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青い柿、青い心 3(最終話)

 充はその足で「寿々喜」へ行った。


 前回、父親と一緒に歩いたときは、店までの道のりが遠く思えたけれど、二度目の今日は以前よりもぐっと近くに感じられた。

 すると、店まであと五メートルもないところで、誰かを呼ぶような鈴木の声がした。

 思わず道の端に寄り、身を隠す。


 鈴木は、店の前の歩道まで走って出てきたと思うと、そのまま充がいる方とは反対の方向へと体を向けた。

 白いシャツにジーンズ姿の鈴木は、後ろ姿でさえ嫌味なほどすっきりとしている。


 ……なんか、ずるいな。

 充は無性に腹が立ってきた。

 やっぱり、このまま帰ろうか。


 そう思ったとき、鈴木が「柏木さん!」と大声を出した。

 すると、すでに通りの先の信号を渡ろうとしていた水色のワンピースを着た女の子がぱっと振り向いた。

 女の子は鈴木を見て驚いたようなそぶりだったけれど、それでも信号を渡るのをやめて、鈴木に向かい歩き出した。

 彼女の手には、鈴木の店の手提げがあった。客なのだろう。

 二人が近づく。

 そんな二人の様子が気になる充も、道の端にへばりつくようにしながら、じりじりと距離を詰めていった。


「柏木さん、忘れものだよ。母が、ハンカチ、レジの下に落ちていたって」

「え? あ、すみません。お財布を出した拍子に一緒に出てしまったのだと思います」

 よくあるんですと、女の子はぺこりと頭を下げた。


 「柏木」という女の子の名まえに、聞き覚えがあるような気がする。

 高校の後輩だろうか? 

 それにしても、なに、これ。

 鈴木が女の子に親切なんて、珍しくない?

 まぁ、客相手ならそうなのか?

 いや、それにしても、面白いんだけど。

 充は二人の成り行きに興味を持ち、なおも前に進む。

 そして、遠目ではわからなかったけれど、ワンピースの彼女の可愛さに気付く。

 彼女は笑顔の優しい女の子だった。

 女の子は鈴木から受け取ったハンカチを、小さなバッグにしまった。


「柏木さんの家からうちの店まで近いのに、それでもハンカチを持って出かけるの?」

「わたし、小さいころ、手汗をすぐかいてしまい、それでなんとなく持つのが癖になっているんです。恥ずかしいです」


 なんだ、この会話。

 聞いているこっちが恥ずかしいんですけど。

 ハンカチなんて、どうでもよくない?

 そんなこと、いちいち聞いちゃう?

 充は、耳の奥がかゆくなってきた。

 もしや、この女の子は鈴木の彼女?

 それは大スクープだと、充は喜ぶ。 


「お店には、まだ立てないんですか?」


 充の耳に、女の子の声が飛び込んでくる。

 心臓を掴まれるような、ズキリとした痛みが充を襲う。

 あぁ、まだダメなのか。

 鈴木の家の和菓子屋は、家族三人で経営していると聞いた。

 特に、鈴木は店番を任されることが多かったのに、充のせいで店頭には立てないと聞いている。



「いや、それが。ほら、色ももう薄くなってきたから。……ちょっと嫌なんだけど。母にこの色の変わったところ、なんか、色のついているやつを塗られて」

「あぁ、ファンデーションですね」

 女の子のその発言のあと、二人の間にしばし沈黙が流れ――ふいに、その子が笑い出す。

「大丈夫です。きっと似合います」

「似合うって。柏木さん、楽しんでいるでしょう」

「まさか、まさか。でも、よかったです。傷はもう大丈夫なんですね」

「ごめんね。心配かけたよね」

 鈴木の言葉に、女の子が首を振る。

 可愛い。

「でしたら、また、お店でお会いできますね」

「……うん」

 ん? 

 鈴木、どうした。

「わたし、また、お店に伺います。さようなら」

「さようなら」


 え、なに、その声。

 鈴木の声には、充が聞いたこともないような情けなさがあった。

 おい、彼女、もう少し鈴木と一緒にいてあげろよ。

 あっさりしすぎだよ。

 もっとしゃべってあげろよ……って、なんだよ、なんで俺が鈴木を応援しなきゃならないんだよ。

 あぁ、他人事ながら汗が出てくる。

 鈴木、大丈夫か?

 鈴木は「さようなら」と返し、帰っていく彼女の後ろ姿を、未練たらたらで見ている。

 そうか、あの子は鈴木の彼女ではないんだ。

 初めこそ面白がって見ていた充だったけれど、段々とばつが悪くなってきた。

 今日は、一旦帰ろうか? 

