ゴスロリとピンクロールの破壊力
「あらあらまあまあ、まああああああ」
「No.4、検体を連れてきましたわ、ミスター」
ベリーに案内されたトレーニングルームは、それなりに広い、体育館のような場所だった。
金属で組まれた天井は高く吹き抜けていて、白いファンがいくつか回転している。気温の低かった廊下とは違い、ここはある程度暖かく保たれているようだ。
しかし、床に広がっている巨大な白い魔方陣がそこを異空間にせしめていた。
「ベ・リ・ー、アナタいい加減ミスターって呼ぶのは止めなさいっていつも言ってるでしょうが!」
この魔方陣の原理は一体なんなのだろう。
「しかし貴方は性別上男性ですわ、ミスター」
光っているところを見ると、蛍光塗料か何かで塗られているのだろうか。
しかし、ここまでの正確な円は難しそうである。
「おだまりっアタシは華麗なる乙女なのよ!!」
見ないようにしていた光景に、チラリと視線を戻す。
サーモンピンクの縦ロールにゴスロリを着た明らかに彼である彼女がどうやら、No.4とやららしい現実にである。厳つい顔にはヒゲは生えていないものの、しっかり赤く塗られた口紅とピンクの頬が心臓に悪い。止まっているのに悪いも何もないのだけど。一目惚れではないことは明らかだ。
「それより、アンタたち、手なんか繋いでんじゃないわよ羨ましいじゃないっ」
慌てて僕はベリーの手を振り払った。
「それにそこの検体!!」
「はいっ」
「アタシはそんなモヤシ男は好みじゃないんだから勘違いすんじゃないわよ!!別にアンタが可愛かったから立候補したんじゃないんだからね!」
ぶわ、と全身に鳥肌がたった。
腕組みをして、顔を背ける彼に、僕は瞳を宙に泳がせてハイ、と返事を掠れた声で返した。
ライムの言っていた言葉の意味が、彼を見てようやく理解できた瞬間だった。
「アタシはNo.4、コードネームはジェンダーよ。名前は野田梅子」
「正確には野田梅芳ですわ、ミスター」
「うっさいわよベリー」
梅芳さんは唸った。
「よろしくお願いします、羽鳥巡です」
握手を交わす。
手のひらは僕のものと比較してもかなり大きく、ゴツゴツと漢らしいものだった。
「アナタ、きちんとした魔法使いと魔術師の説明は受けてる?」
「いや、まだです」
「じゃあ、アタシが説明してあげるわ。ちょっとそこに座りなさい」
そう言われ、僕は体育館の床に正座をする。
ベリーも隣で体育座りをした。
ポンチョがまくれ上がるが、その下にしっかりとショートパンツが履かれていた。少し残念な気がしたが、そこから覗く細くて白い太腿が露わになり、バレないようにチラ見をした一瞬で脳内に焼き付けた。
「まず、魔術師ってのは古来より伝わってきた、世界に超常現象を起こす技術を持った人間のことよ。
魔女狩りの時代に激しく弾圧され、世界でも細々と生きながらえている彼らは、精神を高次世界に接続してそこからエネルギーを引き下ろす。世界は何層もの異世界が折り重なってできているけど、そこに扉を開けて高い場所から低い場所に水が落ちるように、世界間にエネルギーを流して現象を起こすの」
「あの、魔方陣は何なんですか?」
「魔方陣は、その扉よ。
そして、魔法使いは今までも時折現れていた、突然変異した、能力持ちの人間のこと。我々は皆、個人の精神ラインからエネルギーを引き降ろせるわ。代償に肉体疲労などは起こるけれど、魔術師と違って直通ラインを持っている。
そして、その能力は」
彼は、そこで言葉を区切ると、ニヤリと笑う。
と、突然の出来事だった。
その顔がぐにゃりと変形し、溶けるようにその造りが変化する。
腕や足、背中などの筋肉は収縮し、滑らかになり、その胸は大きく隆起した。溶けた後に一つ一つのパーツが顔に浮かび上り、造形される。
大きく勝気な瞳に、小さな唇、あどけなく笑う幼い顔立ちに似合わないたわわな大きな胸を持ったその女性は(ヤバイ、結構好みだ)、甘やかな声で途切れた言葉を続けた。
「一人につき一つ、個人によって違うのが特徴よ」
「見事ですわ、ミスター」
「おだまりっ!」
女性は、ピンクの縦ロールを振ってぴしゃりと叫んだ。
「梅芳……さんですか?」
「アンタまでそう呼ぶの!?……まあいいわ、とにかくアタシの能力は変身能力、その名の通り、ありとあらゆるものに変身できるわ。肉体干渉系の能力ね」
「肉体干渉?」
「丁度いいから区分も覚えておきなさい、魔法使いは、大まかに言えば世界を改変する能力を持っていて、大きく分けて肉体干渉系、精神干渉系、世界干渉系があるわ。
ランクは小さい順に、下級、中級、上級、特級、災害級ね」
なんか……聞くからに。
「はた迷惑そうな話ですね」
「だからアタシたちがかりだされて政府が狩ってんじゃないの」
「誰か世間に貢献した人とかいないんですか」
「ああ、肉体干渉系なら一部は偉人に相当数含まれてるはずだわ。魔術師を除き、歴史上の奇跡の類は魔法使いの仕業よ」
それはまた凡人には夢のない話だ。
「そもそも知的に高度で精神バランスが崩れた人間の方が発現しやすいといった理由もあって、世界的に今は魔法使いは抹殺の傾向が強いわ」
思わず、それには納得してしまった自分がいた。
確かに、精神的にタガの外れた人間が下手な能力を持ってしまったら、社会的には危険視されてもおかしくないのだろう。
「あの、」
「何?」
「他に断罪人形を使ってる国ってあるんですか」
梅芳さんは、キョトンとし、そして吹き出した。
ひとしきり腹を抱えて爆笑した彼は(いや、今は彼女かもしれないが)、涙を拭って僕の質問に答えた。
「……あー、笑えたわ。勿論ないに決まってんじゃない、馬鹿ね。魔法使いは大抵先進国に集中しているし、他の国はちまちまスパイやなんやら使って暗殺してるわよお。大体某国にこんな技術が知られたら、あっという間に世界が終わってるわ」
そこまで最終兵器的な代物なのか。
「この国はあくまで試験ケース的に運用してるに過ぎないわ。あくまでも世紀の魔術師、L・グレイナーが抱えられなきゃこんな技術使えっこないんだから」
グレイナー。その名前をついさっき耳にした気がする。
横の少女を眺めると、ベリーは口を開いた。
「私はL・グレイナーの養女になっております、ミスターメグル」
「そうなんだ」
言動がアレだからアンドロイドか何かかと心配していたが、一応この世の人物らしい。
まあ、それに今の日本の科学技術ではここまでのロボは作れないだろうことは分かっているのだけど。
「この娘は、アタシたちと違って特別らしいわよ。全く、アタシのどこが会長のおメガネに叶わなかったというのかしら」
多分、その全てじゃないだろうか。
そう思ったが、かろうじて飲み込んだ。