一一八 因果応報
~~~蜀 北伐軍~~~
「人っ子一人いやしない……。
クソッ! 遅かったか」
「姜維はもう撤退した後のようだな」
「さては閻宇の奴め、俺たちに嘘を教えたな!」
「確かに閻宇は黄皓の息のかかった男だが……。
姜維を孤立させ敗走させるために、
わざと我々に合流地点を間違えて伝えたと言うのか?」
「姜維だけは決して奴らの思い通りにならないからな。
ありえないことではない」
「もし廖化殿の言う通りなら、
国を守るために命を賭けている我々になんという仕打ちだ……」
「とにかく姜維の後を追うぞ!
あいつに万が一のことがあれば、それこそ蜀は終わる!」
「ああ。無事でいろよ姜維……」
~~~魏 蜀方面軍~~~
「姜維を仕留めれば終わりだ! 全力で追え!」
「旦那も珍しくやる気だ。逃がすなよお前ら!」
「喰らいやがれええッ!!」
「危ない! 投石の奴が追ってきてますよ!
無防備な背中や頭を狙われています!」
「敵に背を向けるな!
応戦しながら逃げろ!」
「くっ…………」
「姜維終わりだ今日で終わりだ。
首を置いてけ馘首になっとけ。
魏軍に追われて魏平に投げられ
石を当てられ遺志だけ残せ」
「鄧艾に退路を塞がれたか……。
姜維、ここは俺に任せて逃げろ」
「僕は――」
「うるせえ黙れ!
最後の最後までお前の厨二発言を聞くのはまっぴらだ。
いいから黙って逃げときな」
「やべえ夏侯覇だ! 弓で狙ってやがるぞ!」
「あいつは一度に4本の矢を放つぞ! 射線から離れろ!」
「4本とは洒落になりませんね。
昔のよしみで見逃してはもらえませんかい?」
「お前も黙ってろ。今の俺は蜀の夏侯覇だ」
「姜維とは不仲だと聞いてます。
そんな彼に義理立てするんですかい?」
「蜀に必要なのは俺よりあいつだ」
「そいつは残念だ。……悪いが死んでください」
「隙だらけだ」
「なっ!? いつの間に背後に――。
ぐううっ!! む、無念…………」
「フン、貴様の話が長かったせいで姜維に逃げられたぞ」
「夏侯覇さんを討ち取れれば十分でしょう。
名のある将もだいぶ斬ってやりました」
「手ぬるいな。やはり貴様は司令官に相応しくない」
「そいつはご挨拶で」
「偽情報をつかませて合流を遅らせた廖化と胡済が迫っている。
そっちを叩きに行くぞ。ついてこい」
「……噂以上の傲慢ヤローだな。
陳泰サンになんて口の利き方だ」
「まあ彼のおかげで楽ができたのは確かですよ。
噂以上のお手並みだ」
「あいつが旦那に代わって対蜀の司令官になるんだろ?
あれの下で働くなんて先が思いやられるぜ……」
「蜀を倒せばそれで御の字。鍾会できれば結果オーライ」
「……お前と鍾会が仲良く共闘できてる姿が想像できねえんだが」
「それはともかく早く行かないとまた鍾会さんに鼻で笑われますよ」
「悪いが先に行っててくれ。
こいつをこのままにしておくのは忍びない」
「夏侯覇を埋葬するんだな?」
「俺はこいつの親父さんの下で働いたこともあるんだ。
ただでさえ自分より若いヤツが死ぬのはやり切れねえってのによ」
「わかりました。鍾会さんには適当に言っておきますよ」
~~~呉 建業の都~~~
「ぬかったわ……」
「ヒャッハー! このアバズレが!
オレ様をキルしようなんて十年早いぜ!」
「さすがにアタシのことは警戒してたようね」
「呉の実権を握りよりどりみどりのオレ様が、
わざわざお前のようなババアを寝所に招き入れるわけがないだろ。
それも初日に仕掛けてくるとは、焦りすぎだぜ」
「アンタに指一本でも触れられる前にケリを付けたかったのよ」
「孫峻とはよろしくやってたくせに、
オレ様は生理的に受け付けないってか?」
「……孫峻もはじめは利用してただけだった。
アイツの方も、孫権の娘のアタシを利用してたしね。
でも、アイツはだんだん良い男になっていったわ」
「もう少し年増じゃなかったら、オレ様の良さも教えてやったんだがな!」
「駄弁はもう結構。さっさと殺しなさい」
「ヒャッハー! 汚物は消毒だーッ!」
「し、しかし孫綝様。
仮にも孫権の娘を殺したら、各方面から反発を招きますぜ」
「そうか? だったら島流しにしてやる!
その前にこの年増は好きにするがいい!」
「さっすが~、孫綝様は話がわかるッ!」
「クッ……」
「ついでにお前の息のかかった孫亮のガキは廃位だ!」
「!? そ、孫亮の、あの子の命だけは助けてあげて!」
「ん~? 目の色が変わったな。
そうかそうか。だったら孫亮もかわいがってやらないとな!
