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Strange・Army  作者: 翁蓮華
羽鳥巡:上
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始発地点

規則正しい機械音。

目を覚ましたとき、いの一番に思ったのは、それがやけに耳障りだということだった。

何か、嫌な夢をずっと見ていたような不快感。

体中が強張っていて起き上がれないのに困惑したが、隣の小テーブルにのっていたナースコールらしきボタンをとりあえず押しておく。

そこまでした後、ようやく、その行為の不自然さに思い至った。

無造作に押したナースコール。

その役目は確かに分かるのに、肝心なことを、自分は知らない。

僕は、一体誰だった?

一応、自分の名前は思い出せる。

羽鳥巡はとりめぐる

僕自身の個人名は確かにそれ。

だが、僕に付随していたはずの記憶がさっぱり抜け落ちている。

本来あるはずの情報がないというのは、いささか妙な気分である。例えるなら、箸のない日本の朝食といえばいいだろうか。

僕を構成するはずの一部が抜け落ちているおかげか、今現在の僕はどうにも人間の意識が希薄に感じられる。

どうにもアンバランスな、危うい自意識はうっかりすると簡単に転覆しそうだ。

しばらく混乱する思考を巡らせていると、バタバタと複数の足音が聞こえた。


「……おい、顔を見せてみろ」

顔を覗き込んだ、白衣でボサボサの頭をした青年。

無精ひげも生えて、なにやらクマまで拵えている男は、少し疲れの色が見える。

「顔色は良し、精神も安定しているな」

ぐいと強引な手つきで患者服を捲くりあげられ、聴診器を当てられた。


「大丈夫そうだな」

「……あなたは、医者か?」

思ったよりも、掠れた声が出た。医者は、苦笑すると肩を竦める。

「いんや、俺は只の研究者だ」

胡乱気な目を向けると、医者……ではなく、研究者は、

「俺は普通の人間は調整しないから医師免許は持ってねーの」と答えた。


「そもそもだ、魔術師は医師免許は取れねーしなあ」

「……魔術師?」

「ああ、まあ説明は後でするとして、ひとまず」

男は、にやりと笑って手を差し出した。

「ようこそ、秘密組織、魔術協会『アーサーの円卓』へ」

僕の手のひらをがっしり掴んでいる荒れた男の手。

それをぼんやり見つめ、奇妙キテレツな単語を反芻する。

そんな僕を特に気に留めることもなく、研究者は慌ただしく仕事をしている看護婦に声を掛けた。

「あ、お茶と菓子持ってきてくれるか?」

「分かりました、経費で落ちますか?」

「入会説明時なら確か落ちたはずだ。よろしく」

僕は、なぜにこのようなカルト集団と関わることになったのか。

じっくり過去の自分というものを問いただしたくなった。



先導して歩く自称魔術師は、飄々とあるいていく。しなる柳を思わせる足取りは、時折重心が横にぶれて、危なっかしいことこの上ない。

「あの」

「なんだ?」

横の男の顔が振り返る。

とりあえず、先ほどの自己紹介から抱いていた素朴な疑問をぶつけてみる。

「なんで、魔術師なのに……白衣を?」

男はキョトンとした後、笑いをこらえるように言った。

「ああ、お前って、魔術師っていうと映画みたいな真っ黒ローブと杖を想像するタイプか」

どうやら違うらしい。

「儀式に組み込まれてる時は着るけどな、大体ああいうのって自分のテンションを上げる為に着るだけだから。

大体、魔術儀式の正装ってのは白を指定されてることも多いんだ。白衣ってのは、代用品としても便利だから、好んで着るヤツも結構多いんだよ。

……でも、魔法の杖は実在するから、間違ったイメージでもないんだけどなあ~」

「あなたも持ってるんですか?」

「俺は成人の時にオヤジに貰ったボールペンを愛用してる」


なんとも残念な人だった。

うっすら持っていた魔法使い像が音を立てて崩れ落ちてしまった。

「資格試験はおかげで解けた解けた」

「普通にボールペンとして使ってるだけじゃないですか」

「有効利用しなきゃ可哀想じゃねえか」

理屈がわからない。……というか、それでは只の筆記用具なのでは。

「資格試験って、どういうことですか」

「え?だから、会長が趣味で作った魔法使い検定準一級」

「どこで使えんですかんなもん!!」

全力で突っ込んだ。

150キロ投手並みに突っ込んでしまった。

「いいツッコミだなー、おじさん感激しちゃう」

ニヤニヤ笑いながら拍手される。

されても全く嬉しくない。

「クセのある検体が多いからこういう平凡な子には慰められちゃうね」

自分のものと比べると、大きく見える節くれだった手のひらを差し出された。

「握手しよう、握手」

両手を握られ、ぶんぶんと勢い良く上下に振られる。


「平凡って」

「ん?」

「全然褒め言葉じゃないですよね」

ジト目で見上げる。

