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北陸本線

作者: 飯島意匠 飯島 正樹

 その宿を選んだ理由は、安かったからだ。

 富山ユースホステル。

 平成十二年末に閉鎖されて、今はもうない。

 その頃、僕は奈良に下宿し、関西の大学に通っていた。

 夏、冬、春には千葉の親元に帰省をしたが、その都度、僕は経路の鉄道線上で「寄り道」をすることを楽しみにしていた。

 切符は、普通列車にしか乗れない「青春十八切符」。

 寄り道といっても、その全行程を一日で済ませようとすると選択肢は少ない。

 途中で二泊するのがポイントだ。時刻表を捲れば、様々な選択肢が僕を待っていた。

 三年生の春、僕は、関西から岐阜を経て飛騨高山に立ち寄り、さらに北上して富山に宿をとるコースを組み立てた。

 高山には午後まで滞在した。日差しは暖かかったが、日陰には厚く雪が残っていた。

 町を歩き、資料館を訪ね、クラシックな喫茶店でコーヒーを飲んだ。

 午後、高山を出て富山に向かった。その線路には両側から山が迫り、単線の、淋しい隘路だった。

 夕方、富山に着いた。既に日は暮れていた。

 富山駅からバスに乗った。夕刻のラッシュで満員だったバスは、停留所に停まるごとに人を吐き出した。岩瀬浜というバス停を過ぎると車内は閑散としていた。

 乗車から一時間、海辺のバス停に降り立つと、どーん、という音が聞こえた。

 海岸線が近い。荒波が消波ブロックで砕け、黒い大気を震わせていた。

 宿はいかにも公営ユースホステルといった雰囲気の、コンクリート造りの角ばった建物だった。

 それでも玄関に明かりが点いていて、気持ちを安らかにしてくれた。

 暖房があって、食事が出て、ベッドがある。

 これだけ揃っていれば、貧乏学生には充分贅沢だ。

 僕は到着が遅かったので、一人分残された夕食をそそくさと掻き込んだ。

 ご飯と、みそ汁と、あと何を食べたのか覚えていない。ただ、腹が減っていて、とても美味かった。

 それから風呂を浴びた。少年サッカーチームが一度に入れるくらい広い浴槽に、僕は一人で浸かった。

 風呂から上がると、タオルで髪を拭くのもそこそこに、僕は談話室に向かった。

 先客が三人居た。

 長髪の若い男性、癖っ毛ショートの女の子、存在感のあまりない坊主頭の男の子。

 長髪の男性は、いかにも頭が良さそうに見えた。彼に質問してみた。

「何となくなんですけど、研究者っぽい雰囲気を感じるんですけど、当たってますか?」

「京大の大学院で植物学を研究してます」

「そんな気がしました」

「あなたは、僕と同じくらいの年齢ですか?」

「同じくらいって、二十五歳くらいでしょうか?」

「そうです」

「いえ、まだ二十一歳です、でもよくそう言われます。年上に見られるのは嬉しいです」

「君も何かを研究してるって感じがするよ」

「それもよく言われます。マッド・サイエンティスト」

 坊主頭の男の子がはにかみ、女の子がケラケラと笑った。

 僕は図に乗って、高校時代のエピソードを話した。


「高校の課内クラブで『化学部』というのに入って居たんですけど」

「ふむ、似合うね『化学部』。いかにも怪しいものを作りそうだ」

「その通りでして。ある時『香水を作ろう』というテーマがありまして」

「香水って、女の人が付けるような?」

「まあそうなんですが、色々なオイルをアルコールに溶くんです。オレンジオイルとかミントオイルとか、どっちかというと食品系の香りが多かったです」

「ほう」

