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063

 納得はしたものの、やっぱり、ここでいきなり心臓を抜くなんて、マルシェさんのような度胸も覚悟もないぼくには、とうてい無理だった。

 とりあえず、最低限のものは用意しなくてはいけない。

 消毒薬に、麻酔薬に……他に何かいる?

 改めて思う。こんな無茶な提案を押し切られてしまうなんて、ぼくってなんてバカなんだろう。マルシェさんのことをとやかく言えないほど、同じく無鉄砲なのかもしれない。

 あぁ、そうだ包帯。あと布も何枚かいるはずだ。

 ぼくはぶつぶつと独り言を言いながら、ぼくのラボへ続く廊下をひたすら歩き回っていた。

 いつになったらラボにつくのか、当のぼくにも見当がつかない。

 だって、あのラボにはまだゼルダが居るんだよ。

 あんなに喧嘩して、あっちは渋々だけれど、仲直りもして、ようやく独り立ちをしようと意気込んでラボを出てきたのに。どうやって顔をあわせようか。

 そう思うと、足が勝手に逆方向を向いていた。

 ……ぼくって、やっぱり小心者だなぁ。

 腕を組んで、重いため息を一つ零したところで、ぼくは思い切って振り返った。

 そのままの勢いで“LABO5”の文字の下へ突っ込み、パスワード式の開閉ボタンを乱暴に叩いた。

 詰めた空気を一気に吐く音がして、鉄の扉が両端に退く。

「まだ居たの?」なんて、嫌そうに顔を顰める片割れが居ると思ったら、中からはいつもの冷たい空気が流れ出てくるだけで、中はいつも通り、重たい音をたてて唸るぼくの本体と、造りかけのぼくらの体が入った筒型の水槽、そして、壊したままの作業台が転がっていただけだった。

 今まで散々ウロウロしながら迷っていたぼくは、なんだったんだろう。

 安堵感と、ちょっとガッカリ。そんな複雑な気分でため息をつき、ラボストリーの中へ足を進めた。

 相変わらず、冷たくて嫌な感じ。この部屋はお父様のようだ。

 ぼくらを成長させる時は喜んで熱くなるくせに、普段は氷のように冷たい。

 ぼくは不気味に青く光る腕の入った水槽の横を通り過ぎ、いつも本体の左に置いてある鉄製の棚を覗いてみた。

 中を探りながら、ふと、緑色の光をぽうっと放つぼくの本体を見上げる。

 無理をするな。マルシェさんはそう言ったけれど――何の知識もないまま人間の体を死なせずに開くなんて、恐ろしくて出来やしない。

 マルシェさんにわかるわけない、と言い聞かせながらも、ぼくは誰も居ないラボをきょろきょろ見回して、本体に手を伸ばした。

 ろくに見もせずにキーボードに打ち込むと、ぼくの本体が接続用のコードを投げてくる。ぼくはそれを受け取り、素早く体に突き刺した。

 少しだけ体が重くなり、目の前を様々な文字の羅列が滝のように流れていく。本体がぼくの考えを察知し、持っている知識を検索してぼくに流し込んでいるうちに、ぼくはまた棚の捜索を始めた。

 腕につながった太いコードのせいで、今は左腕が使えない。もたつきながら不要なものを足元に落としていたら、また空気を吐き出す音がして、ラボの扉が開いた。

 しまった。いくら“ゼルダ”のふりをしたって、あちこち壊れたラボの中で、さらに本体から怪しいデータを取りだしていたら、さすがにぼくが優等生でないとバレてしまう。

 そう思い、思わず腕からコードを抜き取った、瞬間、

「誰?」

 聞き覚えのある、いや、ありすぎる声に、ぼくはほっと胸を撫で下ろした。

 何を隠そう、そこに居るのは、“ぼく”なのだから。

「君の残り物」

 ぼくはそう答えて、ちょっと苦笑いをする。

 開いたときと同じように、一瞬のため息をついて、扉が閉まった。

 ふん、と小さく鼻を鳴らす音が聞こえ、そして足音が近づいてくる。

「どこかに散歩かい?」

 ぼくは何気なく問いかけながら、再び棚の中に手を伸ばし、薬品やら小さな部品の入った箱をかき分けて、医療道具を探した。

 ゼルダは接続を中断されて唸っているぼくの本体に腰掛け、「まぁね」と頷く。

「ずいぶん休んだからね。少し公司館を歩いていたんだ。なんだかティーマが必死になって走っていったけど、何かあった?」

「ちょっとね、意地悪しただけ」

 なんだ、ティーマはまだお父様に叱られると思っているんだ。

 あのお父様が、可愛い娘がぼくを吹っ飛ばして扉に大穴を空けたぐらいで、怒鳴るとでも思っているのだろうか。

 ぼくが思わず吹き出すと、ゼルダも少し笑ったのがわかった。

「こんなにすぐに再会するなんて、やっぱり切っても切れない嫌な縁があるらしいね」

「元はといえば一つのものだからね」

 ぼくはそう答えながら、次に隣の戸棚を探る。

 ない、ない……おかしいな。製造中の事故の応急処置のために、人間の医療道具もいくつか用意してあるはずなのに……。

 またティーマがいたずらに持ち出したかな? この前、ティーマは体中に包帯を巻いて「ミイラごっこ」をしていたから。

 あの時は、足に絡まって廊下で倒れたまま、半日も見つからなかった。頭部を強打すると、ぼくらも活動を停止してしまうことがある。

 三度も同じ棚を繰り返し探しても見つからないから、ぼくは結局諦めることにした。

 ヴォルトのラボラトリーに行ってみようかな。ぼくらのラボには、それぞれ同じものが置いてあるはずだ。

 だけど、ヴォルトはメンテナンスや改造のたびにわざと爆発を起こしたり、大袈裟にテストをしてみせたりなど、ほとんどテロかと思うような行動ばかりしていたから、救急箱はすぐ空になっていたような気がする。

 内心、大丈夫かな、とも思ったけれど、怪しまれずにぼくが入れるのは、もうそこしかない。

 そう思って、ラボを出て行こうとすると、ゼルダに腕を掴まれた。

 君ってさ、出て行くぼくを引き止めて、ひとつでもいやみを言わないと気がすまないのかい?

 そう言おうと思って振り向いたら、掴まれていた手のひらに、今まさにぼくが今探していたものを押し付けられた。

 包帯に薬、布、メスとはさみ、そして医療用の薄い手袋までも。ぼくが思いつかなかったものまで、いろいろ入った救急箱だ。

「ほら、探しているのはこれだろ? ティーマが持ち出していたんだ。ぼくらの部屋のキッチン戸棚の上にあった。テイルに聞いたら、ティーマに解剖されそうになったから、没収したんだって言ってたよ」

 ゼルダは素っ気なくそう言って、ぼくの腕を放す。

 ぼくは道具が落ちないように両手で抱えなおしながら、驚きの表情でゼルダを見つめた。

 友好的なゼルダにびっくりしているぼくに、ゼルダはちょっと顔を顰めて、再びふん、と鼻を鳴らす。

「さっき君が言ったろ、ぼくらは元はひとつのものなんだって。無鉄砲で、大バカ者で、不良な考え方をしたら、これにたどり着いた」

 ゼルダらしい、ぼくを馬鹿にするような言い方だ。

 しかし今は、どんな皮肉やいやみを言われても、前みたいに扉をぶっ壊して出て行こう、なんて気はおきない。

「じゃあ、無鉄砲で、大バカ者で、不良なぼくは、これから危険極まりない計画を実行するとしよう」

 ぼくはにやりと笑って、出口へと足を進めた。


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