第14状態
俺は、ゆっくりとベッドの中で背伸びをする。
だんだんあってくる焦点で眺める天井は、いつものように水色だ。
まるで本当の空のように、雲もいくつか浮かんでいる。
親が働いている会社が開発した機械のテストを兼ねて使っているからだ。
春風のような、爽やかな風が、窓を開けていないのにもかかわらず、部屋を吹き抜けていく。
それを顔で感じながらゆっくりともう一度背伸びをして、それから、眠っていたベッドから起き上がった。
部屋から出る前に、天井のあたりを漂っている機械を止めた。
いつもと変わらない日が、始まる。
朝ごはんを食べている間、適当にチャンネルを合わせたテレビの占いを見ていた。
このテレビは最新の3Dタイプで、ゴーグルをかけずに、どんな角度から見ても、どんな距離から見ても、飛び出しているように見えるというテレビだ。
「今日は右足から玄関を出るといい…か」
あまり占いは信用していないが、たまにはそれに従ってみるっていうのも、面白いかもしれない。
制服を着て、カバンの中を―といってもノートパソコン1台だけなのだが―簡単に確認してから、家から15分ほどのところにある高校へ向かって歩き出す。
玄関を出る時に右足から出てみたが、これといって変わったところは何もない。
「ま、占いだからな」
そう独り言を言ってから、学校へ向かった。
十字路を左斜め向こうの方へと行くとき、ものすごい勢いの自転車が、俺の前を通った。
気付いた時には、自転車に右足が引っ掛かってていた。
だが、ほとんどバランスを崩すこともなく、自転車の防御機能として自動的に宙返りをしてから、俺に罵声を浴びせてから、その人はどこかへと走って行った。
「なんだってんだよ、ったく」
悪態をついて、それから、歩き続けた。
それからしばらくして、いつも家の前に置いてある植木鉢たちに水やりをしている泰斗さんの家の前を過ぎたあたりで、片側2車線の大きな道へ出る。
すると、道の向こう側に友人の谷屋が歩いているのが見えた。
どうしようかと考えている間に、谷屋は俺に気づくことなくどんどんと学校側へと歩いていく。
俺は何も言わずに学校で落ちあえるようにスピードを調節しながら、どんどんと登校路を歩いた。
げた箱のような感じのロッカーのところで、谷屋と俺は合流することができた。
「ちぃーっす、どうや」
「どうやって言われても、まあぼちぼちさ」
何を言っても騒ぐのは目に見えているので、適当にごまかしておく。
「そういやさ、聞いたか」
「何を?」
「今日さ、転校生が来るんだってさ」
「へぇ」
あまり興味なく、ロッカーのドアをバタンと閉め、教室へと上がった。
靴掃除装置を通って、靴底や側面についた泥などの汚れを落としてから、そのままの足で教室と向かう。
すでにクラスの大半の人が、今日転校生が来ることを知っているようだ。
いつも以上にざわついている。
友達と話していると、チャイムが鳴り、先生がまず入ってきた。
「今日はまず、みんなに転校生を紹介する」
それから、名前を呼んだ。
このタイミングで、転校生は教室へと入ってきた。
「矢形耶麻だ。みんなよろしくな」
その顔には見覚えがあったが、俺は何も言わなかった。
それから先生は周りを見回して、空いている席を探す。
それは、俺から見て教室の反対側にある席だった。
「そこ、行ってくれ」
彼女とは、かなり教室での距離が離れてしまった。
すこし残念に思っている俺がいるのに、俺自身が驚いていた。
遠くに座ったからということもあって、話しづらかったが、それでも問題なく、彼女とご飯を食べるという約束を取り付けれた。
何故かは知らないが彼女の方が、俺の方へと近寄ってきて、まるで昔馴染みのようなそぶりで、ご飯一緒に食べるかな?と聞いてきたのだ。
「それで、一緒に飯食ってるってわけか」
