第3状態
ベッドの中で背伸びをする。
天井は、いつものように水色だ。
空のように、雲もいくつか浮かんでいる。
よく寝れるようにということで、最近売り始めた機械を使っているからだ。
春風のような、爽やかな風が、窓を開けていないのにもかかわらず、部屋を吹き抜けていく。
それを顔で感じながらゆっくりと背伸びをして、それから、眠っていたベッドから起き上がった。
いつもと変わらない日が、始まる。
朝ごはんを食べている間、適当にテレビの占いを見ていた。
最新の3Dテレビで、メガネをかけずに、どんな角度から見ても、どんな距離から見ても、飛び出しているように見えるというテレビだ。
「今日は右足から玄関を出るといい…か」
あまり占いは信用していないが、たまにはそれに従ってみるっていうのも、面白いかもしれない。
制服を着て、カバンの中を―といってもノートパソコン1台だけなのだが―簡単に確認してから、家から15分ほどのところにある高校へ向かって歩き出す。
玄関を出る時に右足から出てみたが、これといって変わったところは何もない。
「ま、占いだからな」
そう独り言を言ってから、学校へ向かった。
十字路を左斜め向こうの方へと行くとき、ものすごい勢いの自転車が、俺の前を通った。
気付いた時には、自転車に右足が引っ掛かってていた。
だが、ほとんどバランスを崩すこともなく、自転車の防御機能として自動的に宙返りをしてから、俺に罵声を浴びせてから、その人はどこかへと走って行った。
「なんだってんだよ、ったく」
悪態をついて、それから、歩き続けた。
あるいていると、いつも水やりをしている泰斗さんの家の前を過ぎたあたりで、片側2車線の大きな道へ出る。
すると、道の向こう側に友人の谷屋が歩いているのが見えた。
どうしようかと考えている間に、谷屋は俺に気づくことなくどんどんと学校側へと歩いていく。
俺は何も言わずに学校で落ちあえるように歩きながら、どんどんと登校路を歩いた。
げた箱のような形であるロッカーのところで、谷屋と俺は合流することができた。
「ちぃーっす、どうや」
「どうやって言われても、まあぼちぼちさ」
何を言っても騒ぐのは目に見えているので、適当にごまかしておく。
「そういやさ、聞いたか」
「何を?」
「今日さ、転校生が来るんだってさ」
「へぇ」
あまり興味なく、ロッカーのドアをバタンと閉め、教室へと上がった。
靴掃除装置を通って、靴底や側面についた泥などの汚れを落としてから、そのままの足で教室と向かう。
すでに大半の人が、今日転校生が来ることを知っているようだ。
いつも以上にざわついている。
友達と話していると、チャイムが鳴り、先生がまず入ってきた。
「今日はまず、みんなに転校生を紹介する」
それから、名前を呼んだ。
「矢形耶麻だ。みんなよろしくな」
それから先生は周りを見回して、空いている席を探す。
「そこ、行ってくれ」
彼女に指示した場所は、俺のすぐ横の席だ。
なんとなく見覚えがあるその人は、俺の横に自然に座った。
でも、俺のことを、ちょっと見ているような気もする。
「よろしくな」
俺は彼女に話しかけると、コクンと恥ずかしそうにしてうなづかれた。
それから、先生は何事もなかったかのように、連絡事項を伝えた。
すぐ横に座ったからと思って、いろいろと話しかけている間に、昔の幼馴染のことを思い出してきた。
そう言えば、幼稚園の頃に別れてきりだ。
そんな懐かしさもあって、昼休み、誰もまだ声をかけない間に、俺は彼女を昼食へと誘う。
「どう、お昼ご飯って」
「いいよ」
誰かに聞かれる前に俺は答えを得た。
「それで、一緒に飯食ってるってわけか」
「そうさ」
「お邪魔してますよ」
彼女が谷屋に答える。
「いえいえ、どうぞどうぞ」
谷屋が珍しく腰が引き気味だ。
「俺は別の奴らと食うことにするさ」
そういって、俺にさらに谷屋は耳打ちをする。
「楽しめよ、二人きり」
「おいこらマテや」
だが、俺の言葉は谷屋には聞こえていなかったようだ。
そして、さらに彼女の声が聞こえる。
「じゃあ、たべようか」
「お、おう」
俺も、どうも本調子が出ない。
きっと腹が減っているせいだと考えて、さっさと弁当を食うことにした。
放課後になって、部活の時間となった。
谷屋と一緒に俺が入っているのは、科学部だ。
今や一般的となった、液晶ホログラフィを使った、3Dソフトの開発なんぞを、10年も昔の先輩から引きついでしている。
終わりがない作業ではあるが、いつの日にか終わりが来ると信じている。
「なあ」
谷屋がつまらなさそうにプログラミングの本を読みながら俺に言った。
「なんだよ」
軽快なタップを続けていたので、俺は、すこしムッとしながら問い返す。
「あの転校生。どうなんだ」
直球に聞いてくる。
「どうって、どういう意味なんだよ」
「そりゃ、一択だろ。お前があいつを好いているかって言うことさ」
「アホか」
一言でその意見は却下だ。
「なんでだよ」
「お前、一目見ただけの転校生にそんなこと言えるのかっていう話だよ」
「アリじゃねえの?」
俺は、突っ込む気力もうせて、再びプログラミングへ戻った。
そこへ、誰かが部屋へと入ってくる。
一瞬期待をしたが、見たとたんにそれも失せた。
「いつまでいるんだ」
「先生。もうちょっとです」
俺が顧問のイフニ先生へと返事をする。
担当は英語で、今年から赴任してきた先生だ。
「そうか、なら早めに済ませろよ」
もうすぐ帰る時間だっていうことで、先生がやってきたのだろう。
先生は、それだけ言ってから、カラカラと、来た時と同じようにドアを閉めて出ていった。
「で、あとどれくらいで終わる?」
「数分ってとこで、キリがよくなるから。したら帰るか」
そして、俺は一気に今日の分を仕上げて、部活を終わらせた。
「今日もこれで終わりだなぁ」
歩きながら伸びをして谷屋に言う。
「まあな。これからどうするつもりだ」
バス停までの間は、こうやっていつも谷屋とだべっている。
「夕飯食って、勉強して、風呂入って勉強して、パソコンして寝るかな」
実際には勉強せずにパソコンばかりをしているだろうとは思うが、それは問題じゃない。
勉強はそこそこできるからだ。
それよりも問題は、彼女のことだ。
「それで、彼女はどうなんだ」
そのことを見透かすように、谷屋はニヤニヤしながら声をかけてくる。
それを聞き流しながら、3次元携帯で、現在のバス位置を確認する。
「もうすぐでバス停にバスが来るな」
そう言って、俺はカバンを前に持ってきて、抱きかかえるように持ち直す。
それを見た谷屋は、やれやれと言った感じでふうと息をもらし、手を振ってくれた。
「彼女のことなんて、これからさ」
俺はそう言ってから、一気にバス停に向かって駆け出した。