「その中に『ジャスミン』の香りがありまして」

「それは食品じゃないね」

「それにオレンジオイルを混ぜたら強烈なものが出来ました」

「出来るだろうね」

「でもそれを捨てるのがもったいなくて」

「捨てなかったの?」

「教室にバラまきました」

「それは迷惑というか、やっぱり君、マッドサイエンティストだよ」

 坊主頭と女の子が声を出して笑った。

 坊主頭は若そうに見えた。高校生くらいかもしれない。女の子は、ちょっと分からない。私と同じくらいだと思う。

 ユースホステルの夜は早い。九時、消灯の時間となって、私たちは男女別の宿泊室へ引き上げた。

 固いベッドに潜り込むと、どーん、と、荒波が低い衝撃音を立てているのが聞こえた。

 繰り返す大波。消波ブロックを少しずつ浸食していく。

 それは子守唄というより、何かの戒めに聞こえた。

 翌朝、食堂で朝食を食べながら、僕たちは各々の行程を披露しあった。

 坊主頭と植物学研究者は、富山市街を観るためもう一泊するという。

 女の子は列車で移動。彼女は富山駅から北陸本線の上りに乗るといった。

 僕も北陸本線の上りに乗るので、一緒に宿を出た。

 宿を出てバス停に行く前に、僕は提案した。

「ちょっと浜辺に出てみませんか?」

「行ってみましょう」

 そこで見た風景に、僕らは息を飲んだ。

 波打ち際から百メートルほど離れた沖に、真っ黒な消波ブロックが積まれていた。

 角張った突起を突き出したそれは、無数に積み上げ並べられ、長い城壁のようになっていた。

 その裏から、海が大きなうねりとなって、打ち付けていた。

 波は飛沫となって跳ね上がり、繰り返し、しぶきの壁を立ち上げていた。

 日本海はまだ、濃厚に冬の気配を含んでいた。

 宿の前のバス停から、富山駅行のバスに乗った。

 バスはぶうぶうと騒々しく、地元の通勤客が沢山乗って来た。

 僕らは無言のまま富山駅まで運ばれて行った。

 富山駅は鉄筋造りの大きな駅で、コートを着た人々が、右に左に歩いていた。

 列車を待つまでの間、ホームで僕は彼女にたずねてみた。

「今日は、どこまで行くんですか?」

「今日で旅行はおしまい。糸魚川っていう駅まで行って、そこから電車を乗り継いで、都内の家に戻ります」

「そうですか。僕も最終日なんです。糸魚川の先の直江津というところまで行って、そこから長野を通って、千葉の自宅に戻ります」

「途中まで一緒ですね」

「お、いい列車が来ましたよ」

「何がいいんですか?」

「四一九系と言います。昔、寝台特急だった車両を普通列車用に改造したもので、揺れが少なく、座席がゆったりしています」

 僕らは屋根の高い車両に乗り込んだ。

 ほどなく列車は動き出した。

「ふーん、寝台特急かあ。あたし乗ったことないです」

「いいものですよ。寝台特急というのは値段は高いけど、夜の匂いが満ちていて魅力的です」

「二十一歳でしたっけ?渋い趣味ですね」

「・・・まあそうかもしれません」

「遠くまで電車に乗ったのって、この旅行が初めてなんです」

「そうなんだ」

「お父さんの車で出かけたことしかなかったから」

「ふむ。色々新鮮かもしれない」

「それに私、一人旅って初めてなんです」

「そうなんですか?旅慣れているように見えました」

「そんなことないですよ、どきどきしてます」

「それは気づかなかった」

「実は私、病気していたんです」

「病気?」

「はい。それでずっと入院してて。あまり外のこと知らないんです」

「そんなに長い入院だったんですか?」

「ええ。だから、こうして一人旅なんかに出るの、楽しくて仕方ないんです」