谷屋が、俺と彼女と一緒に飯を食べながら言った。
「そうさ。ま、問題ないだろ?」
「そりゃあな……」
女子との昼飯を食べるのは初めてらしく、谷屋が珍しく静かだ。
といっても、俺も初めてである。
少し緊張している。
「いつもこんな感じなの?」
「そんな感じさ」
俺は彼女の質問にそう答えて、弁当を一気に食べた。
放課後になって、部活の時間となった。
谷屋と一緒に俺が入っているのは、科学部だ。
今や一般的となった、液晶ホログラフィを使った、3Dソフトの開発なんぞを、10年も昔の先輩から引きついでしている。
終わりがない作業ではあるが、いつの日にか終わりが来ると信じている。
「なあ」
谷屋がつまらなさそうにプログラミングの本を読みながら俺に言った。
「なんだよ」
軽快なタップを続けていたので、俺は、すこしムッとしながら問い返す。
「あの転校生。どうなんだ」
直球に聞いてくる。
「どうって、どういう意味なんだよ」
「そりゃ、一択だろ。お前があいつを好いているかって言うことさ」
「アホか」
一言でその意見は却下だ。
「なんでだよ」
「お前、一目見ただけの転校生にそんなこと言えるのかっていう話だよ」
「アリじゃねえの?」
俺は、突っ込む気力もうせて、再びプログラミングへ戻った。
そこへ、誰かが部屋へと入ってくる。
一瞬期待をしたが、見たとたんにそれも失せた。
「いつまでいるんだ」
「先生。もうちょっとです」
俺が顧問のイフニ先生へと返事をする。
担当は英語で、今年から赴任してきた先生だ。
コンピューター関連、特にソフトウェアの分野に詳しい先生だ。
「そうか、なら早めに済ませろよ」
もうすぐ部活を終えなければならない時間だっていうことで、先生がやってきたのだろう。
先生は、それだけ言ってから、カラカラと、来た時と同じようにドアを閉めて出ていった。
「で、あとどれくらいで終わる?」
「数分ってとこで、キリがよくなるから。したら帰るか」
そして、俺は一気に今日の分を仕上げて、部活を終わらせた。
普通であれば下駄箱があるような場所にあるロッカールームにいると、転校生の彼女がいた。
「あれま、彼女がいるわ」
谷屋が俺が気づいてから言った。
「ああ、見えてるさ」
気にしないようにして、ロッカーのふたを手前に開く。
金属製の軽い扉は、音もなく開いた。
だが、ドキッとする視線を感じて、そちらに振り返ると、彼女はこちらを見ていた。
ニコッと微笑みかけると、彼女は何も言わず、顔を伏せて逃げるように帰ってしまった。
ちょっと残念に思っているところを、まるで心を見透かすように谷屋が俺に言ってきた。
「あーあ、にげちまったか」
「なんか悪人がいいそうな台詞だな」
「俺が悪そうに見えるか」
残念ながら見えるのだが、そんなことを言わずに適当に流した。
「今日もこれで終わりだなぁ」
歩きながら伸びをして谷屋に言う。
「まあな。これからどうするつもりだ」
バス停までの間は、こうやっていつも谷屋とだべっている。
「夕飯食って、パソコンして、風呂入ってパソコンして寝るかな」
実際には勉強をそこそこしながらパソコンをするって感じになるだろう。
それよりも問題は、彼女のことだ。
「それで、彼女はどうなんだ」
そのことを見透かすように、谷屋はニヤニヤしながら声をかけてくる。
それを聞き流しながら、3次元携帯で、現在のバス位置を確認する。
画面の部分がテレビと同じ素材で作られているらしく、通常の平面図も高低差を含めた地図も見ることができるようになっている。
「もうすぐでバス停にバスが来るな」
そう言って、俺はカバンを前に持ってきて、抱きかかえるように持ち直す。
それを見た谷屋は、やれやれと言った感じでふうと息をもらし、手を振ってくれた。
「彼女のことなんて、これからさ」
俺はそう言ってから、一気にバス停に向かって駆け出した。