齟齬
魔王と勇者の最終決戦―― 崩れゆく魔王に最後の一撃を放とうとする勇者の台詞が、思わぬ混迷を呼ぶことになる
1.
これで終わりだ、魔王ヴァイゴール――
そんな声が聞こえて、ヴァイゴールは意識を取り戻した。
――ああ、少し――気絶していたのか。
最後に喰らった魔法が、効いたのだろう。
2回連続で飛んできたからなあ、そう思いながら立ち上がろうとしたヴァイゴールだったが、足に力が入らない事に気づく。
頭を動かすのも億劫で、目だけで足を見るとボロボロにささくれ立ったソレは灰色に変色しつつあった。
そうか――生命力を削りきられたか。
あと少しで――世界を手に入れられたものを。
世界を包むお前の闇が――今こそ打ち払われる
続けて聞こえた台詞も、きっと自分に向けられたものだろう。
言うほど闇に包んでいたつもりはなかったのだが――
忌々しげに声のする⽅向を見たヴァイゴールの目に、漆⿊の剣を持つ男の姿が――勇者フェイトの姿が映った。
視界は既に霞みつつあり、剣と銀色の髪以外の特徴はよく見えない。
いずれ――それなりの男前なのだろう。
どうでも良いことだがな――自嘲気味に嗤いながら、ヴァイゴールは男に言った。
やるがいい――勇者フェイトよ
ククク…
だが、ひとつだけ教えてやろう
「深淵の選別」を経たお前もまた――我と共に墜ちることになる
人の心に――闇がある限りな――
正直、「深淵の選別」というのが具体的に何なのかヴァイゴールは知らない。
人間どもが何をしているか、ましてやそれに何と名付けているかなど――知ったことではない。
まあ、今のありさまを見るに、もう少し知っておいても良かったか。
――ヴァイゴール様と同質の力を得る儀式のようです――
四天王のうちの誰かがそんなことを言っていたような気もするが――聞き流していたのだ。
油断大敵とはこのことよ、と自嘲の笑みが増したのだが、フェイトはそれを挑発と取ったようだ。
悲壮感の滲んだ能く通る声が、魔宮殿の中に響く。
――承知のうえだ
この世界を闇から救えるのなら――闇に墜ちても構わない
大した男よ、ヴァイゴールは思った。
声に覚悟がある。
誰だったか、四天王の一人よりもよっぽど優秀な人材だ。
こんな奴が魔王軍に居れば――結果は変わったのかもな。
俯いたヴァイゴールの視界の端で、フェイトがゆっくりと剣を振り上げるのが見える。
同時に、怒りと悲しみの混じった声が降ってきた。
地獄で逢おう、魔王よ!
――これが、我の最後か
――野望の最後か
――だが、悪くは無かった
――こんな男に倒されるのなら、悔いはない
その時だ。
覚悟を決めたヴァイゴールの耳に、少しだけ素朴さを感じるフェイトの声が聞こえてきた。
まあ、地獄って5万由旬もあるらしいから、そうそう逢えないだろうけどな
――少し、間が空いた
5万由旬――?
傾げられるのなら、思い切り首を傾げていただろう。
きっと目も、少しだけだが丸くなっているのだろう。
ヴァイゴールが感じた違和感などおかまいなしに、フェイトは更に大きく剣を振りかぶった。
そんじゃいくぞ魔王
――待て、ちょっと待て
悔いはない、悔いはないのだが――
ヴァイゴールはフェイトを制止した。
潔い幕引きにはなりそうにない――
そんな予感がした。
2.
――待て、ちょっと待て
そんな台詞が口をついて出た事に、ヴァイゴールは自分でも驚いた。
我が、ちょっと待てだなどと――
なんだよ、魔王
制止されたフェイトは不機嫌そうに剣を下ろす。
⿊光りする⼑⾝が、少しだけ所在なさげに⾒えた。
一呼吸置いて、魔王は勇者に問うた。
――え、なんて?
既に勝敗は決しているからか、ヴァイゴールの口調からも威厳さは消えつつある。
何と言ったのかと問われたフェイトは、ほんの一瞬視線を左上に向けてから、口を開く。
この世界を闇から救えるなら――
いやその後だよ、地獄がなんたらって言ったろ
5万なんたらって言ったろ
ヴァイゴールは食い気味に言った。
闇うんぬんはどうでもいいのだ。
そんなことよりも――
ああ――5万由旬?
――何だその単位は。
1由旬がだいたい10Kmくらいだって
だからすげえ広いらしいぜ、地獄
いや、だから――
そんじゃま、地獄で逢おうぜ魔王!
待てったら!