自分の身長はどうやら世間様より低めにあるらしく、頭一つ分高くに位置するくまで縁どられたその目を睨むと、男は浅く笑った。

「いや、俺的にはすごく褒め言葉。今回はけっこう楽ができそうで安心しているところだ」

「……これって、よくあることなんですか」

「五年ぶりってところだよ」

魔術師は、階段を上がりながらそう答えた。

使い込まれたクリーム色の床に、すこしつま先を擦るように登っていく。

手すりを掴むと、うっすら積もっていた埃が指周りに引っ付いた。

……掃除しろよ。

手のひらを叩いても落ちない為、着ていた手術衣で拭っていると、階段を上りきった向こうから呼びかけられた。

「おい、着いたぞ。いいもん見せてやるから早く来い」

慌てて残りの段を駆け上がり、声の方向に曲がると男がボールペンを片手に構えて廊下に待ち構えて居た。

つい、と振り上げられ。

「バーン!!」

沈黙。

大げさに倒れてみせるべきかそれともスルーするべきかリアクションに困っていると、男はふう、とため息をついた。


「お前反応薄いなー、大阪人を見習え、大阪人を。あいつら幼稚園児までみんな芸人並みなんだからな」

「はあ」

「さて、ここに一本のボールペンがあります」


見りゃ分かるわい。

そう言いたくなったが、ぐっとこらえる。

「ここの鍵はご覧のように開いていません」

ドアノブを握り、押したり引っ張ったりして見せるが、確かに鍵はかかっているらしい。

高級感溢れる木製のボールペンをヒョイ、と振り上げ、男は叫んだ。


「ジュゲムジュゲムごこうのうんだらかんだら、ほいっと」

色々台無しじゃねえか!!そう叫びそうになったところで、ドアノブの上に浮かび上がった水色に輝く魔方陣が視界に飛び込み、言葉が喉で詰まる。

くるくる五秒ほど回転したそれは、音も立てずに空中で霧散した。

今、見たものは一体なんだ?

衝撃が脳みその奥を焼き付ける。


「しっつれい、しまーす」

何事もなかったかのように平然と室内に入った男は、口端を釣り上げた。

「魔術初体験、含め、入会おめでとう、羽鳥巡君」

何か言いたいのに、言葉が脳の中で迷い込んでしまい、結局無言で頷いた。

「俺はライム・フレッシャー。呼び名はライムでいい」

「すみません。ライムってあのライムですか」

今まで締まっていた顔が途端に嫌そうに表情筋が動いた。


「……このネーミングは会長のセンスだ。あのバ会長、飲み屋のメニューから選びやがったせいで自己紹介の度にこのザマだ」

やはりあの緑の柑橘類が由来なのか。明らかな日本人の顔には、源氏名にしか聞こえない。

「お陰でこっちは一生これを使ってくってのによお、分かるか!?この気持ち」

「すみませんでした」

反射的に謝った。それほどに悲哀の篭った叫びだった。

「そもそもアイツはベリーの時にもストロベリーから安直に決めやがる暴挙をしたんだぜ。下手に師弟なんざなるもんじゃない」

陰気なオーラを放出し、愚痴を呟いていたライムは、咳ばらいをした。

「ああそう、それでだな、お前に宣告しなくちゃいけないことがある」

「はい?」

「耳の中かっぽじってよく聞けよ。



お前は、俺たちが殺した」

…………What?

ころ……し、た?

いやいやいや

ちょっと待てよだって僕、一応立って歩いてるし。足だって普通に付いてるし。

心臓だって…………


――――ざあ、と全身から血の気が失せた。

心臓に手のひらを当てた、その鼓動は。

                     一切が消失していた。


「俺たちの仕事は、政府の依頼で魔法使いを炙り出し、駆除することだ」


「魔法使いは精神に負荷のかかった青少年少女に多く発現する」


「……まあ、一昔前の都市伝説、超能力者だな」


「お前は4月1日、16時13分24秒に俺たちが処分した」


「今のお前は、俺たちが部隊に向い入れる為に再生させたアンテッド


――――断罪人形ヴァルキリーだ」


切れ切れに耳に飛び込む音声は、こっちの気持ちなんかお構いなしで。

その情報の中身に頭はパニック状態で。

僕は動転する気を落ち着けようといつの間にか目の前に置かれていたお茶を飲み込もうとして、上手く飲めずにむせ返り。

そんな中、装飾過多な来賓室の窓から覗いた空の朝焼けが。

痛いほどに僕の網膜に焼き付けられた藍色とオレンジ色にちかちかしながら。

あざ笑うようにこちらを。

無様な、ぼくを。

僕は喉を抑えて涙でぐしゃぐしゃになった顔で見上げた。

悪魔のように意地悪く笑いながら。

ライム・フレッシャーはその台詞を口にした。


「俺たちの下で働け、青少年」

「……はい」

僕の意思など関係なしに動いた口と舌に、僕は嫌でも思い知らされた。

傀儡と化した我が身の主が、今や僕、羽鳥巡の下にないことなど。

自明の理だった。



2012,10,10

修正


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