「そうだろうね、入院したことのない僕でさえ、楽しくて仕方ないですから」

 北陸本線は朝のラッシュを少し過ぎて、空いていた。

 僕らはソファのような大きな座席に向かい合って座り、車窓を眺めながら話した。

 車窓を眺めていないと、目が合ってしまって気恥ずかしいということも、あったと思う。

 富山市街はすぐに途切れ、枯れた風景が広がっていた。

「入院してる間はね、年下の子供達とお友達になったり、そんなことが楽しみでした」

「子供達も入院していたんだ」

「あたし幼稚園って行ってないし、小学校にもあまり行けなかった」

「そうだったんだ。辛いね」

「中学になって少し良くなったけど、でも、院内学級っていって、病院の中で授業を受けたの」

「聞いたことあります。中学のとき、一人、書類上同じクラスに在籍しているけど、実際には院内学級に通っている同級生がいた。クラス写真には一緒に写っていた」

「その子、今はどうしてるんだろう?」

「うーん、僕が転校しちゃったんで、よくわからない」

「そう。あたし転校ってしたことないから、転校ってよく分からないです」

「お互いに、知らない世界を持っている」

「そうみたいね」

 入院?学校に行けないほどの病気?

 今、僕の向かいには、ごく普通に健康そうな彼女が座っている。

 世の中には色々難しい病気があるのかもしれない。

「しかし、旅行に出て大丈夫なの?」

「今は退院して旅行にも行けるようになった。けれど本当のところ、退院出来るなんて思わなかったです」

「そんなに大変な病気だったんですか」

「うん、大変でした。けど、死ぬ病気でもなかったというか・・・」

「それでもずっと病院で暮らしているのって、辛そうだ」

「まあ慣れればそれなりよ」

「じゃあそれであまり旅行にも・・・」

「行けなかったわね。子供の頃、一回だけお父さんの車で、遊園地に連れてってもらったくらいかな。旅行って言わないね、そういうの」

「そうですか・・・」

「あたしね、これからはいっぱい旅行したいです」

「僕も旅行は好きです」

「行ったことないところがたくさんあるし、というより、病院の外ならどこでも行きたい」

「都内って言ってたけど、家はどこ?」

「国分寺」

「中央線だね」

「詳しいですね」

「いやそれほどでも。ただちょっと目標があるだけです」

「目標?」

「いや、JRの全線に乗ってみたいと」

 僕は、気恥ずかしい目標を口外してしまったことを恥じた。

「わあ凄い!」

「いや、凄くないです。それに、まだまだこれから」

「でもそれって日本全国に行くってことですよね」

「そうだね、沖縄県以外は全国がターゲット。でももう四国は全部乗った」

「四国って、何県?」

「香川県と徳島県と、愛媛県と、それと高知県、四つで四国」

「関西?」

「関西から海を隔てて離れています。瀬戸大橋って分かるかな?」

「瀬戸大橋って、海を渡る橋だよね、それは知ってる」

「その橋を渡った先が四国なんです」

「その四国は、全部乗っちゃったんだ」

「四国は中学生の頃から行ってましたから。何度行ってもいいところだなあ、四国」

「お勧めの場所とかあります?」

 僕は、中学二年以来、繰り返して渡った四国を思い出してみる。

 まだ宇高連絡船があった頃の四国。瀬戸内海の島々。

 瀬戸大橋が出来てからの、便利になった四国。巨大で豪快な瀬戸大橋。

 しかし、あえて「お勧めの場所」というほどでもない。

 少し考える。

 金毘羅さん?

 道後温泉?

 四万十川?

 海亀がくる日和佐の海岸?

