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 ぼくらがラボに着く頃、ぼくらの正体を知っている人たちは、すでにラボの前へ集まっていた。

 フランさんがテレパシーを送ったのだろうか。あるいは、ぼくらのように一晩中目を光らせていたのか。

 アンドリュー、ランスさんはもちろん、ロストさんとドル爺さんまで居た。

 しかし、居るべき人も、居ない。

「マルシェさんは?」

「あぁ、きっと寝ているだろう。起こさないでやってくれ。ここ数日、寝ていなかったから」

 ぼくの問いかけに、ランスさんが大あくびしながら答えた。

 さすがにアンドリューは平然として、その青い目はじっとぼくらのほうを見つめている。

「さて、今度は何の問題?」

 アンドリューの質問に、ぼくは苦笑いするしかなかった。

 すると、ぼくの代わりにヴォルトが、ためらいなくティーマを前に引っ張り出した。

 ティーマはここに来るまで「ラボはいやです!」を繰り返していたけれど、 今はフランさんのブレスレットをもらったおかげで、ご機嫌そうなニコニコ顔だ。

「なんてこった!」

 まず最初に、ランスさんが素っ頓狂な声をあげた。

 それもそうだろう。自分がいつか造らせまいとしていたそれが、今完成体で目の前に居るのだから。

 その隣で、アンドリューも妹のメリサそっくりに目を丸くしていた。

 そして黙って縫われた口元を上げるロストさんと、むっつりと顔を顰めたままのドル爺さん。

 個々それぞれの反応を見せる四人に、ぼくとヴォルトも思わず顔を見合わせた。

「やあ、久しぶりだ」

 どこか緊迫した雰囲気を知ってか知らずか、ヒロノブさんが背後で気の抜けた声を出した。

 その声に、フランさんの鋭い視線が飛ぶ。

 ヒロノブさんが背を曲げて縮こまったところで、アンドリューがすっと手を挙げた。

「ちょっと待って、どういうことか、よくわからないんだけど……」

「あぁ、うん。今話すから。さあ、ラボに入ろう」

 ヒロノブさんに促されながら、ぼくらはラボへ入っていった。

 シュン、と空気の抜けるような音がして、ラボの扉が閉まる。

 ぼくらは自然とティーマを真ん中に、円になるように並んだ。

 その中で、ヒロノブさんだけが前へ進み出て、ティーマをひょいと抱き上げる。

 どうやら、ティーマはかなりの軽量化をされたようだ。軽々と持ち上げられ、ティーマは作業台の上に座らせられた。

「それで、その子は?」

 きらきらと光るブレスレットを嬉しそうに掲げるティーマに、アンドリューが首を傾げる。

 ヒロノブさんは白衣の中を探ると、内ポケットからよれた紙の束を取り出した。

 ちらりと見えたそれは、おそらくティーマの設計図。

 しかし、まじまじとぼくらが覗き込む前に、ランスさんがひったくって、それをかぶりつくように眺めた。

 そして少しの沈黙の後に、またあの裏返った声をあげる。

「なんてこった……! この子は!」

 ランスさんがそう言って、信じられない、というように肩をすくめた。

 ようやく顔から離された設計図を、今度はドル爺さんがひったくった。

 そして飛び出しそうなほど目を見開き、いつもの怒鳴るような声とは違う、擦れた囁き声を出す。

「こりゃあ、人か、機械か」

「どちらかというと、人に近いね」

 ヒロノブさんが苦笑いして答え、今度はその設計図をぼくらのほうへ渡してくれた。

 ぼくの持った紙束を、アンドリューとヴォルトが覗き込む。

「まあ、脳は人工知能だし、体の器官から筋肉、もちろん肌や髪も、全て造り物だが、人のものとそう変わらない。むしろ、同じものと言えるほどのものだよ。人への移植にも使える。心臓もあるし、血も流れているしね。骨は残念ながら成長するものではなく、機械の時と同じものを使っているが、その代わりパワーは保障するよ。さっき、私も猛スピードで発進する踏み台にされたしね」

