表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/131

105

 唐突に、体がぐっと後ろに引っ張られた。

 古ぼけたキヨハルさんの写真が遠ざかる。かと思ったら、また目の前が真っ暗になった。

 ぼくは瞬きをし、目を擦る。まぶたを開けているのに、今度は何も見えない。

 ぼくは頭の中を混乱させたまま、ただ暗闇を途方もなく見回した。

 今のは、一体なんだったんだ……!? あれが本当に2000年も前の地上世界だとしたら、どうしてキヨハルさんが指名手配なんかに……――

 だってぼくは現にあの人を見た! あの人と同じ時を生きた人にも会っている!

 このデータがクラッシュしていたのだろうか? まさか、これはシオンのデータだ。ぼくらGXが重要なデータを壊すわけがない。

 特に、お父様に忠実なシオンだからこそ、そんなことはありえない――


 その時、また頭の中で何かが弾けた。

 パチンパチンと何かが音をたてていく。それと共に徐々に大きくなっていく耳鳴りに、ぼくは思わず耳を押さえた。

 キン、と頭の中が張り詰める。気持ちの悪い感じに、ぼくは目をつむった。

 まるで脳を圧迫されるような感覚の中で、ぼくのまぶたの裏に擦れた映像が流れ始めた。

 半分砂嵐にかかったような画面……途切れ途切れになっていて、よくわからない。

 音はない。色もない。ただわかることは、同じ洋服を着た、多くの少年、少女が居る。

 学校……――? いや、違う、これは一体……。

 擦れた画面に映る、怯えた表情の子供たち。映像の視線が上がった。背後には廃れたビル――あの街か。

 その時、子供たちの背後で大きな爆発が起こった。音こそはしないが、突然映像が揺れ、太った煙が立ち昇る。

 子供たちが逃げ始めた。叫び、泣き、ぼくのほうへ向かってくる。

 しかしその背後で、またいくつもの爆発が起こった。爆弾が宙を飛び、それが子供たちの群れへ落ちる。

 逃げて!!

 ぼくはとっさに口を開いたが、声は出なかった。

 まぶたを開いても、映像が流れ込んでくる。

 逃げ惑う子供たち、あちこちで起こる爆発、飛び散る、人――――

 ぼくは思わず口を覆った。思い出される自分の過去の過ちが、映像と重なる。

 血が――真っ赤な――廊下――お父様……――!

 やめろ……! もういやだ……いやだ!!


 子供たちがぼくを通り抜けていく。

 ぼくは擦れた映像の中で、気づけばうずくまっていた。


 頭が痛い……! もういやだ、これ以上見たくない……!

 助けて――助けてよ――キヨハルさん……――!!


 ――……キヨハル さん――……?




