第9状態
ベッドの中で背伸びをする。
天井は、いつものように水色だ。
空のように、雲もいくつか浮かんでいる。
よく寝れるようにということで、偶然売っていた機械を使っているからだ。
春風のような、爽やかな風が、窓を開けていないのにもかかわらず、部屋を吹き抜けていく。
それを顔で感じながらゆっくりと背伸びをして、それから、眠っていたベッドから起き上がった。
いつもと変わらない日が、始まる。
朝ごはんを食べている間、適当にテレビの占いを見ていた。
最新の3Dテレビで、メガネをかけずに、どんな角度から見ても、どんな距離から見ても、飛び出しているように見えるというテレビだ。
「今日は右足から玄関を出るといい…か」
あまり占いは信用していないが、たまにはそれに従ってみるっていうのも、面白いかもしれない。
制服を着て、ノートパソコン1台だけが入っているカバンの中を簡単に確認してから、家から15分ほどのところにある高校へ向かって歩き出す。
玄関を出る時に右足から出てみたが、これといって変わったところは何もない。
「ま、占いだからな」
そう独り言を言ってから、学校へ向かった。
十字路を左斜め向こうの方へと行くとき、ものすごい勢いの自転車が、俺の前を通った。
気付いた時には、自転車に右足が引っ掛かってていた。
だが、ほとんどバランスを崩すこともなく、最新の自転車の防御機能として自動的に宙返りをしてから、俺に罵声を浴びせてから、その人はどこかへと走って行った。
「なんだってんだよ、ったく」
悪態をついて、それから、歩き続けた。
あるいていると、いつも水やりをしている泰斗さんの家の前を過ぎたあたりで、片側2車線の大きな道へ出る。
すると、道の向こう側に友人の谷屋が歩いているのが見えた。
どうしようかと考えている間に、谷屋は俺に気づくことなくどんどんと学校側へと歩いていく。
俺は何も言わずに学校で落ちあえるように歩きながら、どんどんと登校路を歩いた。
げた箱のような形であるロッカーのところで、谷屋と俺は合流することができた。
「ちぃーっす、どうや」
「どうやって言われても、いつも通りさ」
何を言っても騒ぐのは目に見えているので、適当にごまかしておく。
「そういやさ、聞いたか」
「何を?」
「今日さ、転校生が来るんだってさ」
「へぇ」
あまり興味なく、ロッカーのドアをバタンと閉め、教室へと上がった。
靴掃除装置を通って、靴底や側面についた泥などの汚れを落としてから、そのままの足で教室と向かう。
すでに大半の人が、今日転校生が来ることを知っているようだ。
いつも以上にざわついている。
友達と話していると、チャイムが鳴り、先生がまず入ってきた。
「今日はまず、みんなに転校生を紹介する」
それから、教室の外で待機している転校生を呼んだ。
「矢形耶麻だ。みんなよろしくな」
それから先生は周りを見回して、空いている席を探す。
それは、俺から見て教室の反対側にある席だった。
「そこ、行ってくれ」
彼女とは、かなり教室での距離が離れてしまった。
すこし残念に思っている俺がいるのに、俺自身が驚いていた。
遠くに座ったからということもあって、少しばかり話しづらかったが、それでも、問題なく、彼女とご飯を食べるという約束を取り付けれた。
なにせ、彼女の方が、俺の方へと近寄ってきて、まるで昔馴染みのようなそぶりで、ご飯食べると聞いてきたのだ。
「それで、一緒に飯食ってるってわけか」
谷屋が、俺と一緒に飯を食べながら言った。
「そうさ。ま、問題ないだろ?」
「そりゃあな……」
初めての女子との昼飯らしく、谷屋が珍しく静かだ。
「いつもこんな感じなの?」
「そんな感じさ」
俺は彼女の質問にそう答えて、弁当を一気に食べた。
放課後になって、部活の時間となった。
谷屋と一緒に俺が入っているのは、科学部だ。
今や一般的となった、液晶ホログラフィを使った、3Dソフトの開発なんぞを、10年も昔の先輩から引きついでしている。
終わりがない作業ではあるが、いつの日にか終わりが来ると信じている。
「なあ」
谷屋がつまらなさそうにプログラミングの本を読みながら俺に言った。
「なんだよ」
軽快なタップを続けていたので、俺は、すこしムッとしながら問い返す。
「あの転校生。どうなんだ」
直球に聞いてくる。
「どうって、どういう意味なんだよ」
「そりゃ、一択だろ。お前があいつを好いているかって言うことさ」
「アホか」
一言でその意見は却下だ。
「なんでだよ」
「お前、一目見ただけの転校生にそんなこと言えるのかっていう話だよ」
「アリじゃねえの?」
俺は、突っ込む気力もうせて、再びプログラミングへ戻った。
そこへ、誰かが部屋へと入ってくる。
彼女だ。
「あれ、なんでここに?」
俺は思わず立ち上がって、彼女のところへと寄ってみる。
空気を察したのか、谷屋はちょっとトイレ行ってくるとだけ言い残し、心細い俺と彼女だけになった。
「なにか用なのかな?」
俺は彼女に聞いてみる。
「初めましてっていうよりかは、お久しぶりっていったほうがいいかもね」
彼女は俺に、間違いなくそういった。
何が何だか分からないため、俺は彼女に聞き返す。
「どういうこと」
「これ、見覚えない?」
彼女が俺に見せたのは、彼女の生徒手帳に挟まれた、古い一枚の写真だ。
おそらく幼稚園の頃の写真で、小さな彼女の横に見知った顔があった。
「もちろん、俺が幼稚園の年長の頃に撮った写真だな」
そこで俺はやっと気付いた。
「そうか、君か」
彼女は軽くうなづいた。
「名前だけで分からなかったのかしらね」
「引っ越したのは、もうずいぶんと前の話だろ」
「でも、覚えておいてほしいじゃない。昔はよく一緒に遊んだ仲なんだし」
「そうだけどさ…」
彼女は、俺との間合いをじりじりと詰めていた。
「昔から思ってたことがあるの」
「なに」
距離は1メートルもないだろう。
早く谷屋が戻ってきてほしいと願いながら、彼女の話を聞き続ける。
「小さなころ、私がまだ恋なんて言葉を知らなかったころから、私はあなたが好きです」
その告白は、俺の身構えていない心にストレートに響いてきた。
「でも、長い間離れていたんだから、そのころとは変わってるかもよ」
舌を噛みながら俺は、彼女に行ってみたが、彼女は首を横に静かに振った。
「いいえ、あなたは変わってない。だって、その笑顔に惚れたのだから」
自然と俺は笑っていたようだ。
そして、しっかりと話を聞いたであろう谷屋が、やっと部屋へと戻ってきてくれた。
「おう、お二人さん。お熱いこったで」
「うるせーぞ、外野が」
でも、俺は嬉しかった。
また、一緒に彼女といられる、それを考えるだけで、楽しめそうだ。