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 それから、ぼくも半ば強制的にセイたちのトランプゲームに引き込まれた。

 なるほど、これじゃあセイが負け続けているわけだ。セイはなぜか手持ちカードを覗き込むように体をかがめる癖がある。

 これじゃあ、カードは丸見え。それでも、ヴォルトも見ないように床に寝転がってあげているというのに、それでも負けるってことは、相当運がないようだ。

 ヴォルトの五勝、ぼくの三勝の後に、ようやくセイが一勝をもぎ取った時には、アンドリューが片手で器用に美味しそうなポトフを出来上がらせていた。

 ぼくらはそれをご馳走になって、また少し双子をかまった所で、アンドリューはちょうど迎えに来たメリサと、ぼくはヴォルトと、それぞれの部屋へ戻ることにした。


「アラン君」

 それぞれ逆方向へ進もうとしていたぼくらを、アンドリューが呼び止めた。

 セイが扉から顔だけ出して、「帰んないのか」とぼくらの顔をじろじろ見回す。

 アンドリューはセイの頭を扉の中に押し込め、またこちらを向いた。

「僕に隠し事はなしにしてくれ。どんな些細なことでも。いいね」

 そう言って、端正な顔が微笑む。

 自信に満ちたその表情に、ぼくは微笑み返し、頷いた。

 了解、とぼくが返事を返すと、またセイが扉の隙間から飛び出してきた。

 今度はセイを見下ろし、アンドリューが言う。

「それに、まだヒーローの座を渡すつもりはないからね」

 どうやら今の言葉は相当きいたようだ。セイは目を真ん丸くして、とたんに扉の中に顔を引っ込めた。

 クスクスと笑うアンドリューの隣で、みるみるうちにメリサが真っ赤になっていく。

 猛スピードで逃げるように駆け出すメリサを追いかけて、アンドリューも戻っていった。


 ぼくらはすぐに自室へは戻らず、一階上のラボラトリーへ向かっていた。

 ヴォルトの提案だった。少し、話したいことがあるらしい。

 ぼくもこの一週間に何があったのか知りたかったが、ラボへ向かう途中では、ヴォルトは黙り込んだままで、何かを聞き出せるような雰囲気ではなかった。

 人々は自分の家へ帰り、シンと静まり返った廊下で、時々重なるぼくらの足音だけが響く。

 ぼくはヴォルトの背中を追いながら、重たい雰囲気に、ふとさっきのランスさんの言葉を思い出していた。

 無事といえば、無事かもしれない……ということは、無事ではないかもしれないということだ。

 ヴォルトは時々無理をしすぎる。もし次に壊れてしまったら、ここではもう直せないかもしれないのに……――

「……ヴォルト」

 ぼくはついに足を止め、ヴォルトを呼び止めた。

 人の居ない廊下で、ヴォルトが振り返る。ヴォルトの向こうが妙に遠く、暗い奈落のように思えた。

「体、大丈夫なの?」

「別に」

 心配そうに問いかけたぼくに、ヴォルトはバカじゃねえの、といういつもの表情で、きっぱりと返した。

 しかし次にはぼくから目をそらし、予想外の言葉を返す。

「次、公司が襲ってきたら、俺はもう戦えない」

 突然のその言葉に、ぼくは眉を寄せた。

 言葉の意味がわかっていないぼくに気づいたのか、ヴォルトはポケットから何かを取り出し、ぼくのほうへ放る。

 手のひらで受け止めたそれは、マーシアに追い詰められた時、ヴォルトが首から外したチップのようなものだった。

「これは……?」

「能力制御装置。俺が自分でつけた。ランスに無理言って、力の限界を俺が受け止められるギリギリまで上げてもらったんだ。普段はこれで全力を半減以下にさせていた。こいつがついていたから、あの時俺は簡単に攻撃を受けたんだけどな。こいつを取ったってことは、俺はもう自分で自分を制御できない。多分、次に戦闘体勢に入ったら、俺は見境なく殺すだろう。ここの奴らも、公司も、お前も」

