表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/131

121

 ずっしりと重くなった両腕が、床に吸いつけられるように、ゆっくりとぼくの背骨を曲げていく。

 うそだ……。

 ……泣き出したい気分って、こんなことを言うのだろうか。

 まったく力が入らない。指先から、体全体が麻痺していきそうだ。

 絶望感に、言葉さえ出てこない。

 ヴォルトに――テイルに――みんなに――なんて言えばいいんだ……。


「アラン」

 その時、軽い靴音をさせて、お父様が再びぼくに歩み寄ってきた。

 見覚えのある黒い靴が、うつむいたぼくの目の前で止まる。

「アラン、共に行こう」

 マルシェさんの声でそう言い、お父様が手を差し伸べてきた。

 まるで、体の奥に重い何かが落ちたような、ドスンという感覚がした。

 もう終わってしまったのか……何もかも……何も変わらぬうちに……

 戻ってしまおうか……もう一度……感情のいらない、忠実な人形に――

 この手を、取ってしまおうか……――?


「――いやだ」


 ぼくは顔をうつむかせたまま、小さく呟いた。

 聞こえたのか、聞こえなかったのか。お父様の指先が、ほんの少し曲がる。

 ぼくは顔を上げた。こぶしを握り、目をそらさないように、必死にお父様を睨みつけた。

 ぼくの返事に、お父様が眉を寄せる。黒い瞳が、真っ直ぐにぼくを睨み返してきた。

 ――あなたは、マルシェさんじゃない。

「ぼくには、もう仲間が居る。あなたより大切な、仲間が」

 そうだ、ぼくには、みんなが居る。

 守りたい存在が。ぼくの、本当の仲間が。

 ぼくは、まだ諦めない。

 まだ諦められない。

 まだ進める。

 世界を変えられる。


 ぼくは生きているのだから。


「アランは戻ってきませんよ」

 その時、ぼくの背後で“ぼく”の声がした。

 振り返ると、そこには懐かしい姿があった。まだ髪が緑色をしていた頃の、昔のぼくだ。

「ゼ、ル、ダ」

 お父様の後ろで、ティーマがにっこりとし、ゼルダに手を振る。

 ゼルダはティーマに挨拶を返すことなく、きびきびとぼくらに歩み寄り、ぼくの隣で立ち止まった。

 相変わらず、嫌味なほど、ピンと背筋が伸びている。

「ぼくが居ます。お父様」

 ゼルダがいかにも優等生らしく、はっきりとした声で訴えた。

 その言葉に、お父様の目がゼルダに向けられ、そしてゆっくりと、再びぼくへ移動する。

 それはまるで面白い玩具でも見つけたかのように、ニヤリ、と細められた。

「それもそうだ……一度反抗した者は、同じことを繰り返すかもしれん」

 お父様は囁くようにそう言うと、小さく笑った。

「ゼルダや、仕事を引き受けてくれるかね」

「はい、もちろん」

 ゼルダがぼくの隣で頷く。

「では頼もう……不良品の、破壊を」

 お父様がそう発した途端、一瞬の間も見せずゼルダがぼくに殴りかかった。

 ぼくはとっさに体を引き、目の前ぎりぎりの所で攻撃を避ける。

 ただ、ゼルダもただ殴ったわけではなかった。強い念力を片腕にめいっぱい込めていたようで、触れてもいないのに床が抉られたように飛び上がった。

 本気でぼくを壊そうとしている――ぼくは思わず、震えた。

「もう戦いたくない!」

 ぼくはゼルダに向き合い、一心不乱にそう叫んだ。

 ゼルダが目を細める。ぼくはよろめきながら後ずさりし、靴先に目線を落とした。

 ついさっき、自分がすべてを破壊しようとしていた時の壁や床のかけらが、つまさきに転がる。

 息が詰まりそうだ――息なんてしていないのに、何を思っているのだろう。

 どうしようもなく、悲しい。苦しい。辛いよ。こんな時に、ヴォルトが居てくれれば――!

