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 きっと、ここに居る大勢の人が、この中に入ったのは初めてだろう。

 相変わらずひんやりとした空気を保つロビーは、行き交う人が居ないせいか、覚えていた日常より、靴音が良く響いた。

「公司は……?」

 みんなが小声でざわめく中、フランさんがぼくの隣へ進み出た。

 ぼくは目を細めて辺りを見回し、首を横に振る。

「見えません。でも、たぶん居る」

「どういうこと?」

「相手は公司です。並の能力者より、ずっと高い能力を持った人たちばかりだ。姿や気配を消すぐらい、できるかもしれない。それに、ロビーに人が居ないなんて、変だ。妙な感じがする」

「そう、そういった能力を持つ公司は、約五十人は居るね。つい最近、ティーマにもその能力を開発し、インプットさせてある。透明人間ってやつだね」

 ヒロノブさんがそう言って、ティーマの頭をぽんと撫でた。

 なるほど……それで、アンダーグラウンドに来たときに、姿が見えなかったんだ。

「やっかいな能力、開発されちゃいましたね」

「すまない、止めようとは思ったんだけれど」

 苦笑いするヒロノブさんに、ぼくは「いいえ」と首を横に振った。

 そして、右手を大きく横へ振る。

「でも、人間であることに変わりはない」

 ぼくは何も見えないロビーにじっと目を凝らし、徐々に目の前を赤く染めた。

 体の奥が唸ると、すぐに、見えてくる。人でないものと、人との違いが。

 居た。たくさん居るじゃないか。いつもの金の螺旋階段のあたりに、特に公司たちが集中している。

 上に行かせない気か――だけど、集まっているなら、話は早い。

 ぼくはじっと公司たちを睨みつけたまま、両手を素早く突き出した。

 とたんに、螺旋階段の下に大きな水玉が現れ、パン! と音をたててはじける。

 超能力は集中力を失うと脆い。ほら、予想もしなかった攻撃に、ほとんどの公司が姿を現してしまった。

 あっけなく作戦が破られてしまい、間抜けな公司たちが目を丸くして顔を見合わせる。

「ざまぁみろ! おまえらなんかより、ずっと強い奴らがこっちにはたくさん居るんだぜ!」

 元気を取り戻したのか、セイが鼻をすすり、いつもの明るい声をあげた。

 その声に、びしょ濡れの公司たちが反応する。プライドの高い、自信家集団。ヴォルトが前にそんなことを言っていたっけ。

「このっ……くそぉっ!」

 一人が顔を拭い、駆け出した。

 喧嘩は始まれば早い。あっという間に、音の響くロビーではぼくらと公司たちの大喧嘩が始まった。

 あちこちで罵声と悲鳴があがる。今のところ、掴み合いの喧嘩しかしていないところを見ると、この公司たちは、超能力をそれほど使えない下位のランクの者だろう。

 飛び出てきた公司がぼくの頭に掴みかかろうとする。ぼくはその腕を押さえ、腹を蹴り上げてやろうとした。

 しかし、公司もそのままやられるわけがない。さすがの身のこなしでかわした後、すぐにぼくにこぶしを向ける。

 身を屈め、なんとかかわした。残念ながら、ぼくと当たった公司はぼくより背が高く、さらにセイのように身軽らしい。

 公司は舌打ちをすると、ぼくの肩を踏み台にし、高くへと飛び上がった。

 後ろを取る気か。ぼくはぎゅうぎゅう詰めのロビーを見回し、振り返る。

 こればっかりはぼくのほうが早かった。ぼくは降りてくる公司の腕を掴み、思いっきり振り下ろしてやった。

 ちょうどアンドリューに殴り飛ばされた公司を巻き込み、数人の公司が床に叩きつけられる。

 今は踏まれるかどうかを気にしている場合じゃない。次だ。

 すぐに次の公司がぼくに向かってきた。

 今度は背が低く、少し臆病そうだ。水滴で遮られた眼鏡の奥で、明らかにぼくを恐れている。

 久しぶりに見た、そんな目つきは。

 ぼくは気弱そうなその公司の顔を引っつかみ、こっちのほうから引き寄せてやった。

「お父様は部屋に居るんだな?」

 思いっきり顔を顰め、唸るように言ってやったら、公司は顔を引きつらせ、思いっきりぼくに手のひらを向けた。

 とたんに、ぼくの顔面で空気が破裂したようにぼくを押し返す。

 小さな念力――こっちは能力者か。

「で、出て行け!」

 仰け反った顔を戻したぼくに、公司がかん高い声で叫んだ。

 その言葉に、ぼくはさらに顔を顰める。

「もう、こんな争いはたくさんだ! もう終わりにしたい。お父様は居るのか、居ないのか!!」

 大騒音の中、近距離で凄んだら、公司は悲鳴をあげてパニックしだした。

 これ以上ないぐらい顔を引きつらせ、持ち上げられた体を下ろそうと足をばたつかせる。

 ぼくは仕方なく公司の腹に一発くらわせ、気を失った公司を足元へ落とした。

 辺りを見回すと、いつの間にか公司の人数が増えていた。まずい、また公司のお得意の作戦か。