 悪くない。でも、お勧めは・・・

「足摺岬。高知県。ちょっと不便だけど、あれほど綺麗な場所はないです」

「不便って、駅から遠いとか?」

「まあ、遠いです。中村という駅で降りて、漁村を巡る小さなバスで三時間くらい」

「半端じゃないね」

 僕は、路線バスでくねくねと細道を辿った行程を思い出していた。

「でも、小さな漁村に立ち寄ったりして、楽しいバスです。それに、足摺に到着したら長旅のことなんて忘れてしまいます」

「そんなにいい所なの?」

「岬が太平洋に突き出していて、そこから青い海が広がっているんです。深い紺色。吸い込まれそうな」

「あたし、広い海って、テレビでしか見たことない」

 僕は、高校生の時に訪ねた足摺岬の風景を思い出していた。

 岬、太平洋、黒潮、椿。そうだ、それと、

「椿のトンネル」

「トンネル?」

「本物のトンネルじゃない。椿が何万本も生えていて、枝が歩道に覆い被さってトンネルみたいになってるんです」

「緑のトンネルね」

「冬になると花も咲くそうだけど、僕が行ったのは夏でした。それでも、椿の枝葉が屋根みたいに茂っていて、歩道は緑の匂いがした」

「いい散歩道だね」

「そう。そしてトンネルを抜けると、さっきの岬に出るんだ」

「行ってみたいな」

 それぞれの心の中に、足摺岬の風景を思い描く時間が流れた。

 不意に彼女が話しはじめる。

「病院でね、子供達に教わったことが一つだけあるの」

「教わったこと?」

「折り紙」

 彼女は白い小さな紙片を取り出して、さらに小さく折り始めた。

「アジサイ」

「アジサイ・・・ですか?」

「これをね、いっぱい折るの。そうして大きな紙に貼ると、アジサイの花になるの」

「なるほど、これはアジサイの花の、一つ一つなんだね」

「そう」

「僕も折り紙は得意です・・・」

 ノートの一ページを破って正方形を作り、僕は折り紙を始めた。

「何が出来るのかなあ」

「いや、普通の鶴です」

「あたし鶴折れない」

 僕は鶴を折って彼女に渡した。

「ありがとう」

「まだ終わりじゃないんだ、次は、ただの鶴じゃない」

「普通の鶴じゃないんですか?」

「そう」

「さっきと折り方が違うね」

「そうなんだ」

 僕は、背中が凹んで小物入れになっている「鶴箱」を折った。

「あれ?これ背中が膨らんでない」

「ここにね、金平糖とか、キャンディとか入れたりするんです。楽しいでしょう」

「凄いなあ、化学部」

「いや化学部では教えてくれないけど。じゃあ、次は・・・」

「次はなあに?」

「次はね・・・」

 僕は、カメラを折った。「カシャ」と言いながら、手で操作すると、レンズに相当する部分が開く。

 折り紙のカメラの、見えないファインダーを覗いてみる。

「実際には、こんなカメラないけどさ、うーん、いいねえ」

「カメラマン志望?」

「ちょっと憧れるな・・・いいねえ君、可愛いねぇ」

「そんなこと言われたの初めて。嬉しいな」

「いや、君は本当に可愛いよ」

「ほんと・・・?」

「うん・・・」

 僕らはしばらく無言の時を過ごした。

 列車は時々思い出したように停車駅を拾いながら、北陸本線を北上していった。

 沿線の色彩は淡い。まだ冬枯れが続いている。

 僕は、ふと思い出して、ノートの一ページを三たび切り取った。

 そして、折り始めた。

 折りながら彼女に問いかける。

「これ、何だと思う?」

「・・・鶴?じゃないよね?」

「・・・それはお楽しみだ」

 僕の知っている折り紙の中で、一番難しいもの。

「わかるかな?」

「動物?耳が大きいね」

「鹿」

「へぇ」

「実は僕、奈良に下宿してるんです」

「千葉じゃなくて?」

「奈良の大学に通ってるんです。千葉は親元、今日は帰省」

「下宿生かあ、憧れるなあ、一人暮らし」

「食事とか洗濯とか面倒だけどね」

「で、奈良と鹿って、関係あるの?」

「奈良公園という大きな公園があって、鹿が放し飼いになっているんだ。よく、修学旅行のコースに入っている」

「あたし修学旅行って、行けなかったんだ」

「ごめん、悪いこと言った」

「気にしてないよ。奈良。鹿。いつか行ってみたいな」

「きっと行けるよ」

「鹿に触ってみたい」

「お鼻がしめしめしてるよ」

「濡れてるの?」

「そう。鹿は楽しいよ。草食動物だから牙がないんだ」

「牙がないと楽しいの?」

「楽しい。エサをあげると、ふがふがいって指まで噛むけど、痛くないんだ」

 列車は淡々と轍の音を響かせながら、北陸本線を北上していた。

 時々、人のあまり居ない駅に停まった。乗り降りする人のない駅もあった。

 列車は刻一刻と、彼女が下車する糸魚川に近づいていく。

 僕は迷った。経路変更。糸魚川で降りて彼女について行っても今日中に千葉に着くだろう。

 しかし、それで僕は、どうしたいというのだ?

