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004

 ぼくとテイルはゆっくりとお茶を飲みながら、おつかいティーマの帰りを待った。

 テイルはしょっちゅう心配そうに様子を覗きに席を立つから、ゆっくりしているのはぼくだけかもしれないけれど。

 確かに、ティーマには前科がある。前にテイルがおつかいを頼んだときには、扉を開けずにそのまま突っ込んでいってしまったり、時には好奇心から入ってはいけない部屋に忍び込んで警報を鳴らしたり、それはもう大変なことをしでかした。

「大丈夫かしら」

 テイルは早くも七回目の確認を終え、心配そうにそう頭を抱えながら、またためらいがちに席に戻る。

「大丈夫さ。ティーマもいろいろなことを覚えたし、ぼくの迎えに来てくれる時だって、むやみに物を壊したりしなかったよ」

 ぼくは「自分は壊されそうになったけどね」と苦笑いして、残っていたお茶を飲みほした。

 その後すぐに、また扉をふっ飛ばしそうな勢いで、ティーマが戻ってきた。

 文字通り飛び込んできたティーマに、思わずテイルも椅子から飛びあがる。

「あったよ! もらったよ!」

 ティーマはきらきらと目を輝かせながら、お菓子の入ったかごを両手でしっかりと持ち、ぼくらのほうへ突き出した。

「ティーマ、できたよ!」

 ティーマは嬉しそうにかごを激しく左右に振り、自分の功績を褒めてほしいとぼくらを交互に見回す。

「ティーマ、お菓子が壊れちゃうよ」

 ぼくは慌てて、ティーマからかごを取り上げた。

「ティーマ、できたよ! ティーマ、えらい?」

「うん。偉い、偉い」

 ぼくはこっそりテーブルの奥にお菓子を非難させながら、ティーマの頭を撫でてあげた。

 ティーマは満足げにしばらく撫でられると、上機嫌のまま自分の席に腰かける。どんな小さなことでも、今日成し遂げたことは、ティーマにとっては自分を誇れるすばらしい出来事なんだろう。

 テイルはティーマをぎゅっと抱きしめて、何度も何度も褒め称えた後、早速かごを持ってキッチンへ向かった。

「そうそう、これですわ。新しくできたお菓子屋さんのお菓子」

 テイルはかごを覗き込み、「おいしそうですわね」と嬉しそうに微笑んでいる。

 おいしそうなお菓子より、テイルにとってはティーマが初めて何の問題を起こさずにおつかいに行ってきたことの方が、ほんとは数倍も嬉しいことに違いない。

 テイルはティーマがぼくらの前に現れた時からずっと、母親か姉のようにティーマを可愛がり、世話をしてきたんだから。

「後で公司さんにお礼を言ってこなくっちゃ、ですわ」

 テイルはごきげんそうに鼻歌を歌いながら、かごからお菓子を取り出し始めた。


 公司とは、公司長のもとで働く、いわば会社員みたいなもの。

 だけどこの世界でいう公司という職業は、入社試験に合格すれば、誰でもなれるわけじゃない。公司になるには、特別な条件を満たす人間でないといけない。

 たった一つの条件は、総じて超能力と呼ばれる、特殊な能力を持っていること。

 彼らもぼくらと同じように、人それぞれに得意な能力を持っている。それを売り込むか、またはお父様直属の部下たちにスカウトされれば、晴れて地下世界を治める公司のひとりとして、この公司館に迎え入れられることになる。

 彼らの仕事は街の治安の維持が主だけれど、ぼくらの身の回りの世話をしてくれるのも、彼らの仕事とされているらしい。

 ぼくらの買い物や、着替え、食事の準備。なんだか召し使いのように使ってしまうのは気が引けるけれど、お父様、もとい最高権力者である公司長の命令だから、ぼくが何か言っても変わることはないだろう。

