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018

 テレポートを強制させられるのは、変な感じだ。

 椅子に縛りつけられて、頭の中を、しつこくくすぐられているような。

 ぼくはむずむずした感じを振り払おうと、顔を顰めて頭を振っていた。

「アラン?」

 目を開いた途端、ティーマの真っ赤な瞳が覗き込んできた。

 ぼくは驚いて、思わず仰け反る。背中が冷たいコンクリートの壁に当たった。

「な、なんでもないよ」

 ぼくはニッコリ笑い、引きつり顔をなんとかごまかそうとした。

 しかし、ぼくの答えにティーマは納得いかないようだ。

 普段はすばらしいボケっぷりなのに、こういうのには騙されないのは、ティーマの不思議なところ。

「アラン、変、ですよ!」

 ティーマはマーシアみたいに眉をつり上げて、背伸びをしてぼくの額を指で突く。

 うわぁ、始まる。ティーマお得意のお説教だ。

「わかったよ、ごめん。後でしっかり話を聞くから、今はやめてよ」

 ぼくはそう言って、やれやれと首を横に振った。

 ティーマはまだ何か言いたそうだったが、ぼくは気にしないで辺りを見回した。

「ここはどこ?」

 ただのコンクリートの高い壁で囲まれた、寂しい路地。

 光の差し込む向こう側には、小さな広場があり、お店がいくつか並んでいるようだ。看板に書かれた絵から推測すると、酒屋や喫茶店街だろう。

 お父様が内容や人数など何も告げずに飛ばすということは、よほど緊急事態だということだ。

 この店のどこかで、公司と戦うための大変な会議なんか、しているのだろうか……。

 いっそもぐり込んで会議に参加してしまおうか、なんてことを考えていたら、ティーマが明かりのあるほうへ一人でちょこちょこ走っていってしまっていた。

 毎度ながら考えなしの行動に、ぼくは慌てて後を追う。

「ティーマ! だめじゃないか……」

 ぼくは路地の出口ぎりぎりのところでティーマの腕を捕まえて、引き戻した。

 赤い長い髪が、ふわりと後に残る。

『ピー』

 甲高い機械音と共に、ティーマがぼくを見上げる。

 その見開いた大きな瞳に、ぼくはぎょっとした。

『アラン、ティーマ、ひとりで、できるよ』

 二人の声が重なったような、不思議な声でティーマは言う。

 口元はいつも通りにっこりと微笑んだままだが、不自然に見開かれた赤い瞳は、なぜか恐怖を思わせた。

「な……何をするって言うんだ!」

 ぼくは、急にティーマが恐ろしくなった。

 そういえば、ティーマの“お仕事”を見るのは初めてのことだ。

 普段とは違う、命令のみを遂行しようとする忠実で機械的な動きのせいか、何だか、妙に全身がぞくぞくする。

 ティーマの頭が、再び目線を前方に戻す。

『あそこに居る。ティーマ、知ってる』

 ティーマはそう言うと、綱渡りのようなおぼつかない足取りで、三軒並ぶうちの、真ん中の店へ真っ直ぐに向かっていった。

 同じ能力を持っているはずのぼくでも、そのヨロヨロした不安定な動きから、なぜか圧倒的な恐怖を感じた。

 以前、同じような感覚を感じたことがある。そうだ、“あいつ”だ。あいつが側に居るとき、こんな風にぼくはただ震えるしかできなかった。

 だけど、今はそんなことに怯えている場合じゃない。早く、早くティーマを止めるんだ!

「ティ……ティーマ! だめだ! これ以上、あんなことは!」

 ぼくは必死に、ティーマの腕を掴もうと、手を伸ばす。

 なのに足が動いてくれない。見えない手が地から這い出して押さえつけているように、ぴくりとも動かない。おそらく、ティーマがやっているんだ。

 ティーマが、すっと右腕を正面に向かって上げた。長いツインテールが、大きな力を感じてふわっと持ち上がる。攻撃するんだ。

 ぼくは押しつけられるような恐怖に前のめりに抵抗しながら、必死に固まったひざを動かそうとしていた。

 いやだ……もういやだ!

 ぼくの仲間に、ぼくの大切な人たちに、ぼくの兄弟に……

「もう、あんなことはさせたくないんだ!!」

 ぼくの叫びは、ティーマの指先から発射されたレーザー光の爆発音によってかき消された。

「ティーマ!」

 突然屋根がぶち抜かれて、状況の把握できていない人々が、崩れかけの店から急いで駆け出してきた。

 何人もが武器を持っている。ということは、やはり公司館への突撃でも相談していたのだろう。

 何人かがすぐにティーマに気づき、幼い少女がなぜこんなところに居るのかと、不思議そうに顔を見合わせた。

『見つけた!』

 ティーマが、まるでかくれんぼの時のように、人だかりを指さして歓喜の声をあげた。

 ぼくはティーマを止めようと、路地から必死に腕を伸ばした。

 動け! 動け! ぼくの体のくせに!

