第27状態
ベッドの中で背伸びをする。
天井は、いつものように水色だ。
空のように、雲もいくつか浮かんでいる。
よく寝れるようにということで、最近売り始めた機械を使っているからだ。
春風のような、爽やかな風が、窓を開けていないのにもかかわらず、部屋を吹き抜けていく。
それを顔で感じながらゆっくりと背伸びをして、それから、眠っていたベッドから起き上がった。
いつもと変わらない日が、始まる。
朝ごはんを食べている間、適当にテレビの占いを見ていた。
最新の3Dテレビで、メガネをかけずに、どんな角度から見ても、どんな距離から見ても、飛び出しているように見えるというテレビだ。
「今日は右足から玄関を出るといい…か」
あまり占いは信用していない。
だから、今回も適当に足を出すことにしようとした。
その結果は、左足から出ることにしたということだ。
まあ、適当にしていけば、なんとかなるだろう。
十字路を左斜め向こうの方へと行くとき、ものすごい勢いの自転車が、俺の前を通った。
気付いた時には、もう目の前にいてひやりとする。
だが、引っかかることもなく、怒号を俺に浴びせて、そのまま急カーブを描いて道の反対側へと向かった。
「朝からついてねーなー」
俺はそう愚痴ると、再び一歩を踏み出した。
とたん、右側から激しい衝撃を受けて、何が何だか分からない間に、青空を見ていた。
頭が正常に動かないまま、横からごめんなさいという声が聞こえてくる。
やっと衝撃が収まって、体の節々が痛みながらも上半身を起こすと、女子の顔が目の前に迫った。
焦って、慌てて数メートル離れようとするが、体が痛くて動けない。
「大丈夫ですか?」
その制服を見る限りでは、俺が通っている高校の生徒のようだ。
「ああ、大丈夫です」
本当は痛くて痛くて仕方ないが、女子の手前、泣かないように、気付かれないようにしながらゆっくりと立ち上がった。
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
かるく制服のズボンについていた埃をはたきながら彼女の前で強がってみせた。
「では、急いでるので」
彼女は俺にペコリとお辞儀をしてから、学校へと駆けって行った。
俺はそんな彼女の後ろを、ゆっくりと追いかけた。
あるいていると、いつも水やりをしている泰斗さんの家の前を過ぎたあたりで、片側2車線の大きな道へ出る。
すると、道の向こう側に友人の谷屋が歩いているのが見えた。
「おーい」
谷屋に俺は声をかけるが、谷屋は俺に気付かずにどんどんと歩いていく。
仕方ないから、俺は谷屋のところへと駆けよる。
左右を確認しなかった俺がきっと悪いのだろう。
そこへ、トラックが向かってきた。
クラクションのけたたましい音、ドンというとても強い衝撃音。
さらに、ふわりと宙へと浮く感覚。
これらがすべて同時に襲ってきた。
さらに、急ブレーキの音や叫び声も。
どこからか知らないが、女子の声も聞こえる。
谷屋の姿は、どこにも視えない。
体がたたきつけられる衝撃は、何に例えればいいか分からない。
それほど痛い。
いや、もう痛いという感覚もなくなった。
騒がしい外の半面、完全に感覚が閉ざされてしまったようだ。
そこまで考えた時、俺は考えられなくなった。
次、考えるようになった時には、白いベッドの上で寝かされていた。
横にも誰かが眠っているようだ。
だが電磁シールドのため不透明な膜が張られているため、見ることはできない。
「…どこだ」
頭に妙に圧迫感がある。
きっと包帯だろう。
さらに左右へと頭を動かしてみる。
自由に動く事から、とくに首は固定されていないようだ。
「…病院か」
右腕に突き刺さるチューブを確認すると、病院だとはっきりと認識することができた。
「起きたのか」
そこまで分かった時、声が左側から聞こえてくる。
膜を通り抜けて、俺のすぐそばに積まれている数々の機械をバックに立っているのは谷屋だ。
「学校はいいのか」
起き上ろうとする俺を、谷屋は手で押さえて起こさせない。
「今日はもう終わったさ。ったく、俺の目の前で交通事故に遭いやがって」