 ヴォルトは妙に落ち着いた声でそう言って、ぼくを指さした。

 ぼくは自分を指すヴォルトの指を見つめたまま、突然の事実に目を丸くするだけ。

 ヴォルトは手を下ろし、またため息交じりに話し始めた。

「自分の力はよくわかってる。俺たちは数字が増えれば性能もよくなる。つまりお前は俺を止められないってこと」

「そんなのわかってる……! だけど!」

「次は戦えない。わかってるけど、多分、俺はまた戦うと思う。俺たちはそういうように出来ている。その時は、お前、俺を壊せ」

 ヴォルトがぼくを見つめ、きっぱりと言う。

 決意の浮かぶヴォルトの瞳に、ぼくはただ、ひきつった笑顔を作った。

「ぼくには君を壊せないのに……?」

 ぼくの出した擦れ声は、闇を背負うヴォルトに聞こえたのだろうか。

 ヴォルトは小さく笑みを零し、いつものようにポケットに手を突っ込んだ。

「意地でも壊せ。俺の最後の願いだ」

「最後じゃない!!」

 ぼくはチップを握り、思わず大声を出した。

 何かを隠すようなヴォルトの笑みが、妙に怖く、ぼくを苛立たせる。

「どうして君はそうやって自分ばかりを犠牲にしようとするんだ! ぼくにだって、守れるのに!」

「お前だってそうだろ! 仕方ないんだ、俺たちはそういうようにできている! どんな時でも人のためだけに自分を犠牲にするように、そのために俺たちは造られたんだ!」

 ヴォルトが眉を吊り上げ、同じように大声で怒鳴り返した。

 その言葉に、ぼくは口をつぐむ。

 人のため、人のためだけに……そのために、ぼくらは造られたんだから……――。

「……マーシアと同じこと言うんだね」

「まあな……俺とあいつは現実主義者だ。おまえとテイルは理想ばっか言ってたけどな」

 ぼくの考えは、ただの理想――じゃあ、生きたいと願うこの気持ちも、ただの理想なのだろうか?

 ぼくは再び顔を上げ、ヴォルトを真っ直ぐに見つめた。

「ぼくは、絶対に君を壊したりしない」

「じゃあ俺が自分で自分自身を壊せばいいんだな。今すぐ、ここで」

 ヴォルトがそう言って、自分のこめかみに指を当てた。

 ぼくはとっさに、手を伸ばして踏み出す。

 しかし、ヴォルトは短くため息をつくと、あっさり手を下ろした。

「嘘なんかじゃないんだ。現実を見ろ、俺はもうダメなんだ」

「ダメなんかじゃない! なんとかなるはずだよ、たとえば……また体を造りなおせば」

「できるわけないだろ、もう一体作れるほどの部品がない。それともまた公司館に戻れとでも言うか? 絶対に嫌だね」

 ヴォルトはふんと鼻を鳴らし、バカにするように笑った。

 言い返すことができず、ぼくはまた口をつぐむ。それでも真っ直ぐにヴォルトを睨みつけていたら、ヴォルトのほうが目をそらした。

「それに、もうそろそろ開放されても……いいと思ったんだ」

 ヴォルトが手のひらを見つめ、呟くように言う。

「造られた子供、“アーティフィシャル チルドレン”――ただ人のために動く、魂のない、殺人人形」

 ヴォルトは顔を上げ、苦笑いしてみせた。

「お前、そのままで居たいか?」

 囁くように、ヴォルトが言った。顔を歪ませ――泣いているのかと、思った。

 ヴォルトはいつだってぼくの前に立って、ぼくを導いてくれていた。

 どんな時でも余裕そうに、ぼくの前に居てくれた。どんなにダメだって思った時でも、ヴォルトは笑っていてくれた。

 でも、ヴォルトはいつも傷ついていたんだ――心の中では、きっと泣いていたんだ。

 今のぼくと同じように、喉が締めつけられるような気持ちになることも、あったんだ。

 魂のない殺人人形――確かにその事実、過去は、変わることはない。

 それでも……――

「それでも……生きていたいと思うのは、いけないことなのかな」

 ぼくはこぶしを握りしめ、締まる喉から声を絞り出した。

 ぼくの精一杯の言葉に、ヴォルトは目線を落として黙ったまま、何も返してこない。

 多分、次にヴォルトが何か言い返してきたら、きっとぼくは認めてしまう。

 信じたくない、現実を……。

「魂がそう言うのなら、間違いではない」

 背筋を撫でられたようなゾクッとする感覚と共に、突然背後から声が襲った。

 ぼくは思わず身を震わせ、素早く振り返る。

 すると、縫われた口元をニッと上げたロストさんが、そこに立っていた。

「失礼、聞こえてしまってね」

 ロストさんは軽く黒のシルクハットを持ち上げ、色の違う両の目をニコリと細める。

 そして長いマントをまるで翼のように揺らし、滑るようにぼくの横を通り過ぎると、ヴォルトのほうへ歩み寄っていった。

 足音がしない――不思議な雰囲気……人とはどこか違う。ぼくにはまるで、本物の死神のように思えた。

「君もなかなか面白い中身をしている」

 ヴォルトに向かって、ロストさんが囁くように言った。

 その言葉に、さすがにヴォルトも驚いて顔を上げる。

 すると、ロストさんはぼくのほうへ目線を戻し、また半月型に目を細めた。

「少し、君たちと話がしたい。いいかな?」

「あ……はい」

 返事をするつもりはなかったのに、ぼくから勝手に声が飛び出した。

 ぼくははっと口を押さえたが、どうやらヴォルトも嫌ではなさそうだ。

「では、場所を移そう。ここではあまり騒げないのでね」

 シオンのものとは違う、頭の中というより意識に直接響くようなその声には、不思議と逆らうことができない。

 まるで催眠術にかけられたような気分のまま、ただ動く足の行くままにロストさんを追った。


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