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 ぼくはあてもなく、ただ平和な賑わいの広がるセンター内を歩き回った。

 所々で「復活おめでとう」などと声をかけられたけれど、小さく頭を下げるだけで、返事もできなかった。

 ぼくの脳裏に、いやな予感がよぎる。前にヴォルトが公司館から落下した映像がよみがえった時には、思わず足がすくんだ。

 ヴォルトは何だかんだ言うけれど、自分を犠牲にして人を助ける奴なんだ。

 もし、もしぼくが行かなかったせいで、また自分を傷つけるようなことをしていたら……――。

「アランくん!」

 その時、女の子の声が聞こえて、ぼくは振り返った。

 ふわりとした金髪を二つに結ったアンドリューの妹、メリサが、花束を抱えて駆け寄ってくる。

 初めの頃、ぼくを警戒していた様子とは違い、嬉しそうに笑むようになったメリサにも、ぼくは顔をひきつらせたまま。

「治ったのね! みんな心配していたの。ずっと面会できなかったから」

「メリサ、ヴォルトはどこ?」

 ぼくはメリサの言葉を半ばさえぎるように、メリサに問いかけた。

 メリサが青い瞳をまん丸くし、首を傾げる。

「ヴォルト? 彼なら確か、まだセイと一緒に……」

「どこに?」

「たぶんセイのお部屋よ。さっきお部屋の前の廊下で、エリックとラルフと、四人で何かこそこそしていたから」

 メリサの返事を聞き、ぼくはすぐにセイの部屋へ向かった。

 メリサが「無理しちゃダメだからね」と後ろから声をかけてくる。

 それでもぼくは、いつの間にか全力疾走せずにはいられなかった。


 セイの部屋は、二階の真ん中だ。ラボラトリーのある三階から、ぼくは階段を半ば飛び降りるように駆け降りた。

 手すりに掴まってUターンし、階段のすぐ脇の廊下を進む。

 すると、廊下でおもちゃを散ばらせて遊ぶエリックとラルフが目に入った。

 ぼくの姿を見つけて、ぼくを転ばせようとミニカーを滑らせてきたけれど、ぼくはそれをひょいと飛び越え、セイの部屋のドアノブを掴む。

 悔しそうな声をあげる双子を腰にくっつけたまま、ぼくは部屋の扉を開けた。

 そしてすぐ目に入った、目立つセイの水色頭と、散らかし放題の部屋の様子。

 そして、

「よぉ、へなちょこヒーロー」

 床に寝転がって、ヴォルトがけろりとした顔で言った。

 その手には、トランプカード。

 あまりにも予想と違ったヴォルトの様子に、今までの慌てぶりは一体何だったんだと、ぼくはただ呆然として二人を見つめた。

 双子がよじ登ってくる。

 ぼくがあまりにも変な顔をしていたのか、ヴォルトがブッと吹き出した。

 それに便乗するかのように、セイが大声で笑う。

「何だよ、ボーっとしちゃってさ! 治ったんなら早く言えよな!!」

 セイが立ち上がって、軽がるとヴォルトを越えてぼくに跳びついてきた。

 後ろに双子、前にセイを抱え、ぼくは力なくその場に腰を下ろす。

「俺はそう簡単に壊れやしないぜ、ばぁか」

 ヴォルトがそう言って、にやりとする。

 普段どおりのヴォルトに、ぼくも力が抜け、苦笑いを零した。

「……冷や冷やした」

「その過度な心配性、直せよな」

 呆れ顔でそう言うヴォルトの声を聞きながら、ぼくは双子を剥がした。

 その時、背後で人の気配がした。

「あれ、アラン君も来てたんだね」

 アンドリューが三人にくっつかれているぼくを見て、小さく笑う。

 右腕が吊られ、左手には今晩の食料であろう紙袋を持っていた。

 もう動かない右腕――意識のあるアンドリューのその姿を見るのは初めてで、ぼくは思わず顔を強張らせた。

 ぼくの変化に気づいたのか、アンドリューもまた少し苦笑いする。

 そして双子を退かし、紙袋の中身を探ろうとするセイを避けて部屋へ入ってきた。

「ちょっと話があるんだけど、いいかな」

「ぼくに?」

 そう、とアンドリューは頷き、紙袋に隠れた指でキッチンのほうを指す。

 ぼくも頷き、立ち上がった。

「何の話だよ、作戦会議ならまぜろ」

「お前はリベンジだ。まだ一度も勝ってないだろ、俺に」

 くっついて来ようとするセイを、ヴォルトが引っ張り戻した。

 その時、アンドリューとヴォルトがふと目配せをしたような気がした。ヴォルトはアンドリューの話すことを知っているのだろうか?

