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「キ……キヨハル……さん……」

 ぼくの口から、なんとか擦れ声が漏れた。

 薄く開いた口の中へ、頬を伝った雨が流れ込む。

 何の力もなくなってしまったぼくの目の前に、確かに、その人が居た。

 ゆるくウェーブのかかった黒い髪を肩に乗せ、そして何もかもを包み込むような優しい笑顔で、じっとぼくのほうを見つめている。

 その手には、あの古い記憶の中で見た、小さな光が握られていた。

 キヨハルさん……だ……。

 間違いない……どうして……どうして生きて……?

「遅くなってしまって……ごめんね」

 初めて聞いたキヨハルさんの声が、囁くように、ぼくに言った。

 本当だ……。マルシェさんに聞いたとおり、どこか気の抜けているような、暖かい……きれいな声だ。

 気づけば、まるでその笑顔につられるように、小さく微笑んでいる自分に気づいた。

 キヨハルさんが頷き、そしてその目を、ゆっくりとお父様に移動させる。

 すると、お父様が少し、後ずさりをした。

「どうして……どうして、お前が……!」

 雨音に混じり、お父様の驚き、擦れた声が、ぼくの頭上で響く。

 キヨハルさんが光を握ったまま、ゆっくりとお父様のほうへ進みだした。

 裸足のままの足が、濡れた地面を滑るように進んでいく。

「く……来るな!! 裏切り者が!」

 お父様が叫んだ。どんなに罵声を浴びせようと、キヨハルさんは止まろうとしない。

 ちょうどぼくの真上に来た頃、ようやく、その足音が止まった。

「マルシェ」

 そして、優しい声で、その名を呼んだ。

 途端に、罵声を浴びせていたお父様の声が止まり、そして――

「……キヨハル……か……?」

 戸惑い気味の、まったく違った声が、聞こえてきた。

 まるで、本当に呼び出されたように、現れた……マルシェさんだ。

「あ……あぁ……何……なんだ……俺……」

 マルシェさんが戸惑った声を出し、そして何歩か後ずさりした。

 しかし、それにキヨハルさんも続く。そして、マルシェさんの手を取り、二人は握手した。

「マルシェ、ありがとう」

 そう囁き、やわらかい表情が、力なく微笑む。

 すると、少しの沈黙の後、マルシェさんが小さく笑った。

 そしてその手を組みなおし、再び硬い握手をする。

「気にすんな。……親友だろ」

 マルシェさんが、笑ってそう返した。

 その途端、まるで意識が抜けたかのように、ドッとマルシェさんの体が座り込んだ。

 地面に倒れそうになるマルシェさんを、キヨハルさんが抱きとめる。

 すると、今度ははっと意識を取り戻し、お父様がキヨハルさんを押し返した。

「どうして……どうして貴様が生きているんだ……! 殺したはずなのに!!」

 お父様は噛みつくようにそう叫び、キヨハルさんを突き飛ばした。

 しかし、キヨハルさんは少し寂しげに眉を下げただけで、笑顔を崩さない。

「ごめんよ」

「今更謝って、何が変わるというのだ! 地獄を見た私を、私たちを……! お前は、お前は……!」

「ごめんよ、早く、迎えに来れなくて……ギルバート」

 キヨハルさんが手を差し出し、その名を呼んだ途端、お父様が、崩れるようにその場に座り込んだ。

 バシャン、と水の跳ねる音がする。そして突然人が変わってしまったかのように、小さく、呟き始めた。

「こ……怖かった……んだ……みんな……みんな……死んでいって……しまった……」

 雨音に消され、途切れ途切れに、お父様の擦れた呟きが聞こえる。

 キヨハルさんが、ゆっくりとその側へ身を屈めていく。

「迎えに来たよ、ギルバート。共に、行こう……――」

 そしてその言葉を囁き、お父様をそっと抱き寄せた。

 お父様の肩が震え、そしてまるで親に縋る子供のように、キヨハルさんにしがみついた。

「う……う……あぁあっ……――!!」

 お父様の背を擦るキヨハルさんの手から、ゆっくりと光が広がる――そして二人が、白い光に包まれていった。

 消えて……いく……――


 その瞬間、光の中で、背の高いシルクハットと、そして黒いマントの影が、ぼくの瞳にぼんやりと映った。

 赤と青のオッド・アイが微笑み――ぼくに「さよなら」と囁いた。


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