 ヒロノブさんがティーマの細い片腕を掲げ、ぼくらに説明した。

 ぼくの手元にある設計図を見るところ、確かに人の体の構造と変わったところはほとんどない。これはもう、“人”と言えるんじゃないだろうか。

 人型の絵や書き込み文字をまじまじと見つめているうちに、ぼくははっと気づいた。

「じゃあ、ティーマの特殊能力って――」

 ぼくの呟きに、ヴォルトもはっと顔を上げた。

 ぼくも設計図から目を離し、顔を上げる。すると、ヒロノブさんがゆっくりと頷いた。

「この子はもう、人間と言える。もう少し公司館に残しておけば、数年で完璧な“人”へと成長するだろう。そう――まさにこの子そのものが“生命”なんだよ」

 静かに告げられたその答えに、ぼくは思わず設計図の束を握る手に力を入れていた。

 ようやく、答えが出た。

 ずっとわからなかったティーマの特殊能力、“生命”。それが、こんなものだったなんて――

「赤は血の赤。生命の色だ」

 ヒロノブさんはそう呟き、そっとティーマの手を置く。

 ティーマは周りの雰囲気に気づいたのか、どこか不安げな表情をヒロノブさんに向けていた。

「ティーマ、また、ねむるの?」

「いいや、もう眠らなくていいよ。君の改造はもうしないからね。なんたって、あの公司館を出たのだから」

 不安げなティーマに、ヒロノブさんは優しく微笑んだ。

 しかし、ティーマはもらったブレスレットを握りしめ、顔をうつむかせる。

「ティーマ、おとうさまに、あいたい」

 ティーマが足を前後に揺らしながら、ぽつりと呟いた。

 その言葉に、ぼくは思わず口を結ぶ。

「会ってないのか? オヤジはお前を何より大事にしていたのに」

 ヴォルトが分けた設計図をぼくの上に重ね、ティーマにそう言った。

 ティーマはこっくりと頷き、また不満げに唇を尖らせる。

「おとうさまは、ずっと、ティーマにあってくれない。ティーマ、ずっと寝ていたから、ずっとずっとあってない。テイルも、ゼルダも、マーシアも、シオンも、ドグラスも」

 不安げに呟かれた最後の名前に、ぼくの体の奥が震えた。

 何年ぶりに聞いただろう――その名前、聞くだけでも気分が悪くなる。――GX.No,1、そいつの名前だ。

 ぼくらの中でも、圧倒的な力を持つ、ドグラス――半身半獣の、化け物。

「ドグラスはいつものことだろ。シオンは――まあ、そのうち会えるんじゃねぇの」

 寂しげなティーマに、ヴォルトなりの精一杯の気遣いだったようだ。

 シオンは、もうこの世界に居ない。きっと一から作り出すことも、もうできないだろう。

 ヴォルトの答えが納得できないのか、ティーマは長い髪を揺らし、首を横に振った。

「ティーマ、悪い子、だから? ずっと、お仕事、していないから、悪い子?」

「お仕事しているほうが悪い子だよ」

 首を傾げるティーマに、ぼくは思わず、吐き捨てるようにそう言った。

 ヴォルトが黙れとぼくを小突く。ティーマは、さらに不安げな顔になってしまった。

「ティーマ、悪い?」

「悪いか悪くないかは、アンダーグラウンドの掟に従うかにかかっているわね」

 今まで黙っていたフランさんが、ぼくらの後ろでそう言った。

 その言葉に、全員が振り向く。ティーマも、うつむいた顔を上げた。

 フランさんはティーマに歩み寄り、キラキラのブレスレットをはめた手をそっと手に取る。

「お父様はいないけれど、今日から私たちがあなたの家族よ。それでいいわね?」

 フランさんは優しく微笑み、ティーマにそう言った。フランさんの笑顔は、この時初めて見た気がする。

 フランさんの言葉に、ティーマが少し瞳の輝きを取り戻す。

「ティーマ、の、かぞく?」

「そうよ。私たちがあなたの家族、兄弟、仲間よ。それでも不満なら私がママになってあげるわ。こんなきれいで若いお母さん居ないわよ」

 いやとは言わせないわ、と強気の発言に、ティーマはさらにぱぁっと顔を輝かせた。

「ティーマの、ママ?」

 そう、とフランさんが頷く。

 すると、ティーマは嬉しそうにニッコリして、ぴょんと作業台から飛び降りた。

 そしてぎゅっとフランさんに抱きつき、笑顔を胸に埋める。

「ティーマ、ママは居ない! パパはたくさん、いるけれど。うれしい!」

 相変わらずぎこちない言葉使いにも、フランさんは優しく微笑み返した。

 明るいティーマの声と、いつも不機嫌そうなフランさんの笑顔は、この緊迫した雰囲気を和ますには最適だった。

「パパがたくさん?」

「あぁ、私たちのこと」

 首を傾げたフランさんに、ヒロノブさんが挙手した。