「事故……」
「そうさ、トラックにはねられたんだよ。覚えてないのか」
「…そういや、なんかそんな感じの記憶もあるような」
「今日の午前中に事故に遭ってさ、それから足と頭を手術して、やっと今起きたってわけさ」
「手術なんて受けたんだな」
俺は全く記憶に残っていない。
まあ、手術中に記憶が残っているような場合だと、部分麻酔ならきっとありえるだろう。
手術痕を残らないように手術ができるおかげで、俺はそこについて心配する必要はなかった。「そういやさ、今日転校生が来てさ、なんでか知らないけど、お前に会いたいっていうんだ」
「へえ」
俺は、あまり興味無さ気に言った。
一旦、谷屋は彼女を呼んでくるということで、病室から出て言った。
「……俺に会いたいって、何かしたかな」
特に思い当たる節はない。
考え込んで、思考が停止寸前まで来た時、膜が全て透明となり、病室のドアが開いて、回診のロボットがやってきた。
円錐の上半分を丸くしたような姿をしているロボットのすぐ後ろにはスーツ姿の男性が、歩調を合わせている。
4人部屋だったのが、この時点で初めて分かった。
俺の番がきて、服を脱いで回診を受けた。
ロボットの体の部分から、銀色の管が伸びてきて、脈拍、血液検査、点滴などを調べていた。
カルテがロボットからコピーされるのを見ながら、どんな転校生なのかを考えていた。
「…まさかな」
一人だけ、俺に会いたがっていそうな人がいるが、その幼馴染は幼稚園の頃に別れてきりだ。
きっと違うだろうと思って、回診ロボットを見送る。
「おう、やってきたぞ」
再び膜が不透明になると同時に、俺のところに谷屋がやってきた。
「谷屋か」
俺はまだ上半身裸だったので、急いで服を着る。
「着終わったか」
「見ての通りさ」
俺が谷屋に体を見せると、うなづいて膜の外に出て、今度はすぐに女子を連れて戻ってきた。
「その子かい」
「ああ、矢形耶麻だ」
谷屋の紹介で、俺は彼女と点滴を受けていない腕で握手をする。
その顔には、なんとなく見覚えがあった。
「初めまして…というよりかお久しぶりかな」
俺は彼女に聞いてみた。
とても喜んだ顔をしている。
「覚えててくれていたの?」
「幼稚園の年長組以来だよね」
さらに確認をする。
「そうそう。懐かしいな」
「なんだ、お前ら、もう知り合いなのか」
「ああ、昔のな」
谷屋が驚いて俺たちに聞いた。
「昔々、俺が初めてのキスをした相手で、将来結婚しようと言った仲なのさ」
それを聞いて、谷屋はさらに驚いていた。
「なんだ、お前にそんな奴がいたなんてな」
「ほら、これが証拠」
彼女が財布の中から見せてくれたのは、俺が幼稚園のころに親が撮ってくれた写真だ。
「俺のは家にあるはずだな」
その写真には、住んでいる家の前で、長袖の服を着て、互いに笑っている男女が写っていた。
「この女子が、この子さ」
俺は谷屋に写真を見せながら言った。
「この時からいい娘だったのさ」
「へえ」
谷屋が感嘆の声をあげた。
それから数分の間、俺は谷屋と彼女と一緒にいろいろと学校について聞いた。
「この怪我が治ったら、すぐにでも行くさ」
「その時には、よろしくね。席はすぐ横だから」
彼女が俺に言ってくれる。
「そうなのか、それは嬉しいな」
「それと、部活は科学部に入るとさ」
谷屋が教えてくれる。
「じゃあ、学校にいる間はずっと一緒なのか」
「そう、幼稚園の頃のようにね」
彼女はそう言って、もう一度のキスをしてくれる。
「…のろけなら俺がいない時にしてくれよな」
困ったような、楽しんでいるような顔をしている谷屋が、のんびりと言った。
「悪いな」
ニヤッとして、俺は谷屋に言った。
「ま、いいさ。俺もきっと彼女を手に入れて見せるからな」
「じゃあ、またね」
彼女が膜を通って向こう側へと行ってしまった。
「いい娘だろ」
「そうだな」
静かに俺と谷屋は言った。
それから、谷屋も彼女と同じようにして、病室から出た。
「よっしゃ、早く退院するぞ」
俺は決意を決めた。
彼女と一緒にいたいから、それだけで、俺は病室の自分が寝ているベッドの上でこれからを生きていける。