表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/131

060

 改めて思う。“お父様”という人間は、どこまで残忍なのだろう。

 ヒトの心は、どこまで荒むことができるのだろう。

 皆はこの暗闇に満ちた世界を希望の光が射すものに変えたくて、その人柄と優れた能力を認め、お父様に“公司長”という最高の地位を与えたのだろう。

 しかし、お父様は皆が信用して与えた、権力と能力を最大限に悪用して、“ぼくら”を造り出した。

 自分の邪魔となる人物を、“お仕事”だと騙して、ぼくらに消させるために。

 あの人はぼくらを息子や娘だと言っていたけれど、実際には、人間より簡単に言うことを聞く、ただの殺人人形としか見ていなかったんだ。


 ならばぼくは、人形としてここに居ることは、もう嫌だ。

 “造られたもの”として接されるより、“生きるもの”として認められるほうが、数倍嬉しい。


 救世主がこの世界を変えてくれることを、ぼくは望む。


 赤い廊下、赤いランプ、時々表れる数個の茶色の扉。

 それ以外は何の変化もない廊下を、お気に入りの靴音をたてて、ゆっくりと踏みしめ歩いていく。

 そして、次の角を右へ曲がったところで、ようやく変化が訪れる。

 突き当たりにぽつんと、まるで一つの絵のように置いてある、いつもの白い両面扉。ぼくらの部屋だ。

 扉の両端にある赤茶色のランプのせいで、遠くからはぼやけているように見える。

 ぼくは静かに扉に向かって進み、扉の模様まではっきり見えたところで、足を止めた。

 その扉を片手で押し開け、真っ先に飛びついて来るのは、

「アラン!」

 ほうら、当たった。

 腹に強烈なタックルをくらうのも、ずいぶん慣れたような気がする。

 それとも、ヴォルトがぼくを丈夫すぎるほどに改造してくれたからかな。

「ただいま、ティーマ」

 ぼくはいつものように苦笑いして、ティーマの頭を撫でた。

 頭の両端についている赤い大きなリボンが、ピョコンと揺れる。

 ここで、いつもなら輝く真っ赤な瞳はぼくを見上げ、「おかえりなさい!」と元気な声で迎えるはずだ。

 次はそうだろうと思った瞬間、強烈な張り手がぼくを襲い、思いっきり突き飛ばされた。

 不意打ちの攻撃に、ぼくは抵抗することも出来ず、頭から背後の扉に突き刺さった。

 爆弾か何かが破裂したのかと思うほど喧しい音に、テイルが扉の向こうで悲鳴をあげている。

 ぼくはパラパラと落ちてくる木くずを吹き上げ、廊下側へ飛び出た上半身を起こした。

「アラン、いままで、どこに、行っていたのですか!」

 ティーマが、扉の向こうでキーキー声をあげている。

 確かに、何週間も姿を現さなかったのは悪いけれど、突然全力で吹っ飛ばすなんて、酷いや。

「ティーマ、ごめん。だから、ちょっと、助けて」

 ぼくは切れ切れに言葉を吐いて、しっかりとドアに挟まった体を必死に捻った。

 ちょうど腰で挟まっていて、動けない。

 今更になって、ゼルダの忠告を本気で信じることになるなんて。

 まいったな、とため息をつこうとしたら、また突然足を引っ張られた。

 バキッ、と嫌な音をたて、ぼくはようやく部屋の中に入る。

 床に仰向けに倒れていたら、ティーマが覗き込んできた。

 真っ赤な目を細め、まるで二つのボールが頬に入っているかのように、膨れっ面をしている。

 怒ってる、怒ってる。

 怒らせている本人がぼくなのは確かだけれど、その表情に、ぼくは思わず吹き出した。

 反省の色がまったく見えないぼくに、ティーマはもっと頬を膨らませた。

 今ではサッカーボールが両頬に入っているようだ。

「ごめん、ごめんよ。ほら、謝るから、ごめん」

 ぼくは体を起こし、顔の前で両手を合わせて、困り笑いの頭を下げた。

 しかし、今のティーマは土下座をしても許してくれそうにない。

 そう思ってちらりと顔を上げると、両頬はりんごぐらいの大きさまでしぼんでいた。

 少なくとも、ほっぺたが破裂することは免れたようだ。ぼくはほっとして、立ち上がる。

 すると、再びぼくは強烈な突進を食らった。その威力は、思わず目玉が飛び出そうなほど。

 ぼくは目玉が飛び出ないようにぎゅっと目をつむり、ティーマを受け止めた。

 また扉に突っ込むかと思ったけれど、そこはなんとか踏みとどまった。

 ティーマは、ぼくをガチガチに拘束したまま、ぼくの腹に顔を埋めている。

 やれやれ、ティーマのこの性格にも、ずいぶん困らされたものだ。

「ティーマ、放してよ。大丈夫、もうどこにも行かないよ」

 ぼくは嘘をつく。

 さぁ、今度こそ、ティーマを騙し通せるかな。ぼくの嘘やごまかしは、ティーマにきいたためしがない。

 案の定、ティーマはさらにぼくを締めつけ、離してくれそうにない。

 ぼくはやれやれと天井をあおぎ、大げさに口を開いた。

「あーあ、扉が破れちゃったよ。お父様にお菓子を取り上げられたら、どうしよう」

 ぼくがそう言うと、ティーマははっと顔を上げた。

 まるで世界の終わりのような表情で、首を横に振る。

 あまりにも激しく振ったので、長い髪がぼくを鞭みたいに叩きつけた。

 形勢逆転。ぼくはにやりと笑い、ティーマを見下ろす。

「さぁ、どうしよう」

「ティーマ、ごめんなさい、してくる!」

 ティーマはすぐにそう言って、半分ぼくを跳ね飛ばし、壊れた扉をさらに壊して駆け出て行った。

 今度は倒れずに踏みとどまったぼくは、やれやれとため息を零し、扉の木くずでいっぱいのシャツを拭う。

 そんなぼくの後ろで、テイルがクスクスと笑った。

「なんだか、久しぶりな気がするね」

 ぼくは苦笑いして振り返る。

「そうですわ、もう二週間も姿をお見せにならなかったでしょう」

 テイルは肩をすくめて、そう言った。

「そんなにぼく、居なかった?」

「ええ。ここの所、この部屋に居たのは、ずっと私とティーマさんだけでしたわ」

 テイルはそう言いながら、とばっちりをこうむった白いテーブルの上を払う。

 そして、いつもばっちり整えている髪を優雅に振り、ぼくのほうを向いた。

「お茶でもいかが?」

 テイルの誘いに、ぼくは首を横に振った。

「ううん、今は遠慮しておくよ」


 最後の別れは終わった。


 そう、ぼくはそろそろ行かないと。


 ヒーローが待っていてくれることを、願って。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