 そもそも僕は、意味もなく直江津経由のルートを選んだ訳ではない。

 その経路はJR全線乗車という目標を達成するために選択した行程の一部で、これを崩すと糸魚川から直江津までの区間に乗り残しが出来る。糸魚川から南下するルートは、既に乗り終えていた。

 でも僕は、糸魚川で彼女と離れることについて、逡巡し始めていた。

 『突然ですが、やっぱり糸魚川で降ります』

 ・・・言えない。

 『なぜ?』

 もしもその問いが返ってきた時、それを引き受ける自信がない。

 越中宮崎という駅のあたりから、日本海が見えはじめた。

 北陸本線は海が荒れると運休になる。その理由が車窓を見てよく分かった。海岸線が線路のすぐそばまで迫っているのだ。

「海!綺麗!」

 青、紺、藍色、エメラルド、よくわからない青と緑の中間の色。

 複雑な色をした海は、透明感を伴って僕らの視界に飛び込んで来た。

 その上に広がる、晴れた空。朝はこんなに晴れていなかった。

「今日は特別だと思う」

「特別?」

「こんなに晴れて明るい日本海は、特別なんだ」

「普段は晴れないの?」

「日本海側はね、あまりこういう風には晴れないんだ。特にこの季節は」

「雨降りが多いの?」

「雨、雪。降らなくても、どんよりと曇っている日が多いんです。だから、空も海も灰色をしていることが多い」

 僕は灰色、というより、鉛のような色をした日本海の空を思い出していた。

 陰鬱で厳しい風景を、脳裏に広げてみる。

「こんな透明で青いのは珍しい?」

「珍しいはずです。僕もまだあまり来たことはないから、知識としてしか言えないけれど」

「何か理由とかあるのかな?」

「あります。地形的理由と偏西風の影響。西から吹いて来た風が、東にある高い山にぶつかって、水分を置いて行くんです」

「水分?」

「つまり雲だね、それが、雪や雨を降らせる」

「詳しいんだ」

「地理学専攻なんです」

「マッドサイエンティストで、毒薬とか研究してるのかと思った」

「そう呼ばれるのも悪くない」

 僕らはしばらく、声も出さずに車窓の海を眺めていた。

 電車は淡々と北を目指した。

 よく晴れた日本海。底が抜けたように明るい。

 列車が海から離れた。内陸に入る。

 糸魚川が近づいてきた。

 僕は考えた。

 天候上の理由か何かで列車が止まり、選択の余地なく、僕が糸魚川で降りざるを得なくならないか。北陸本線には、よくそういうことが起きる。

 だが、北陸にしては人が変わったような好天に恵まれ、列車は定刻に、糸魚川に着いた。

「じゃあ、あたし、ここで」

「待って」

「え?」

「・・・これ」

 僕は、折り紙の「鹿」を彼女に差し出した。

「ありがとう。さよなら、マッドサイエンティスト」

「さようなら。よい旅を」

 僕はそれから一人で北陸本線を北上し、予定通り、直江津から信越本線に乗車した。

 軽井沢まで行き、そこから碓井峠を下る電車に乗り換えたが、その電車は混んでいた。

 麓の横川駅で電車を降り、駅弁「峠の釜飯」を買う。

 一時間ほど待って、次の横川始発の普通列車に乗った。

 彼女は国分寺の家に着いただろうか?

 横川の駅を出てしばらく行くと、車窓が明るい。

 雪明かりかと思って目を凝らすと、そこは梅林で、一面に白梅が咲いていた。

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