あのガキも好きにしていいぞ丁封!」
「さ、さっすが~、孫綝様は話がわかるッ!」
「あの子はアタシが巻き込んでしまっただけだから……。
こんなアタシを姉としてまっすぐに慕ってくれたあの子だけは……」
~~~呉 建業の都 丁奉の邸宅~~~
「……孫綝の暗殺に失敗し孫魯班様も粛清されたか」
「色仕掛けも悪くないが、初日に襲いかかるのは短慮に過ぎたな」
「それだけ苦渋の決断だったのでしょう」
「孫亮陛下ともども流刑になったと聞くが、無事なのか?」
「弟が孫綝に取り入ったふりをして目を光らせている。
御二人にそれ以上の手出しはさせないだろう」
「で、孫綝は次の皇帝に誰を据えようと企んでいる?」
「……どうやら孫休様のようです」
「………………あの方か」
「……どう転ぶか見当もつかないな。
まあいい。いずれにしろ我々は、密かに孫綝を討つ準備をしておくだけだ」
「ああ」
~~~呉 会稽 孫休の邸宅~~~
「そ、そ、そ、そ、孫休様あああっ!!
い、い、い、い、一大事ですぞっ!!」
「あ、あ、あ、あ、あわてるな濮陽興!
あ、あ、あのことだろう? そ、そ、それならもう聞いている!」
「私が皇帝にアサインされるとフィックスした。そうだろう?」
「朝? 不意? と、と、とにかくそうです! 皇帝です!!」
「光栄なことだがイシューは山積みだ。
スキームを整えイノベーションなソリューションをしなければならない」
「そ、そうです! おっしゃる通りですとも!」
「これからは君達もビジーになるよ。
良いフラッシュアイディアがあったら遠慮せずに言ってくれ。
君達のマンパワーでこの国にベネフィットをもたらすとコミットするよ」
「おお! 言葉の意味はわからんがとにかくすごい自信だ!」
「孫休陛下バンザーーイ!!」
~~~呉 建業の都 孫綝の邸宅~~~
「……なんなんだあいつは?」
「な、なんなんだとおっしゃいやすと?」
「孫休に決まってるだろ! 言っていることが全くわからん!
さっきのは本当に皇帝即位の挨拶だったのか? いったい何語なんだ!」
「百官もそろってポカーンとしていやしたな……」
「ガリ勉でおとなしいと聞いていたから、
お飾りにちょうどいいと皇帝に選んでやったが……」
「ま、まあ、言葉はともかくおとなしそうなのは確かです。
政治を良くしたいみたいなことを言ってたようですし、
軍事は孫綝様に任せるとも言ってた気がしやす」
「本当にそれで合ってるんだろうな?
まあいい、腰巾着の二人組のほうは会話が通じそうだ。
あいつらを通して話すしかないか……」
~~~呉 建業の都 宮廷~~~
「君達の話はわかった。だがペンディングだ。
君達はまだマジョリティに過ぎない。カスタマーのコンセンサスも足りないな。
リソースをリテラシーしなければタイトだ。
アライアンスを結ぶには早すぎる」
「????」
「……要するに気が進まないってことか?」
「アグリーだ」
「何を悠長なことを。これ以上孫綝を放置すれば国が滅びるのだぞ」
「皇帝は私だ。彼のクリエイティビティばかりをプライオリティさせない。
もっとバッファを持ちたまえ。まずは一つずつタスクをこなし、
マターを決めてバジェットも確保し、それからアジェンダを立てよう」
「……いいから俺に任せろと言っているらしい」
(だったらそう言えばいいだろ……)
「有意義なブレインストーミングだった。
良いサジェスチョンを得られてシナジー効果が期待できる。
あとはメソッドを模索するだけさ」
~~~呉 建業の都 孫綝の邸宅~~~
「は? オレ様も神事に参加しろだと?」
「孫休陛下は即位以来、豊富な知識を活かして
古いしきたりや行事を復活させ、それにより皇族の権威を高めています。
孫一族の筆頭格であるあなたにとっても悪い話ではありません」
「あいつは話が通じねえから苦手なんだよ……。
それに神事なんて退屈でやりたくないぜ」
「しかしここで恩を売っておけば、
念願の武昌への駐屯も許可されるでしょう。
都の外に出れば、もはや孫綝様の権力は皇帝をしのぎやすぜ!」
「外に出ればもうあいつのチンプンカンプンな言葉も聞かなくて済むな。
それどころか力を蓄え武力で脅して退位させ、もっと単純な奴を即位させてやれる。
ヒャッハー! それなら出席してやるぜ!」
~~~呉 建業の都 宮廷~~~
「ヒャッハー! 神事といえば生贄だろ?
オレ様が自らキルしてやるぜえ!」
「孫綝君、それは短絡的なジャストアイディアだ。
我々に求められているのはイノベーションなメソッドだ。
古いコミットを捨て、新しいスキームをリテラシーしなければいけない」
(意味はわからねえが超うぜえ……)
「意味はわからないが超うぜえという顔だな?」
「それならわかりやすく言ってやろう。
孫綝、ここが貴様の墓場だ!!」
「死ねええっ!!」
「ぎゃああっーー!!
て、丁封……し、施朔……何をやっている……?
こ、こいつらを殺せ……」
「バーカ。俺はハナから正義の味方だよ。
熟女趣味やショタ趣味でもねえしな!」
「貴様はずっと一人だったのだ。哀れだな」
「こ、このオレ様を……よくも……。
キ、キ、キルして……や……る……」
「張悌からも孫綝の弟どもを捕らえたと連絡が入った。
首尾よく行ったな」
「独裁者は死んだ。
我々のソリューションがコンセンサスを得られたと言っていいだろう。
イシューは消えたとカスタマーにも伝えてくれ。
後はアジェンダの通りにタスクをプライオリティさせたまえ」
「お、おう。そうだな……」
~~~~~~~~~
かくして独裁者は死んだ。
結果にコミットした孫休は呉の立て直しに奔走し、
魏でも同じく独裁者の排除に皇帝が動こうとしていた。
次回 一一九 皇帝弑逆