こんなやりとりは、荘厳な魔宮殿にふさわしくない。
分かってはいるのだが、ヴァイゴールの口も自然と俗になる。
なんだよもう――
顔を顰めたフェイトが呆れたようにこちらを⾒ている。
――命乞いと思われているのかもしれない。
とんだ誤解だとヴァイゴールは思った。
この後に及んで命乞いなどするものか。
ただ――
――引っかかるんだよ
何が
ヴァイゴールの独白にも似た台詞に、フェイトは不思議そうに応える。
魔王は溜息を吐きたくなった。
こいつ、本当に分からないのか。
噛んで含めるように勇者に言ってやる。
あの、あのな、魔王ヴァイゴールだろ俺
おぉん
お前、勇者フェイトだろ
おぉん
お前の持ってる剣って――
ヴァイゴールが顎で――指で示す動きもできないほど消耗しているのだ――フェイトの持つ剣を示すと、フェイトはそれを、禍々しい髑髏の装飾が施された剣を掲げながら言った。
――不骸の魔剣・デュアルブリンガーだ
うわカッコいいな
もう魔王の口調でもなんでもないような気がするが、どうでもいい。
ここまでは――何の違和感もない。
――聞き間違い、か。
魔王はそう納得することにした。
何となくだが、拘泥するところじゃあないだろ、そんな気もしてきたのだ。
それがどしたんだよ
魔王の思いなど知るはずもなく、フェイトが剣を持ち直しながら問う。
いや、いいんだ
そこら辺を確認したかっただけだ
そこら辺ってどこら辺だよと聞き返されるかもと思ったが――
勇者は特に思うところはなかったようだ。
少し頷いたような仕草のあと、両手でデュアルブリンガーを振りかぶる。
そんじゃ――行くぞ魔王よ!
鉄野干食処でまた逢おうぜ!
待て、待て――っ
何だよ魔王
待てって
この待て王が
ええ――
フェイトの暴言に、ヴァイゴールは少しだけだが――悲しくなった。
それと同時に――
先が思いやられる予感がした。
3.
ヴァイゴールは頭痛がしてきた。
生命力を削られたのに、このうえさらに頭痛までするとは。
なんとなく損をした気分のまま、ヴァイゴールはフェイトに問いかける。
引っかからないのかお前
何が
てつや――かんじきしょ?
鉄の瓦がじゃんじゃか降ってくるらしいぜ
ええ――
それは――たしかに地獄だろう。
地獄ではあるのだが。
自分が落ちる地獄とは――少し違う気がしてならない。
困惑と戸惑いと違和感に見舞われている魔王に、勇者は漆黒の刀身を突きつける。
怖じ気づいたか、ヴァイゴール
運が良ければ――屎泥処で逢えるかもな
また――変な事を言い出した。
屎泥処はきっついぜえ、なんたって煮えたぎる糞にょ
もういいよ
合わせろよ
我慢できずに、ヴァイゴールは勇者の言葉を遮った。
そんな内容、こんな時に話してほしくない。
自分の口調だって魔王らしさは微塵もないが、そんなことより――
残り僅かな生命力を、こんなやり取りで消費するのが悲しい。
合わせる?
霞んでいた視界が、何故か元に戻りつつある。
クリアになった視界の中では、勇者フェイトが不思議そうにこちらを見ていた。
銀の髪、整った顔立ち、深い蒼色の瞳。
見た目は勇者として満点なのに、このものわかりの悪さは何だ。
つのる苛立ちを押さえながら、ヴァイゴールは勇者に言い聞かせる。
いや、あのな、お前の言う地獄な、さっきからなんでそう抹香臭いんだよ
引っかかるだろ
引っかかりばっかだなお前
いや、だってな、
このカリ王が
ええ――
フェイトの暴言に、ヴァイゴールは再び悲しくなる。
勇者の言う台詞じゃないだろ。
なけなしの生命力を使って嘆く魔王の心中などおかまいなしに、勇者は続ける。
合わせるの意味がわかんねえよ
いやエンボスとか言ってただろ、デュアルブリンガーとか言ってただろ
必死だ――
自分でそう思いながらも、ヴァイゴールはフェイトを説得する。
「ヴァイゴール」!
そんで「フェイト」!
な?
なのにおかしいだろが
おかしいか?