 しかしその途端、あの和やかな笑顔が、ぱっと消え去った。

 いかにも、なんであんたが、という顔だ。

「ティーマちゃん、ママじゃなくてお母さんって呼んで」

 フランさんは嫌そうに顰めた顔をティーマに向け、きっぱりと言う。

「そんなに私がパパじゃだめなのか」と嘆いたヒロノブさんに、アンドリューが小さく笑った。

 戻ってきたいつもの雰囲気に、ぼくはようやくほっと息をつけた。

 ティーマが来た時、正直、嬉しかった。久々に見た妹は、とても元気だったようだから。

 だけど、それと共に不安も確かにあった。お父様がティーマを送り込んで、そしてついにこのアンダーグラウンドを壊してしまう気では、と。

 だけど、どうやらそれも違ったようだ。……よかった。

「安心するな。まだいろいろと終ったわけじゃない」

 ほっとした顔をしていたのだろうか。ぼくの隣で、ヴォルトがそう呟いた。

 その言葉に、ぼくはふと目線を落とす。

「なあ、もう一つ質問がある。ヒロノブ、あんたはオヤジの記憶を知っているか?」

 ヴォルトが一歩歩み出し、やっと和んだ雰囲気を一気に覚めさせた。

 誰もがはっと振り返り、そしてぼくは背筋を伸ばす。

 再びシンと静まった中で、ヒロノブさんはゆっくりと頷いた。

「知っているよ。昨日ロストに聞いたんだ。だから、この子を連れてきた」

 その答えに、ヴォルトの茶色の瞳がじろりとロストさんを睨む。

 ロストさんは相変わらず少し不気味な微笑を崩さないまま、ヴォルトを見つめ返す。

「じゃあ、あの記憶の中のティーマ……ティーマに良く似た少女も、知っているのか」

 ロストさんから目を離さないまま、ヴォルトがまた問いかけた。

 その質問に、ぼくの中で再び記憶のデータが甦る。

 そうだ――二つ目の記憶。お父様が子供だった頃の、地下世界の最初の記憶。

 キヨハルさんと、子供たち。その中に、ティーマにそっくりの女の子が居たっけ。

「あぁ、それも彼から聞いた」

 ヒロノブさんが頷き、ロストさんをちらりと見た。

 アイコンタクトに応じ、ようやくロストさんが口を開く。

「彼女の名は、アミット=ライリス。ギルバートと同期に造られたアーティフィシャル・チルドレン。そして、公司長の最初で最後の妻だ」

 静かに、はっきりと告げられた答えに、ぼくは思わずのどの奥が詰まるのを感じた。

 あの子が、お父様の――? じゃあ、ティーマは、

「ティーマ、アミットじゃ、ないよ」

 いつの間にかティーマを凝視していたぼくに、ティーマが不安げに首を横に振った。

 すると、ロストさんがその横へ滑るように移動し、そっとティーマの肩を抱く。

「あぁ、君はアミットじゃない。ただ、君に良く似た人を、君のお父様は今でも愛してらっしゃる。それと同じほど、君はとてもお父様に愛されているのだよ」

 だから安心しなさい、と微笑むロストさんを、ティーマは赤い瞳でじっと見上げた。

 よく意味がわからないのか、それともわかっているのか、その目は瞬きさえしない。

 再び静まり返った中で、ぼくはまた、お父様に対する複雑な感情を、いつの間にか顔に表していた。

 ヴォルトに言われたばかりなのに。悪は何かをはっきりと決めろと。

 お父様は悪だ。だけど、このまますべてを悪だと決めつけるのも、なんだかいけない気がする。

 こんなことを思っていては、またヴォルトに怒られる。だけど、なぜだろう――お父様のことを考えると、ぼくは自分自身がみじめで、哀れな気さえしてしまう。

「オヤジのやつ――まさか、自分の妻を甦らせる気か?」

 うつむいたぼくの前で、ヴォルトが唸るように言った。

「いや、きっと、そうではない。この子は確かにアミットに似ているが、中身はまったくの別物。この子はこの子、アミットは、もう死んでいる」

 肉体を保存しているわけでもないしね、と、ロストさんが答える。

 靴先しか見えていないぼくの隣で、アンドリューがため息をついた。


 お父様は、きっと――寂しいに違いない。

 ぼくだったら、絶対そうだ。次々と仲間が居なくなっていくなんて、寂しくて、痛いほど、悲しいに違いない。

 自分の妻に似せた、“人”を作り出そうとするほど――あの人は、哀れだ。


「ぼく……行ってくる」

 気づけば、ぼくの口から、ぽつりと言葉が漏れていた。

 ヴォルトが振り返る。ティーマがロストさんから目を離し、ぼくのほうを見る。

 ぼくは顔を上げ、そして、言った。

「公司館に行ってくる。お父様に……会ってくる」


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