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「本当に、ティーマか?」

 ヴォルトはまたティーマに問いかける。

 すると、ティーマはまたこっくりと頷くが、今度はすぐに首を傾げた。

「ティーマ、ティーマじゃない、の?」

「いや、ティーマだろ。ティーマなんだよ。だけど……」

 不安げに問いかけてくるティーマに、ヴォルトも混乱した様子を見せた。

 頭を抱え、ぶつぶつと呟き始めたヴォルトに、ぼくは小声で話しかける。

「とりあえず、ここに居ちゃまずいよ。みんな起きてくる。心配かけないうちに、ぼくの部屋に行こう。ラボでもいい」

「ティーマ、ラボ、いやです!」

 ティーマがぷうっと頬を膨らませ、背後で手を組む。

 これはティーマが嫌だって言う時、決まってやる癖だ。

「わかった、わかったから、とりあえず行こうよ。早く」

 ぼくはヴォルトとティーマの背を押しながら、少しずつ生活の音のし始めた辺りを見回した。

 人が起きてきたら、何かとまずい。こんな朝早くに何をやっているんだと思われるし、この三人で居るのもまずい気がする。

「待って!」

 なかなか動かないヴォルトを押していたぼくを、慌てた声が呼び止めた。

 ぼくらは同時に振り返る。すると、汚れた白衣に身を包んだ眼鏡の男性が、よろめきながらこちらへ駆けて来た。

 あの顔は見覚えがある。ぼくらがマルシェさんと共に公司館を脱獄する時、廊下で呼び止めてきた――つまり、公司だ!

 ぼくは慌ててティーマを背後に押し込め、逆にヴォルトを引っ張り出した。

 首根っこを掴まれて、ヴォルトがはっと目を覚ます。

 ぼくが戦闘体勢に入ろうとしたその時、ぼくの横からティーマが顔を覗かせた。

「ヒロノブ!」

 ティーマがそう言って、にっこりと公司に手を振っている。

 それを見て、ぼくは押し込めようとした手を引っ込めた。

 ヒロノブ?

「ティーマが駆け出す踏み台になってしまって」

 白衣の公司はティーマに手を振り返し、苦笑いして言った。

 白衣のあちこちに、泥汚れが見える。転んだのは、間違いなさそうだ。

 公司は少しずれた眼鏡をかけなおし、ティーマからぼくへ目線を上げる。

 そして、歳のわりには人懐こそうな顔で、にっこりと笑った。

「大丈夫だ、安心して。私は、君たちの仲間だから」

「仲間だって? GXを連れて、アンダーグラウンドに何をしに来た」

 間髪入れずにヴォルトが言い返した。

 どこかトゲのあるその言葉に、公司はたじろいで苦笑いする。

「そうか、君たちはまだ知らないんだね。私はヒロ=ノブ。短い名前なんだけれど、みんなつなげて呼ぶから」

「そういうわけじゃない。あんた公司だろ?」

「ああ、そうじゃないんだ。いや、公司なんだけどね。君たちの思う公司じゃない。えぇと、つまりはスパイさ」

 鋭いヴォルトの質問に、公司はかなり焦った様子で答えた。

 どうやら、ぼくと同類らしい。きっとこの人も、詰め寄られると弱い。

「もとは私もこのアンダーグラウンドの住人なんだよ。フランさんに聞けばわかるから」

 明らかに警戒を込めて睨み続けるヴォルトに、ヒロノブさんは慌てて答えた。

 フランさん、その名前に、ヴォルトが少し目つきを緩める。

「……本当か?」

「大丈夫よ。本当だから」

 その時、背後からため息まじりに答えが返ってきた。

 ぼくは振り返る。やっぱり声の主は、少し眠たそうに目を伏せた、フランさんだった。

 寝起きというわけじゃなく、どうやらだいぶ寝ていないらしい。パープルの瞳の下には、明らかにくまができていた。

「ああ……助かった」

 タイミングのいい助け舟に、ヒロノブさんが思わずそう漏らす。

 すると、フランさんはキッと目つきを変え、目にも止まらぬ速さでヒロノブさんの白衣に掴みかかった。

「助かったじゃないわ! 遅いわよ! もう、あんたって何でそんなに役に立たないの」

「な、何年も放り込んでおいてそんな! ほら、言われた通り、帰ってきたし」

「その子を連れて?」

 慌てて言い返すヒロノブさんに、フランさんは素早く切り返し、ティーマを指さした。

 ティーマの好きそうなネイルアートを指先に見つけ、ティーマが「わあっ!」と目を輝かせる。

「こいつも、一応俺達と同じだ。そう言えばあんたならわかるだろ」

 ヴォルトは指先に夢中なティーマとフランさんの間に入り、きっぱりと言った。

 その言葉に、フランさんはまた少し顔を顰める。そして、渋々ヒロノブさんを放した。

 ヒロノブさんは少し咳き込み、「そうだ」と頷く。

「同じ……まあ、そうね。少し変わっているようだけれど……」

 フランさんは指先を離さないティーマを見下ろし、呟くように言った。

 ティーマがフランさんに触れている、ということは、フランさんはティーマの考えを読めないことを確認したんだろう。

 フランさんは超能力の中でも特殊だとされる、ESP、つまりサイコメトリー能力者だ。

「確かに、この子の過去も、未来も、今も見えないわ。その子たちと同じね。でも、どういうこと? その子、人間でしょ?」

 フランさんがティーマから手を離し、ヒロノブさんに向かって言った。

 最後の言葉に、首を傾げるぼくとヴォルトをよそに、ヒロノブさんは意味深な苦笑いをする。

 人間だって? まさか。そんなわけないじゃないか。

「ティーマは、ぼくらの中でも最新の機能を備えた、ロボットですよ」

「そんなはずないわ。だって、心臓が動いてるじゃない」

 ぼくの意見も、フランさんはきっぱりと否定し返した。

 わけのわからない事態に唖然とするぼくを退かし、今度はヴォルトがティーマの手を取る。

 そして手首に指を当てると、珍しくヴォルトが驚いた表情を見せた。

「脈がある」

 嘘だろ、とでも言うようなヴォルトの表情に、ぼくはそれそっくりの表情を返した。

 無言のまま顔を見合わせるぼくらの横で、ヒロノブさんがまた軽く眼鏡を上げる。

「まあ、とりあえずここのラボに行こう。君たちの正体を知っている人も何人か居るだろう? その人達も集めて。そうしたら話すから」

「ティーマ、ラボ、いやです!!」

 そう言ってキーキー声の反論をするティーマ以外は、全員がしっかりと頷いた。


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