 気づかれないように徐々に取り囲んで、ぼくらを一気に潰すつもりなんだろう。ひとかたまりにしてしまえば、能力を集中させることも簡単だ。

「きりがない! ここは私たちに任せて、行くんだ!」

 その時、ぼくの背後でランスさんが声をあげた。

 振り返ると、ランスさんは体格のいい公司と顔をつかみ合い、力比べの喧嘩をしている。

「行け! 早く! 公司がもっと増える前に!!」

 ランスさんがぼくをまっすぐに見つめ、叫ぶ。ぼくは迷わず公司をかき分け、駆け出した。

 公司館を脱獄したあの日のように、ぼくは置いていくことをためらわない。

 だって、ぼくの仲間が何よりも強いってことは、ぼくが一番知っているんだから。

 幸い、公司たちが扉のほうへ一気に押し寄せてきたせいで、螺旋階段はがら空きだ。

 一人流れに逆らうぼくに公司が気づき始めた。ぼくを捕まえようと、何人かがぼくの服を掴んでくる。

 ぼくはその手を振り払い、思い切ってテレポートした。

 すぐに、人の居ない螺旋階段の下に現れた。本当は上まで一気に行ってしまいたかったのだが、さすがに微量でも超能力を持った公司たちがこれだけ居れば、どうしても邪魔をされてしまう。

 ぼくは大騒ぎの背後を一度振り返り、そして金の螺旋階段を駆け上がった。

 手すりのひやりとした感覚が、ぼくの手のひらに伝わる。毎回思うけれど、どうしてこの階段はまっすぐじゃないんだろう!

「早く!」

 その時、頭上でぼくを呼ぶ声がした。

 アンドリューに、メリサとセイがくっついてぼくを見下ろしていた。二人も連れて上までテレポートするとは、さすがはアンダーグラウンドのリーダーだ。

 次に、フランさんがアンドリューの隣に現れた。足音が聞こえて振り返れば、ぼくの後ろから、ティーマとヒロノブさんが駆け上がってくる。

 これだけ居れば、きっと大丈夫だ。

 ぼくはアンドリューの手に捕まり、最後の二段を飛ばして二階へ上がった。

 すぐに追いついたティーマがぼくに飛びつき、ぼくの腰に腕を回す。

「おとうさまに、会いに、行くの?」

 ティーマがぼくを見上げ、不安げに尋ねてきた。

 ぼくはティーマの頭を撫で、頷く。

「そうだよ。お父様を、怒りに行くんだ」

「ティーマも、行く」

「いいよ、来てもいいけど、その代わりティーマもがんばるんだ」

 ぼくがそう言うと、ティーマは少しぐずりそうな顔をしたが、こっくりと頭を前に倒した。

 その時、フランさんがはっと顔を顰め、素早く体を引いた。

「来るわ! 左!」

 予知能力か。フランさんはそう叫ぶと、すぐに左側の通路へ片手を向けた。

 飛び出してくる公司より、フランさんの攻撃が早かった。見えない壁に跳ね飛ばされるように、公司たちが次々と倒れていく。

 すごい。公司がいくら体当たりしても、通路にふたがしてあるように出て来られない。

 しかし、初めて見たフランさんの能力に、関心している場合じゃなかった。

 カンカンカンと軽い音をたてて、階下に居た公司たちが何人か階段を駆け上がってきた。

 とっさにティーマとヒロノブさんを引っ張り、ぼくが前に出る。

「来ないで!!」

 ぼくが念力を放つ前に、メリサが金切り声で叫んだ。

 とたんに、猛スピードで駆け上がっていた公司が、その声に応じるようにぴたりと動きを止める。

 ただ見開いた目だけが動き、突然動かなくなってしまった自分の体を見回そうと、目玉だけがくるりと一周した。

 メリサが息を切らせながら、震える両手をぎゅっと握る。

「行って、早く行って!!」

 メリサが再び叫んだ。またメリサ特有の不思議な能力が、ぼくの体を勝手に動かす。

「メ、メリサ……!」

「早く行って! 私、ずっと抑えてられないの!」

 メリサのぎゅっとつむった目から、ぽろぽろと涙が零れてきた。

 慣れてない力だ、辛いんだろう。ぼくは……どうしたら――!

「行きなさい! アンドリュー、あなた、私の力は知ってるんでしょ」

 その時、フランさんが公司たちを跳ね飛ばしながら、静かに声を響かせた。

 その言葉に、ぼくはアンドリューと同時に振り向く。フランさんの目が、次にぼくのほうへ向けられた。

「ここは私が守るわ。行ってきなさい。鼻持ちならないクソおやじに、パンチでも一発当ててきて」

 その言葉に、にやり笑い。フランさんって、時々ヴォルトに似ている。

 ぼくは思わず口元を震わせ、そして再び駆け出した。

 どこかためらったセイと、アンドリュー。そしてヒロノブさんとティーマが、後からぼくを追ってくる。

 ぼくはいつもの通り赤い絨毯を踏んで行き、同じく赤一色の階段を駆け上がっていく。

 足音もついてきた。ティーマが、いつの間にかぼくの服をぎゅっと握っている。

「大丈夫だよな、あいつ、ああ見えても、気だけは強いし」

 ぼくの後ろで、セイが自分に言い聞かせるように、小さく呟いていた。


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