ネットアイドルと軍帽
余りの重みに、うめき声が唇から漏れる。
ああ、今日もアレかと、夢が入り混じった頭で思考した僕は、目覚めて早々に腹部を圧迫する巨体を蹴り上げた。
「いやんっ」
「失せろ変態」
ネグリジェの黒レースから覗いた日焼けし、アスリート並みに筋肉質の太腿。胸板は厚く見事な大胸筋が主張している断崖絶壁。既に遠慮や猫かぶりが失せた口調でそう言うと、彼は、僕を上目遣いに見上げた。
その顔はうっすらヒゲがチクチク生えていて、余り直視したくはなかった。
「せっかく起こしに来てあげたのに、グルたんのいけずう」
「起こしに来てそのまま二度寝してんじゃないですよ。それをやって可愛いのは二次元のうら若き幼馴染みだけです、見た目20代後半のオッサンがやっても見苦しいんです」
「グルたん最近言うようになったわねー」
寮に移って来て以降、毎朝毎朝人の寝床に忍び込み、あまつさえ鍵を掛けようとチェーンロックを掛けようとその能力で解錠してくるオカマには言われたくはない。
しかも、一週間目には遂に隣部屋の主が長期出張なのをいいことに寝袋持ち込んで住み込み始めたのだ。十分ストーカーの域に達しているのは決して気のせいではないだろう。
「どうせ毎朝来るなら、巨乳の女の子になってくれるとかじゃないと嬉しくないじゃないですか」
まあ、元がオッサンなだけに虚しいだけかもしれないが。
「だって」
梅芳さんは、堂々と言い放った。
「相思相愛になるには、本当の姿で愛されたいじゃない」
「出てってくれませんか」
無駄に男前に言い張らないでください。
ピンクのネグリジェが目に痛いです。
しかもいつものピンク縦ロールの寝癖くらい直してください。
「アタシがいつグルたんに惚れたのかは、みんな、背景のトーン効果でチェックしてちょうだいねっ」
「いきなり電波受信してんじゃないですよ。しかも少女漫画前提ですか」
「アタシのこの格好は某中世古典少女漫画の影響なのよ」
「無茶苦茶どうでもいい知識をありがとうございます。いいからどいてください」
今までの会話、ずっと人の脚の上に座り続けられていたので、いい加減脚が限界だ。
「ちなみにオーダーメイドで一着10万円のクラシカルゴシックロリータって意外と貴重なんだからね。
オークションに出せばそれなりの値段で売れると思うの。本当なら手作りってのも夢があるけど、それなりに手先が器用じゃないとやっぱり有名ブランドには劣るのよね。
あ、アタシ実はゴスロリ美少女ってフレコミで実はネットアイドルもしてるのよ。
ねえ聞いてる?ちゃんと聞いてるでしょうね、グルたん」
成人男性を乗せ、息も絶えだえになっている僕のことなどお構いなしにこれだけの内容を一息に喋ると、ずりずりとベッドに移り、僕の足の先を。
「うりゃ」
がし、と掴んだ。
「…………っ、痛い痛い痛いです止めてください」
嫌がらせかコノヤロウ。
腹筋で身体を起こすと、僕は爪を出し、梅芳さんの顔を引っ掻いた。
「いたっ」
頬に三本筋の傷がつき、一瞬で塞がる。人間の手のひらサイズになり、魔法強化された猫の爪は意外にも深さのある傷を作るのだが、この程度断罪人形には対したダメージにもならない。
「……何か用があるんじゃないんですか」
梅芳さんの頭に乗った大きなリボンやレースで目一杯デコレートされた軍帽に、僕は半目で言った。
「うん、まあ今日はあるんだけどね」
初日に教わった、断罪人形や魔術師の軍帽着用時がどんな時かくらいのこと、忘れるわけがない。断罪人形や魔術師の軍帽着用時、それは。
「私と一緒に初めてのお仕事よん」
魔法使いを狩るなどの正式な業務に携わる時だ。