 それでも公司さんたちは、時々ぼくらのことを怖がっているみたいだ。

 なぜかって、多分それは、ぼくたちの“お仕事”のせい。

 ぼくらのお仕事は、成功すればさっきのように褒められるけど、もしも失敗すると……あまり、言いたくない結末がついてくる。


 ぼくの目玉にくっついたスクリーンに、無意識のうちに過去の“お仕事”の映像がスライドショーを繰り広げて消えていった。過去といっても記憶しているのはここ数カ月のものでしかなく、それ以降の記録はぼくらの本体に保管されているけれど。

 ぼくはテイルがマドレーヌとフルーツケーキをきれいに並べるのを眺めながら、小さくため息をついた。

「あら、どうしました?」

 テイルが敏感にぼくのため息に気づいた。

「ううん、なんでもないよ」

 ぼくはそう言って、なんとかごまかそうと笑顔を作る。

 すると、お菓子を今か今かと待っていたはずのティーマが、突然ぼくの顔を覗き込んできた。

「うそは、だめよ!」

 その言葉と共に、強烈な突きがぼくの額を襲い、ぼくは思わず半分仰け反った。

 二発目の攻撃が来る前に、ぼくは両手を挙げる。まったく、これだからティーマにはかなわない。

「わかったよ。ただ、ヴォルトが心配なだけなんだ」

「ヴォルト?」

 ティーマはきょとんと首を傾げ、振り上げていたこぶしを下ろした。


 ヴォルトとは、ぼくらの仲間、GX.No,6のこと。

 ヴォルトは炎を使う。今、その能力を生かして、“お仕事”に行っているらしい。

 ヴォルトの外見は、ぼくよりは年下で、ティーマよりは少し上ぐらいに見えるだろうか。

 ヴォルトは外見年齢のわりに、しっかりしている。自分の意見をきっちり持っているし、きっとぼくよりいろんなことを知っている。だけど、人一倍勝気な性格で、意地っ張りだから、よく仕事を勝手に投げ出すんだ。

 最近になって、ヴォルトのボイコットは前にも増してひどくなった。だから最近の仕事終わりには、罰を受けてばっかりで……。今回も罰を受けるようなことをしてるんじゃないかって、こっちは心配で気が気でない。