 ゲーム途中のトランプを混ぜられたとセイが騒ぐ。ぼくはアンドリューについてキッチンカウンターの椅子へ腰掛けた。

 アンドリューは荷物をカウンターの隅に置き、自分も椅子へ腰を下ろす。

 また不便な右手が、少し邪魔そうに見えた。

「そんなに気にすることないよ」

 ぼくは思わず顔を顰めていたのか、アンドリューがそう言って微笑んだ。

 ぼくはアンドリューの腕から目線を戻し、慌てて首を横に振る。

 すると、アンドリューはいつもの微笑を崩さないまま、左手でそっと右腕を触った。

「これは代償なんだ」

「代償……?」

 呟くようなアンドリューの言葉に、ぼくは耳をすませた。

 すると、アンドリューは青い目を細め、少し困ったように眉を下げる。

「聞いた? 僕がこのアンダーグラウンドを治めるんだってさ」

 まるで人事のように、アンドリューが言う。ぼくはとりあえず何度か頷いた。

「信じられないよね」

「そんなことない。だって、君は……あの公司を一瞬で追っ払ったんだろ」

 何かをごまかすように笑い続けるアンドリューに、ぼくは思わずそう言った。

 ぼくの言葉に、アンドリューはふと笑みを消し、そして少し目線を落とす。

 何だか、出会った頃の雰囲気より、今のアンドリューはずっと大人びて見えた。

「別にね、力を隠すつもりはなかったんだ。わかっていたんだ。実は前に、キヨハルさんに言われていた。「僕の次にアンダーグラウンドの柱になるのは君だ。君には一人にしては少し多すぎる力があるから」って。そしてそれが、皆を支え、守ることができる力だって……。嬉しかったよ、憧れのキヨハルさんに認められたような気がしてね。だけど、僕は怖かったんだ。……もし、この力が僕なんかに制御できなくなったら、皆を守るどころか、大切な人を傷つけてしまうかもしれない――そう思うと、誰にも打ち明けず、すべてを堪えて“その時”を待ち続けるしかなかった」

 アンドリューが眉を寄せ、少し辛そうな表情を見せた。

 ぼくは自然と、動かない右腕に目を移す。

「だけど、君たちが来てから考えが変わったよ。君はいつも誰かのために動いている。自分のためじゃなく、誰かのために。嫌でも僕も変わらないとって思わされたよ。このままじゃ、アンダーグラウンドどころか、実の妹一人守れないってね。……それにね、よくキヨハルさんが言っていたんだ。大きな力を得た者は、それ相応の代償を払わなきゃいけないって」

 アンドリューはそう言って、動かなくなった右手を叩いた。

「これが僕の代償だと、僕は思っているけど」

 また無理な笑い方をするアンドリューに、ぼくもつい苦笑いをする。

 すると、アンドリューもまた困ったように肩をすくめた。

「キヨハルさんだって、きっと何らかの犠牲のもとにあの力を体に秘めたんだ。得たものには相応の対価を……ロストの口癖だけどね。あ、ロストには会った?」

「うん、さっきラボラトリーで目を覚ましたときに……」

 そう言って帽子を取るような仕草をしてみせたその時、ぼくははっと自分の発言に口をつぐんだ。

 ラボラトリーって……しまった、ぼくってバカだ。

 思わず苦笑いし、恐る恐る目を上げると、アンドリューはまた目を細めて笑っていた。

「知ってたよ、最初から。君たち二人が少し特殊だって」

 少しだけね、と小声でそう言い、ヴォルトのほうをちらっと見る。

 アンドリューの告白に、ぼくは目をまん丸くした。

「さ、最初から?」

「そう。ごめん、言うべきだったね」

 隠してきた今までの努力は何だったんだ、と情けない顔をするぼくに、アンドリューが小さく吹き出した。

「……なんで?」

「何となく。勘っていうのかな。大体わかるんだ、体調が悪い人とか、感情の変化とかがすぐに。こういうところもキヨハルさんに似てるらしくてね」

 クスクスと笑い、アンドリューが答える。さすが兄妹だけあって、口に指を当てる笑い方がメリサにそっくりだ。

 もう、何だかすごいとしか言いようがない。ぼくは盛大にため息をついて、背もたれに体を預けた。

「何だか気が抜けたよ。せっかく隠してきたのに、ここではほとんどの人にぼくらのことがばれてるみたいだ」

「いや、そんなことはない。セイもメリサも、エリックもラルフも知らない。多分知っているのは、マルシェと僕と、フラン姉さんとランスさん……ぐらいかな」

「じゃあ、まだこの苦労は続くわけだね」

 ため息交じりに言うと、アンドリューは「そう」と笑って頷いた。


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