大叫喚ほどの罪じゃねえと思うけど
そこじゃねえよ
罪の軽重を言ってるんじゃねえよ
ヴァイゴールは泣きたくなった。
世界観を合わせろっつうの
せかいかん――
魔王の言葉を反芻しているのか、少しだけ首を傾げるフェイトに、ヴァイゴールはさらに畳み掛けた。
ファンタジーだろ俺ら
ああ、なるほど
お前の地獄観がおかしいだろ
たしかに
合わせろよ
そうだな
ようやく――通じた。
ヴァイゴールは安堵の溜め息を漏らした。
こんなに安堵したのは四天王が揃った時以来だ。
互いになんとなく居住まいを正した勇者と魔王が、再び対峙する。
漆黒の魔剣――その切っ先を魔王に向けて、勇者は能く通る声で言った。
この妖刀つらぬき丸で、お前の喉笛を掻っ切って
ちがうちがうちがう
ヴァイゴールはまた泣きたくなった。
全然通じていないじゃないか。
どうした魔王――
いや山元五郎左衛門
誰だよそれ
少し目眩を覚えながらヴァイゴールは反駁した。
地獄観のほうに合わせるなよ
ハレーションがでかすぎるだろ
そうかな
名前変わってたぞ俺
山元ヴァイゴール様~、とか呼ばれるかもな
病院の呼び出しみたいに言うなよ
ヴァイゴールの苛立ちは高まる一方だった。
こんなに苛ついたのは数百年ぶりだ。
まあ、世界観なんてどうでもいいだろ
お前が落ちるのがどんな地獄だろうと、かまわねえだろ
魔王の心中など知らぬとばかりに、フェイトは他人事のようにそう言った。
それは――そうなのだが。
どっちにしろ――お前は地獄に落ちるべきだろ
魔王のくせに仲間になったり善玉になったり――
そんなわけにゃいかねえだろ
どこか乾いたフェイトの言葉が、魔宮殿の中に冷たく響く。
それもそうかと――ヴァイゴールは妙に納得した。
随分とどうでもいいやり取りをしたような気がする。
もしかしたら、世界が終わる時もこんな感じなのかもしれない。
ドカンとではなく、グダグダと――
そんな予感がした。
4.
黒い輝きを湛えた刀身を眺めながら、勇者フェイトはまるで独り言ちるように呟いた。
てめえのしてきたことを考えりゃ――
出す反吐が足りねえよ
――そうだな
ヴァイゴールの行いが、世界に何をもたらしたか。
どれほどの命を奪ったか。
それを思えば、フェイトの言うことももっともだろう。
我がどこに落ちようが――
そこが地獄であればかまわぬだろうな。
どんな世界観の地獄に落ちるのか――
それをお前は
俺達は気にしなくていいんだよ
――そうだな
ちゃちゃっとやるぜ、山元
――ああ
ヴァイゴールは下を向いた。
もはや、首を支える力すら失くなりつつある。
項垂れた格好のまま、ヴァイゴールは呟くようにフェイトに告げた。
――頼む
ヴァイゴールは何故か可笑しかった。
何に拘っていたんだか――
これだけのやり取りをする力が残っていたのなら、反撃のひとつもするべきだったか。
無駄だと知りつつも――
剣を振り上げたフェイトが何か言ったようだが――
もはやヴァイゴールには聞こえなかった。
あと少しで――世界を手に入れられたものを。
否――
荘厳に散ることができたものを。
声にならぬ声で苦笑した時、黒い衝撃がヴァイゴールを貫いた。
それが――最後だった。
◼️
――さてと
レベル上げしんどかったなー
城に戻りたいとこだけど――
これじゃあなあ――
灰になって崩れゆく魔王の最後を見届けると、フェイトは気の抜けた声で独り言ちた。
視線の先には、喰らいすぎた闇を噴出し始めるデュアルブリンガーの刀身がある。
――こいつを手にした時から、1人旅は決まったようなものだ。
魔剣から溢れ出る瘴気は――近づく人間には猛毒としてしか作用しない。
1人で魔王を倒す羽目になったものだから、レベル上げの大変さといったらなかった。
恐れをなして逃げ出す魔物を背中側から切り伏せ、返り血を呑むように浴びて――
まあ、結果オーライだよなあ、世界を救うってのは――こんなもんだろ
魔剣の噴き出す闇を纏いながら、フェイトは乾いた笑い交じりに呟いた。
せっかく闇を祓ったんだから――こいつも連れていかねえとな。
落ちた先でも1人なのが――寂しいといえば寂しいか。
濃度を増す闇の中、ふと思い出す。
5万由旬かあ――
結構な広さだ。
逢おうぜとは言ったものの、逢うことはできないだろう。
いや、でも――。
もしも逢えたら――
闇はますます濃くなっていく。
話相手くらいには――
なれるかなぁ――
フェイトを包む闇が一瞬膨れ上がると、そのまま一点に吸い込まれるように消えた。
魔王を打ち倒した勇者の姿は――もうどこにも見えなかった。
魔宮殿の中に、誰かの小さな笑い声が――
響いたようだった。
(了)




