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暴君に愛された魔女  作者: 月内結芽斗
第1章

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7. ブラウニーと温室の花

 ペルリタが愛の告白を受けた次の日、ベルトランが皇帝に呼ばれて外出をすると聞き、ペルリタは妻としての役目を果たすべく、見送りをするために外に出た。


 ちょうど馬車に乗り込もうとしていたベルトランは御者に呼び止められ、促されるままに屋敷の方を振り返った。屋敷の入り口に佇むペルリタの姿に、ベルトランは驚いた表情を浮かべた。


「何かあったのかい?」

「えっいや、見送りにきただけで……」


 そんなことを聞かれるとは思わずペルリタはたじろいだ。伯爵家では、夫婦仲がすごくいいというわけでもなかったが、伯爵が外出の時はいつも夫人が外に出て見送っていたのだ。それが夫人のマナーだとペルリタは思っていた。


「何か間違ったことをしていたなら直すけど……」

「何も間違っていないさ! ただ嬉しくて」


 いつの間にか馬車にかけていた足を下ろし、屋敷の方に戻ってきていたベルトランがペルリタの手を掬い取る。何をされるのかペルリタは予想したが、されるがまま黙っていた。

 彼女の予想通り、手の甲にキスを落とされる。


「それじゃあ行ってくる」

「いってらっしゃい」





 ベルトランを乗せた馬車が通り過ぎるのを見守りながら、ペルリタは無意識に自分の手を撫でていた。彼女は昨夜、新郎が自分から取り組めたルールを思い出した。


 昨夜、夕食を終え、主寝室に戻った二人だったが、ペルリタの心は大波の如く荒れていた。結婚式を取り行ったわけではないが、二人はすでに籍が入っていて正式な夫婦だ。ペルリタはしばらく意識がなかったけれど、それはつまり今夜が、新婚初夜になるのではないか。


「あの、ベルトラン?」


 シャツを緩めていたこの部屋の主人がペルリタに向き直った。暗い部屋の中で微かに揺れる蝋燭の明かりがその顔を妖艶に照らしている。ペルリタは思わず息を呑んだ。


「私の寝室はどこ?」

「え?」

「へ?」


 まさか本当にここで寝ろってこと? いや、結婚の覚悟はしたけど、こういう覚悟はしてなかった!


「君の寝室はここだよ。僕の寝室もここだ」

「や、やっぱり?」

「……君が心配してることはしないから安心して」


 無意識に爪を噛んでいたペルリタにベルトランが言った。その救いの言葉にペルリタは勢いよく顔を向ける。


「はは。同意なしに夫婦の営みはしないつもりだ。でも、振り向かせるために必要な最低限のスキンシップは許してほしい」

「それじゃあ寝室は別でもいいんじゃない?」


「新婚からそんなことをしたら僕たちが不仲だと思われるだろう? そうしたら美しいペルリタに余計なことをするものが現れるかもしれない」


 ベルトランの主張にペルリタは眉を上げた。

「ベルトランは、使用人たちを信用してないの?」

「……使用人が手を出さなくても、噂は思いもしないところで広がるものだから」


 噂は真実を欠くこともあるよね。

 そう言って笑ったベルトランにペルリタは顔を逸らした。自分が信じていた暴君の噂もまた、まったくの本当ではなかった。確かに噂は変な広がり方をすることがあるのだろう。


「だから寝室とスキンシップは許してくれるよね?」

 ペルリタは黙ってため息をついた。

 その了承のため息にベルトランが優しく微笑んだのだった。





「今夜はブラウニーを作るように料理人たちに伝えておいてくれ」

「ブラウニー?」


 執事長のトマスが侍女の一人に指示を出している声でペルリタは回想から意識を戻した。執事長はペルリタのすぐそばに立っていて、彼女の声に反応すると人当たりのいい微笑を浮かべる。


「皇宮に行く日は決まってブラウニーを用意するようにしているのですよ」

「なぜ?」


 ブラウニーはそこまで凝ったものではない。庶民でもたまに作ることがあるくらいの比較的安価なデザートだ。それをなぜわざわざ公爵家が作るというのだろうかとペルリタは疑問に思った。


「ブラウニーを食べるとストレスがなくなるように感じるとおっしゃっていましたから」


 確かに皇宮は、権力や策略に塗れ、ストレスだらけの場所だろうとペルリタも思う。なるほどと頷いていると、トマスがペルリタにティータイムはどうかと提案してきた。

 別にお茶の気分でもないと思ったペルリタだったが、トマスについて温室に向かった。





 トマスによって用意された紅茶を啜りながら、ペルリタは温室中を見渡した。色とりどりの花が綺麗に咲き誇っているが、どれも野生でよく生息している花ばかりで、公爵家のイメージにはそぐわない。


「もっと薔薇とか百合とかを植えているイメージだけど」

「奥様がそのようにしたいのなら庭師に言っておきますよ」

「えっそういうことじゃなくて!」


 公爵家の財力があれば、夫人の気まぐれな一言にも対応できるだろう。トマスは冗談だというように微笑んでいるが、ペルリタはどんなわがままも通ってしまいそうな環境に少し警戒心を抱いた。


「……そんなことよりトマス、ここに座って一緒に紅茶を飲みましょう」

 トマスは何度か瞬きをすると向かいの椅子を引いた。

「ではお言葉に甘えて」


 屋敷に来たばかりのペルリタにはまだ専属の侍女や護衛はついていない。ペルリタとの相性を見て決めるとベルトランが言っていたので、数日間寝たきりだったペルリタに合う人物は選べなかったのだろう。

 だからペルリタは昨日も今日も大抵、このトマスと一緒に行動していた。ベルトランの全幅の信頼を勝ち取っている人物のようで、ベルトラン自身がトマスにそばにいるように頼んだのだ。


 ペルリタはすでにトマスと打ち解けていて、椅子に腰を下ろす直前、以前からの友人のように二人は微笑みあった。

 温室は人払いがしっかりされていて中には二人しかいなかった。目の前に置かれたポットからペルリタはトマスのための紅茶を注いだ。


「さっそく本題なんだけど、ベルトランの呪いって何かしら?」





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