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013

 ――その後、数週間。ぼくは食料と毛布や衣類を持って、地下三階へ通った。

 きちんとランプに明かりをともせば、快適とは言えないけれど、牢獄といえど、ある程度自由に過ごせそうなところだった。

 しばらく通ううちに、生きている人が何人、あの人の名前は何、と、いろいろなことがわかってきた。

 生きているのは、収容された五人中、三人。残念だけど、二人はもう亡くなっていた。

 ぼくは、その牢屋にそっと花をそえておいた。気休めではあるけれど、少しでも、寂しい魂に届けばいいと思って。

 罪人なんて鬼のように怖いものだと思っていたけど、そんなことはちっともない。

 よく話してくれるし、最近では、ぼくを見るなり、自然と笑顔を見せてくれるようにもなった。

「今日のごちそうは、なんだい」

「今日はパンと果物だけなんだ。監視が厳しくて、あまり持ってこれなかった……ごめんなさい」

「いいやぁ、嬉しいねぇ」

 にっこりと微笑む、人の良さそうなこの人は、初めてここに来た時に、ぼくが初めて話したあの人だ。

 名前も教えてくれた。ランス=シューベルさん。男の人だ。

 赤ワイン色の髪をしていて、剃刀を渡しても剃らなかった口ひげがある。鏡を渡して一目見たときから、お気に入りなんだそうだ。

 初めて出会った時は、ガリガリに痩せ細って瀕死の状態だったけれど、いまでは普通に喋ったり、できるだけの運動で、筋肉も徐々に戻ってきたように見える。

 そして彼は、なぜ自分がここに入れられたのかも、すんなり教えてくれた。

 なんと、公司館に泥棒に入ろうとした。ただ、それだけのことだったそうだ。

 しかも、まだ入らないうちに捕まって、ここに半年近くも入れられていたらしい。

「じゃあぼく、他の人にも配ってきますね」

「ふぁ」

 ランスさんは、パンを口いっぱいに詰め込みながら、よく聞き取れない返事をした。

 ぼくはランスさんが喉を詰まらせてミルクを口に運ぶのを見届け、次の牢屋に向かう。

 ぼくに名前を教えてくれたのは、三人。生存者全員だ。

 古い森のような深緑色の髪をしている、ボルドア=ワグナーさん。ひげも髪も剃ってしまったせいか、ランスさんより、少し若く見える。

 痩せてはいるけれど、比較的がっちりした体系の男の人で、浅黒い肌をしている。

 とても低い声で単語だけを話すから、実はちょっと怖い印象がある。

 そして最後は、マルシェ=マコルフィーさんだ。

「何か欲しいものはないか」と聞くと、はさみが欲しいというから、望みどおりあげた。

 そうしたら、目も見えないのに、髪の毛と伸びたひげを、ためらうことなくざくざくと切ってしまった。

 今では、食べ物もよく食べ、顔色もよくなり、髪やひげを切ったおかげで若返った感じがする。

 ぼくともよく話してくれる。だけど、公司たちの動きをしきりに聞いてくるから、もしかしたら、脱走する気なのかもしれない……と、ぼくは思っている。

 そうしたら、きっと手伝ってあげるんだ。

 ……そんなこと、できないっていうのは、ぼくが一番わかっているよ。

「マルシェさん、昼食です」

 ぼくはいつものように食料の入った手提げを広げ、マルシェさんに話しかける。

「おう」

 マルシェさんは軽く頭を下げ、ぼくが差し出したパンを受け取った。

「公司たちは、お前がこんなことしてるって、気付かないのか?」

 マルシェさんは、パンをほおばりながら、ぼくに聞いてくる。

「はい。大丈夫ですよ」

 ぼくはコップにミルクを注ぎながら、頷いた。

 廊下で何人かすれ違った公司たちも、なかなかここまでは入ってこない。

 ぼくが三階を通るのも見慣れてしまったようだし、一応の策として、最近は公司館のあちこちを見回るふりをするようにしている。

 いざとなれば、テレポートして帰るという手だってある。お父様に見つかる可能性はゼロではないけれど、大概は「ティーマと追いかけっこをしていて」の一言でごまかせるだろう。

 ぼくはマルシェさんにコップを渡し、ようやく一息ついた。

「お疲れさん」

 マルシェさんがミルクを注いだマグカップを取り、ニヤッと笑う。

「いいえ」

 ぼくも、笑い返した。


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