 こんな時に、なんて情けないんだ! ぼくだって、ぼくにだって……

『いた、いた、ほらね。ティーマ、見つけた! えらいね!』

 無邪気に笑って、ティーマがぼくのほうへ振り返る。

 ぼくはただ声の出ない口を動かし、必死に戻って来いとティーマに訴えた。

 見かけない少女と、影から抜け出せない青年に、人々は不思議そうに眉を顰めるだけ。

「一体何が起こったんだ」「地上が崩れてきたんじゃないか?」なんて、のんきな会話まで聞こえてくる。

 ぼくは勇気を振り絞り、必死に叫んだ。

「早く、逃げて! ティーマ、やめて!」

 ぼくの叫び声は、突然の風を切る音でかき消された。

 ティーマが地から舞い上がった。まるで飛び上がるバネ人形のように、ティーマが宙へ飛び跳ねる。

 ぼくらは普通の人間の二倍や三倍ほど体重があるのに、その身が宙に舞うなんて、ぼくも夢を見ているようだった。

 ぼくらは人間にしか見えない。だからこそ、あんなふうに軽々と人が飛び上がるなんて、人々もその光景に圧倒されていたに違いない。

 人々は声を失い、まるで天使でも見るような目で、赤い髪をなびかせるティーマを見つめた。

『追いかけっこ!』

 突然、ティーマが言った。

 その途端、まるで大型爆弾でも仕掛けられていたかのように、地面が爆発した。

 まさに、瞬殺。逃げるまでもなく、何人もがはじけ飛ばされる。

 ティーマが撃ったんだ。ぼくにも見えないほどの速さで、人だかりに攻撃をしかけた。

 ティーマの望みどおり、人々は声をあげて逃げ惑い始めた。ティーマは羽があるように空を跳びまわり、次々に見えない攻撃を撃ちつける。

 響き渡る爆発音が、悲鳴をかき消した。

「逃げて! お願いだから、逃げてくれ!!」

 ぼくの必死の叫び声も、ティーマの次々と撃つ攻撃に、虚しくかき消される。

 人々の逃げ惑う声や、叫び声、助けを請う声が、ぼくを攻めてくる。

 どうしてやめさせないんだ! どうして助けないんだ!

『まって、まって!』

 キャッキャッと楽しそうに笑いながら、今度は無邪気に地を走って、まるで単なる追いかけっこのように、逃げる人々を追いかける。

 それはぼくらと公司館で追いかけっこをするティーマと、何ら変わりない表情だった。だからこそ、今のぼくには、あの子が恐ろしくてたまらない。

 最初の攻撃で亡骸になった人を踏みつけてまで、人々は逃げ回る。

 ぼくは叫び続けた。今のティーマには、何一つ、聞こえていない。

 それは、同じ力を持つ、同じ運命を持つ、ぼくだからこそよく知っている。

 自分のやってしまったことの重大さを知ってしまったことで、ぼくが、どれだけ深い悲しみに落とされたことか。

 どうか、君には、これ以上、皆には、

「そんな思い、させたくはないんだ!」

 思いっきり叫んだ途端、ぼくの足が、動いた。

 気がつくと、ぼくはティーマに攻撃していた。

 後頭部に強烈な衝撃を打ちつけられ、ティーマはぐらりとバランスを崩しながら、ぼくを振り返る。

「……アラン?」

 一瞬、ティーマの声が、元に戻った。

 その時、一発の銃声が響いた。

 乾いた音を残して、広場が静まり返る。

 ぼくの頭に、微かな痛みを感じた。

「あ……」

 ぼくは、音のしたほうを向いた。

 ヴォルトより、ほんの少し、年下だろうか。

 そのぐらいの年頃の少年が、震える手で、拳銃を握り締めていた。

 顔をひきつらせ、頬を涙で濡らし、怯えきったその黒い瞳が、ぼくを見つめている。

 ぼくは、自分のこめかみを、そっと触る。

 小さな穴が……。


『ピー……』


 ぼくの瞳が、赤くなる。

 ティーマと同じ、機械音とともに。


 ぼくの体が、不自然にぐらりと揺れる。

 ぼくの、自己防衛機能が働く。

 自分で自分を、制御できなくなった。


 ……ぼくは……


 ぼくは、やっぱり、ロボットで

 ぼくは、造られた物で


 ぼくは ぼくは……


 ヒーローなんかには……なれないんだ……。


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