「もう何も壊したくないんだ! もういやだ、もういやだよ! もう……!」

「なら、自分が壊されたらどうだ?」

 かなりの近距離でゼルダの声がした。ぼくがはっと顔を上げた時には、ゼルダがぼくに殴りかかってきた。

 無意識のうちに、片手がゼルダの攻撃を受け止める。それを見て、ゼルダが顔を顰めた。

「これだけ戦うための力が備わっているのに、まだ自分を否定するのか?」

 まるで、戦うために生まれてきた存在なのに、とでも言いたげなゼルダの発言。

 ぼくは自分でも嫌なぐらいゼルダとそっくりに顔を顰め、首を横に振った。

「……平和が欲しい。ぼくは、普通に生きていたいだけなんだ」

「ならばお父様に従えばいい。さもなくば、君はもういらない」

 ゼルダがそう言い放ち、ぼくの手と共にこぶしを振り下ろした。

 人間の何倍もある力に押され、ぼくの肩が軋む。

 ぼくは思わずぎゅっと目をつむり、また何歩か引き下がる。

 しかし、ゼルダは休む間など与えてくれなかった。

 すぐにぼくの前髪を何かがかすめ、次の瞬間には、強烈な速さで蹴り飛ばされる。

 背中から強く床に叩きつけられた。ついさっきマーシアに痛めつけられた背が、バキン、と嫌な音をたてる。

「アラン!」

 ティーマが向こうで声をあげた。ぼやける視線の前で、駆け寄ろうとするティーマを、お父様が引き戻している。

「ティーマ、じきに終わる。私のもとへ居なさい。命令だ」

 どこか笑みを含んだその言葉に、ティーマがぴたりと動きを止める。

 まるで、パスワードを言われた時のようだ。それもそうだろう。お父様の命令は、ぼくらにとって絶対だったから。

 ティーマはまだ逆らえないんだ――でも、ぼくは違う。もうお父様の作り出した、GXじゃないんだから!

「犠牲のもとに成り立つ平和なんて、ぼくはいらない!」

 ぼくはそう叫び、起き上がろうと両腕に力を込めた。

 しかし上半身を完全に起こす前に、ゼルダがまたぼくを床へ殴りつけた。

 頬に熱いような痛みを感じる。ぼくが目を開けると、ゼルダがぼくの胸ぐらを掴んだ。

 何度も打ちつけられた頭がくらくらする。それでもぼくは必死にゼルダの腕を掴み、弱く抵抗した。

「犠牲のない世界なんか、あるもんか!」

 ゼルダが叫んだ。その言葉に、ぼくはかっと目を見開いた。

「ならば作ればいい!」

 ぼくはそう叫び返し、ついにゼルダに掴みかかった。

「生きているんだ。ぼくたちは生きているんだ! 今、ここに居るんだ。存在するんだ。世界を変える、力があるんだ!!」

 ぼくの言葉に、今度はゼルダが目を見開いた。

 胸ぐらを掴んだままの、ゼルダの手が離れる。また殴られるか――そう思って目をつむりかけたが、ゼルダはぼくを放しただけだった。

「ロボットに生きるなんて表現、合わないよ」

 ゼルダが呟くようにそう言い、ゆっくりとぼくの上から立ち上がる。

 そして、ぼくへ起きろと手で指示した。

 どうしてぼくを壊さないんだ……。ゼルダの行動を不審に思いながらも、ぼくもゆっくりと立ち上がる。

 ゼルダがぼくから少し距離をとり、ぼくと向き合った。

「あの日、ぼくは君に負けたよ。だけど、今度はそうはいかない」

 ゼルダがぼくを真っ直ぐに見つめ、そう言ってくる。

「勝負しよう、アラン」

 迷いのない瞳は、ぼくを逃がしはしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