 この前だって、体をばらばらにされたばかりなのに。あの時は、あの後一ヶ月も姿を見せなかった。

「ヴォルト、今日は、ちゃんと、するって、言って、いました」

 ティーマがきちんと椅子に腰を下ろし、ひとつひとつ言葉を確かめるように言った。

 ティーマは不思議な子だ。ぼくが何を隠そうとしても無駄。ふざけていても、笑っていても、いちばん先に本質に気づく。

「そっか……そうだね」

 そうだといいんだけれど、と苦笑いすると、ティーマは無邪気にばんざいしてみせた。

「ヴォルト、いい子だよ! ティーマ、知ってるよ! だから、大丈夫だよ!」

 満面の笑みのティーマに、ぼくは今度こそしっかりと頷き、わかったよ、と微笑んだ。

 根拠のない自信だろうけど、そう言ってもらえるとありがたい。

「ありがとう、ティーマ。そうだよね、ヴォルトだって、本当はいい子だもんね」

「ヴォルトもいい子。ティーマもいい子!」

「そうだね、ティーマはいい子だよ」

 ぼくがそう言ってティーマを撫でていると、バシン! と豪快な音をたてて、ぼくの背後で扉が開いた。

 まさか二度目のティーマの衝突、ではない。まさに、噂をすれば、だ。

「あの、くそオヤジ!!」

 大声で喚きながら、茶髪の少年が扉を蹴って入ってきた。

「ヴォルト!」

 部屋が揺れるような大声に、ぼくは椅子から飛び上がり、ヴォルトに駆け寄った。

 ひどい格好だ。ヴォルトの黒い服には、まだびっしりと返り血が光っていた。

 ポケットに手を突っ込まれた同色のズボンには、所々こげ穴があいている。汚れを引きずってきたようだが、ヴォルトの体に傷はなかった。

「どうしたのさ……こんな格好で」

 心配そうに顔を顰めるぼくに、ヴォルトはむっつりと顔を上げる。

「一人、わざと逃した」

 何のためらいもないヴォルトの言葉に、部屋中が凍りついた。もちろん、ぼくも。

 ぼくは真っ青になって、ぱくぱくと口を動かし、やっと言葉を吐いた。

「なん……なんだって!?」

 思わず引きつった声を出したぼくに、ヴォルトが嫌そうに顔を顰めて、髪を掻きむしった。

 ぼくたちの仕事に、失敗は許されない。ぼくたちが始末を命じられた人を逃がすことは、絶対のご法度、最悪の事態だ。

 仕事中のぼくたちの姿を見たものは、絶対にぼくたちのことを、他の仲間に伝えるだろうから。

 ぼくらの存在を知っているのは、公司館の人間だけでなきゃいけない。決まりを破って見逃したなんてことがお父様に伝わろうものなら、四の五の言わせず、厳罰、だ。

「ヴォルト! 前回であれほど罰を受けたのに! またそんな……!」

 ぼくは呆れと心配と恐怖で、警告音の鳴りそうな頭を抱えた。

 しかしヴォルトはまだむっつりとふてくされて、唸るように返事をする。

「まだ子供だったんだ……なんの武器も持っていなかった。そんな奴、殺せるわけないだろ」

 ヴォルトはそう言うと、ぼくが座っていた椅子に乱暴に腰かけた。

「腹減った!」

 噛みつくようにヴォルトが怒鳴る。テイルは驚いて毛を逆立てたが、その後すぐに、ため息をついた。

「ヴォルトさん……何度言われたらわかりますの? わたくしたちがちゃんとお仕事をしませんと、この世界は乱れてしまいますのよ」

 強い口調を心がけながら、言い聞かせるようにテイルが言う。しかし、ヴォルトの顔色を伺いつつ、恐る恐る、という感じだ。

 ヴォルトはじろりとテイルを睨み、テイルを怯えさせた後、ふと視線を落とした。

「あのオヤジは、俺には「罪人を退治するんだ」って言ったぜ。この世界の邪魔になる者を消すんだってな」

 ……ぼくも、そう聞いた。

 ヴォルトの言葉を聞くと、テイルは困り顔をし、考え込むように頬に手を当てた。

「そんなはずはありませわ。そんな、野蛮なものじゃありませんわ……」

 お父様がそうおっしゃったもの、と呟くテイルを、ヴォルトはいらいらと見つめる。

「お前はいつもそうだな。オヤジ、オヤジって、自分の意思はないのかよ」

 ヴォルトはそう言うと、また乱暴にテーブルを叩き、立ち上がった。

 ぼくたちは思わずびくっと震え、立ち上がったヴォルトの行動を見つめる。

「着替えてくる」

 ヴォルトは一言呟くと、扉に向かって乱暴に歩いていった。

 清潔感に満ちた部屋の中、唯一血まみれになった白い椅子が、妙にさっきのヴォルトの表情を意味深に思わせる。

 また足で蹴られて扉が閉まったとたん、ティーマが爆発した。

「今の、ヴォルトは、なんですか!!」

 ティーマは両手のこぶしを振りまわし、怒ってわぁわぁと喚き散らした。

 頬をまん丸に膨らませるティーマをなだめながら、ぼくは苦笑いを零す。

「ヴォルトは意地っ張りだからね……お父様の命令を、「はい」って素直に聞けないんだよ」

 ぼくはそう言いながらも、ヴォルトの言った言葉を、ひとつひとつ思い返していた。


 まだ子供だった。

 殺せるわけないだろう。

 自分の意思はないのかよ。


 ヴォルトは時々、どきっとするようなことを言う。

 ぼくたちにとって、お父様は絶対で、一番正しいんだと思っていた。

 だけどヴォルトが、最近、ずっとあんなことを言うから……。

 ぼくには、一つ疑問が出てきていた。


 お父様は、本当に正しいのだろうか?


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