 水色の彼女が信号を渡ったところで、鈴木が振り向いた――そして、近距離まで詰めていた充と目が合う。

 その瞬間、鈴木は充に心の底から嫌そうな顔を向けてきた。


「鈴木にもそんな顔ができるんだ。びっくり」

 鈴木の能面がはがれた。

 充の言葉に、鈴木はますます不機嫌そうになる。

「なにか御用ですか」

「ほんと、嫌そうな顔するのな。でもそうか、鈴木は俺に対してずっとそんな感情を抱いていたんだな。なんか、それってすごく」呉田はそこで言葉を切り、にやりと笑う。

「――ほっとしたよ」

「は? どういう意味ですか?」

 充の発言が意外だったのか、鈴木が聞き返してくる。

「いや、変な意味じゃない。ただの感想だよ。それに俺は、鈴木に嫌な顔をされるだけのことしてきた自覚あるから。鈴木への逆恨みとか、嫉妬とか。俺の心の中ではリアルタイムで続いているもん。なかなか直せないんだ。でも、それって全て自分の問題で、俺が悪いってわかってる。だからごめん」


 充は深々と頭を下げた。

 鈴木に頭を下げるのは二度目だ。

 前回は、鈴木の傷や自分がしてしまったことへの恐ろしさから頭を下げた。

 あの謝罪の裏には、充のずるさがあった。

 穏便にすませたいがために、謝ったのだ。

 充が顔を上げると、鈴木は困ったような顔をしだした。

「鈴木、勘違いしないでくれ。俺は、謝ったんだから許してくれとか、水に流してくれって言いに来たわけじゃない。鈴木は俺を許さなくていい。っていうか、鈴木の思うままでいい。前回来たとき俺は、いろいろとダメだったから。あらためてここに来たんだ」 

 

 転がりながら、失敗しながら。

 それでも、答えを模索し進んでいくしかない。

 充は青い柿だ。

 今はまだ、人を傷つけることが多い。


 鈴木の表情が、ふっと緩む。

「ぼくの一番は剣道ではなかったから」

 鈴木がぽろりと話し出す。

「だからといって剣道が嫌いだったわけでなく、剣道は好きだし、友だちもいたから剣道部はとても居心地がよかった。呉田先輩は、ぼくの剣道に対する姿勢をどういうわけだかすぐに見抜いた。福地なんかは、そういった意味では、いまだにぼくをわかっていないから。不思議な気がします」


 充は初めて鈴木学という人間と向き合った気がした。

 彼の心を言葉を聞き漏らすまいと、黙って聞く。


「ぼくは試合なんて、勝っても負けてもどちらでも良かった。打つべき筋が見えたとき、そこに打ち込まなくても、見えただけで満足する気持ちもあったから。周りの友だちと比べても、勝負に対する執着があまりないと気付いていた。温度差があった。呉田先輩に関しては、先輩はたしかに扱いにくく嫌な先輩でしたけど、それは剣道に関することだけだった。いろいろと外野は言っていたけれど、ぼくの認識としてはそんな感じですよ」

「……勝っても負けてもいいなんて、鈴木、おまえ随分だな。おまえの性格って、本当になんて言ったらいいのか。俺が求める『青春、汗、一致団結』とはかけ離れた、さわやかさのかけらもない、顔面詐欺もいいところだ。でもさ、そんなんなら、なんで夏合宿で俺相手に勝とうと思ったわけ?」

 鈴木の顔がサッと赤くなる。

「それは、個人の自由ですよ」

「は?」

「はい、もう謝罪も終わったことですし、帰ったらどうですか? うちの母親は呉田先輩にかなり怒っているんで、見つかると面倒ですよ」

 やはり、鈴木の母親の顔は地顔ではなく、充を睨んでいたのか。

 ほらほらと、さっさと追い返そうとしてくる鈴木に充は言い募る。

「でもさ」

「まだ、なにかあるんですか?」

「鈴木も片想いなんてするんだな」

 絶句する鈴木に、一本取ったと充は舌を出すと、勝ち逃げとばかりにとんずらした。



 夏の夕暮れを充は走る。

 

 充の柿は青く、心も青い。

 そんな自分を認めたら、靄のかかっていた目の前に、道がすっと見えた。

 でも、青いままでなんて、いるものか。

 いつか充なりの方法で、充なりの色を付けてみせる。


 それが自分がなりたい自分であると、充は今、そう思うのだ。



最後までありがとうございました。

いいね&ポイントをありがとうございます!

久しぶりに拍手も設置してみました。こちらも、よろしければ。


慶子さんと鈴木君の雰囲気が、書籍よりかな?

仲良しさんです。

呉田君のおかげで、夏休み中の慶子さんと鈴木君の様子をみなさまにお伝えできたので、これもまた面白いものだと思いました。


さて、次のお話は、6月の物語。

(以前、HPに載せていた物語と違う設定があります。そして、物語は全く違います。脳内で書き換えお願いします)


6月11日(土)朝7時スタート。全7話(でも、最後は2話掲載)


慶子さん大学編&鈴木君の京都生活超ミニミニミニレポート(笑)です。

剣道部のいつものメンバーも賑やかに、わちゃわちゃしています。

お楽しみに!

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