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天野彦星・四十三歳独身は、名門校の教師を務めている。
外見は、背が高くやせ形で顔立ちは整っているものの目つきが悪くて髪はボサボサで、名門校の教師には相応しくない不潔さとダラしなさの典型のような男である。そんな彼は当然のごとく生徒からは忌み嫌われ、女子生徒からは不潔がられ、殆どの教師からも煙たがられている。
「あのせんせー、きたなーい」
「いやあねえ」
「ちょーふけつー」
「おとことしてさいてー」
彦星は高等部の教師のはずだが何故か初等部の生徒にまで名が知られ、嫌われてしまっている。ちなみにここ天の川高校は都内でも指折りの名門校であるが、その中でもずば抜けて、あることで有名なのだ。
それというのが実は―――
「ふひ、ふひひひひひ……できた、できましたよぉ、新しい薬が! あーっはっはっはっは!」
昼夜問わず理科準備室から響き渡る不気味な声と、漂う怪しげな薬品の匂い。
そこに住みついているのは、この学校に勤めて二十年になる銀河大空という名前だけならイケメンな、四十代の中年教師である。彼の部屋……もとい理科準備室には彼の作った怪しげな薬品がずらりと並べられ、それに紛れるように、数々のトロフィーや表彰状が置かれている。いや、正確には、放置されていると言った方が正しいだろうか。薬品類は埃一つ被ることなくきちんと保管されているのに、それら表彰状類はゴミのようにそこらに転がされているのだ。
「ん、ぐううう! むぐうううう!」
部屋に置かれた簡易ベッドの上で、男はもがく。
猿轡をされ、両手足も縛られ、今にも殺されんとばかりに真っ青な顔でもがいている。
「おやぁ、どうしました彦星先生。いつもいつも嫌われているあなたに、私からのささやかなプレゼントじゃあありませんか」
大空はニヤァっと笑って、粘り気のある薬品をスプーンですくって見せる。
「んぐ、んぐ、んぐうううううう!」
「さあ。私の実験……いえ、プレゼントをどうぞお受け取りください」
大空はニヤリと笑ったまま、彦星に近づいていく。
彦星は普段からボサボサの頭をさらにボサボサになるまで頭を振って、何とか必死に逃れようとするが、それが叶うことはなかった。とうとう大空は彦星の目の前に立ち、乱暴に猿轡を外すと、その口に薬品を突っ込んだのだ。
「んぐっ?」
思わず呻く彦星。
そしてそこに、一歩遅く、助けが飛び込んでくる。
「だめええええええええええええええええ!」
飛び込んできたのは、保健室の先生・昴織姫―――大きな瞳、長いまつ毛、整った顔、白い肌、豊満な胸、ぷりっと丸いお尻に肉感的な太腿―――男なら誰もが憧れる、白衣と眼鏡の美女である。
だが彼女が飛び込んだ時にはすでに遅く、彼女の目の前で、それは起こった。
「あ、あ、ああああああああっ」
織姫が悲鳴を上げる、その目の前で。
彼の手足を拘束していた布が手足をすり抜け、彼はようやく自由になった。けれど、それは最悪を意味していた。何故なら彼は今、歳は七歳くらいの男の子に姿を変えてしまっていたのだから。
「ふふ、実験は成功、です」
「ふ、ふざけんなあああああああああああああっ!」
絶叫する彦星。
大空の胸倉を掴むが、所詮は子供の体。あっさり引き剥がされて首根っこを掴まれて持ち上げられてしまった。それでも必死に抵抗して手足を振り乱すが、一発も当てられないばかりか掠めることすらできないでいる。
「あ、天野先生ぃいいいいいいいいいいい!」
悲鳴を上げ、絶望する織姫。
「実験は成功しました。はい、欲しければ差し上げますよ」
大空は彦星を織姫に投げ渡す。
織姫は合わって彦星を抱き留め、涙目になりながら大空を見る。
「せ、先生。なんでこんなことを」
すると大空は分厚い眼鏡をクイと押し上げて、不気味に笑いながら言うのだった。
「ふひひ。元に戻る方法ならありますが、まあ、それは……自分達で見つけてくださいね」
「てめぇふざけんなよ、殺すっ」
「おやおやぁ? 貴方、確かまだ私に十万借金していましたよね? 全部、競馬でスったんでしたっけ」
そう言われて、思わず押し黙る彦星。
「まあ、そういうわけで。しばらくはそのままでいてください。ふひひひひ」
大空はそう言ってから、窓を開け放ってベッドを踏み台にして外に飛び出してしまった。
「ど、どうしましょう。彦星先生」
困惑する織姫。
彦星は舌打ちし、
「知るか! とにかく今日はもう家に帰る、こんなんじゃ授業もできねえ」
「そ、そうですよね」
と織姫は、じっと彦星を見つめる。
「なんだよ。お前はとっとと保健室に帰れ」
「せ、先生……かわいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
織姫はぎゅうっと、その大きな胸に彦星を抱きしめた。
「んぬぁああああ! や、やめろ馬鹿、胸、胸!」
「はうううううう! 実験には反対でしたけど、これなら大賛成かもですうううっ」
「だからやめろっつってんだろっ!」
彦星は怒るがしかし、織姫は興奮のあまり彼を胸に抱きしめたまま、解放しようとしない。
本当になんでこんなことになったんだか、彦星はため息を吐き出した。