 顔を上げたその瞬間、突然映像が途切れた。

 そして突然、ぼくが落下し始めた。足元が何もなくなり、体ごと猛スピードで落ちていくのを感じる。

 地下世界へ移動しているのか……風を感じる――落ちていく。深い闇の底へ。

 ぼくは叩きつけられる感覚もなく、ただ体が止まったのがわかった。

 小さな無数の気配がする……辺りに人の気配を感じ、ぼくは恐る恐るまぶたを上げた。

 子供たちだ。さっき、何人か目にした顔が、不安げな表情で薄暗い暗闇をうろついている。

 ぼくはうずくまっていた。ほんの少しの明かりを頼りに、ぼくは明るいほうへ歩み寄る。

 ――音のない世界で、僕は初めて動くその人を見た。

 軽くこぶしに握った手から薄明かりを漏らし、キヨハルさんが子供たちの中心に居た。

 アンダーグラウンドのセンターで見たあの穏やかな笑顔を子供たちに向け、「大丈夫だよ、心配ないよ」と語りかけているように見える。

 子供たちは競うようにキヨハルさんに擦り寄り、そして頭を撫でてもらっていた。

 ぼくも近づこうとした。あの人に近づけば、この恐怖と不安がなくなるような気がした。

 しかし、ぼくが手を伸ばしたその時、突然また画面が揺れた。

 フッと明かりが消え、辺りが闇に包まれる。

 揺れが続く中、誰かが、ぼくの腕にしがみついてきた。小さな手だ。

 ぼくはとっさに目を暗視用に切り替えようとしたが、データの中のせいなのか、それができなかった。

 ぼくの周りで、大勢が揺れ動く。その中で、再び明かりが灯った。

 キヨハルさんだ。今度はぼくの近くへ移動し、まるでヴォルトのように、指先から小さな炎を出している。

 子供たちがまたキヨハルさんのほうへ駆け寄り始めた。

 ぼくの腕を、誰かが引っ張った。さっきぼくにしがみついていた子だ。

 その子が振り返った時、ぼくは驚いた。

 ティーマだ。色もわからないし、髪は短いが、間違いない。顔立ちも、まん丸の目も、そっくりだ。

 しかし、ぼくの知っているティーマのように明るく笑ってはせず、今にも泣き出しそうなほど不安げに顔を歪ませている。

 どうやら、「早く」とぼくに言っているようだ。ぼくは引っ張られるままに、その子についてキヨハルさんに駆け寄った。

 揺れが治まり、キヨハルさんがまた子供たちをなだめていく。

 その中で、気づけばぼくもティーマに似た女の子も、必死にキヨハルさんに手を伸ばしていた。

 助けて助けてと、ぼくの口が動いているのがわかる。

 キヨハルさんが、ぼくらのほうへ手を伸ばしてきた。

 キヨハルさんの大きな手が、女の子の髪を撫で、そして次にぼくの頭を軽く撫でる。

 ぼくが不安げに見上げると、キヨハルさんは「大丈夫だよ」と微笑み、屈めていた体を起こした。

 キヨハルさんが、大きな手が遠ざかる。妙にそれが怖く感じ、ぼくは思わずその手を掴んで止めた。

 キヨハルさんが再びぼくを見つめる。しかし、キヨハルさんは少し寂しげに微笑んだと思ったら、ぼくの手をそっと解いた。

 そしてまた、「大丈夫だよ」と唇が動く。

 キヨハルさんがぼくに背を向け、歩き出した。子供たちがその後を追っていくが、キヨハルさんは足を速める。

 ぼくもキヨハルさんを追った。怖くて怖くてたまらなくて、どうしてその手を強く握っていなかったのかと、とても後悔していた。

 キヨハルさんが遠ざかっていく。明かりが、光が、唯一の、希望が……――


  おいて いか ないで …… !



 パチン! と頬を叩かれたような衝撃があった。

 ぼくははっとまぶたを上げた。目の前には、ロストさんが居た。

「これで私の役目は終わりだ」

 明るい部屋の中で、ロストさんはニッコリと微笑んで懐中時計を回収した。

 隣に目を移すと、ヴォルトも目を丸くして、何が起こったのかと唖然としている。

 ぼくも何が起こったのかわからないまま、ただひとりでに腕から抜け、戻っていくコードを見つめていた。

「見てきたかな?」

 ロストさんの問いかけに、ぼくははっと顔を上げた。

「今のは、何なんだ?」

 ぼくの前に、ヴォルトが先に問いかけた。

 ぼくも同じことを質問しようとしていた。ぼくらは黙ったまま、ロストさんの答えを待つ。

「君たちの兄弟が、最後に残した記録。君たちも気づいているんだろう、あれは過去の地上の記録だ」

 思ったとおりの答えが返ってきた。やっぱり、あれは地上だったんだ。

 あんなに廃れて――多分、あの街だけじゃないんだろう。それじゃあ、地上の人は、一体……?

「過去ってことは、今はどうなんだ」

 ヴォルトがまたきっぱりと質問をした。

「さあ……時代は変わるからね」

 ロストさんは曖昧な返事を返し、そしてぼくのほうへ目を移した。

 まるで青赤の瞳に誘導されるかのように、今度はぼくが口を開く。

「キヨハルさんが居た」

 ぼくから飛び出した言葉に、ロストさんが「ほう」と眉を上げた。

「一つ目の記録には、写真が……二つ目の記録にも……子供たちが、あの街から、逃げて……暗闇の中に、キヨハルさんが」

 ぼくは動揺を隠せないまま、つっかえ気味に今見てきたものを思い出して告げた。

 きっとヴォルトも同じものを見たのだろう。ぼくを見上げ、軽く頷いた。

 そう……まるで記憶のようだった。何かが撮ったりしたものではなく、きっと、誰かの記憶なんだ。

 キヨハルさんが大きく見えたということは、きっと……――

「そう。二つ目の記録。あれは、ある子供の記憶だ」

 まるでぼくの考えを読んだかのように、ロストさんが答えた。

 すっと上げられた包帯だらけの指に、ぼくは釘付けになる。

「彼らこそ、本当のアーティフィシャル・チルドレン。造られた子供だよ」

 何のためらいもなく、きっぱりと告げられた言葉に、ぼくたちは目を見開いた。

 本当の、アーティフィシャル・チルドレン……? 一体、どういう意味なんだ?

「キヨハルに頼まれていたのだよ。「いつか、このアンダーグラウンドに人でない二人の子供が来る。その時は、君の知っている僕のすべてを教えてあげて」と」

「……俺たちが来ることを、予知していたってことか」

「そう」

 ヴォルトの問いかけに、包帯の巻かれた指を下ろし、ロストさんが頷く。

「さて……私の知っているキヨハルも、なかなか不思議なところばかりでね……信じてもらえるか、わからないが」

 いいかな? と肩をすくめるロストさんに、ぼくらは黙って頷いた。

 ロストさんがオッド・アイを細め、微笑む。そしてゆっくりと、語り始めた。


 ぼくらの知らない 地上世界での


 残酷で 不思議で とても信じがたい 真実を。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