、そうか、姜維だな! あ、あのファッキン裏切り者め!」
「あなたに裏切り者とは言われたくないでしょうね」
「これつ は おおきくいきを すいこんだ」
「ま、待て! 話せばわかる!
わ、ワシを殺したら後悔するぞ! や、やめてくれええええ!!」
~~~魏 成都~~~
「どういうつもりだ姜維!?
捕虜の脱獄を手引きしただと?
私に協力し魏に対抗するのではなかったのか!」
「君が早合点していただけだ。
私は最初から言っていた。
蜀を滅ぼした二人を、鄧艾と鍾会を殺すのが目的だと」
「はじめから黄皓など物の数にも入っていなかったということか。
君は私の良き理解者になると思ったのだが残念だ。
かくなる上はここで死んでもらう!」
「楽しそうだな。俺らも混ぜてくれよ」
「姜維の計略きりきり舞い、鍾会計画ちりぢりおしまい」
「くっ……。前言撤回だ。
姜維、ここはとりあえず手を組み、奴らに対抗すべきだ」
「ホホホ、そうは行きませんよ。
姜維将軍には美しき私がついています」
「鍾会、貴様に味方する者などはじめから一人もいなかったということだ」
「チイッ! この時勢も見極められぬ馬鹿どもが!
私が益州を治め再び三国鼎立に持ち込むことだけが、
司馬氏の支配を覆すただ一つの方策だとなぜわからん!?」
「傲岸不遜のお前が支配する世界か。
司馬氏の世界とどちらがマシか……。どっちもどっちだな」
「蜀は滅び乱世は終結に近づいている。
諸葛亮丞相は先帝(劉備)の遺志を継ぎ、天下万民のために戦った。
民をこれ以上もなお苦しめようとする君には賛同できない」
「この裏切り者め……ッ!」
「なんとでも言うがいい。蜀を守れなかった僕に今できることはこれだけだ。
これが僕の戦いだ」
「ここで終結、ここが完結、勝負は簡潔、全てが帰結」
「悪いが鍾会も姜維もどっちも逃がすわけにはいかねえ」
「かくなる上は、貴様ら全員を斬り捨て、やり直すまでだ!
死ねえええッ!!」
~~~魏 成都 郊外~~~
「誰が勝っても混乱は続きます。
あなたは解放した魏の将兵とともに唐彬さんと合流し、
事態の沈静化を図ってください」
「→はい
いいえ」
「私はこの戦いを見届けなければいけません。
姜維の最後の戦いを……」
「これつ は ルーラ の じゅもんをとなえた!」
「傅僉さんを通じて私に逃げろとも言ってくれましたが、そうは行きません。
あなたとは争うこともありましたが、意志は同じです。
民のため、平和のため、あなたについていきますよ!」
~~~~~~~~~
かくして姜維の戦いは終わった。
反乱は収まり、益州には平穏が訪れる。
そして乱世の終結へと時代は着実に続いていく。
次回 一二二 暴君ふたり