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暴君に愛された魔女  作者: 月内結芽斗
第2章

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19. 退陣


 ペルリタは特に気になった店もなかったので、本当に大通りを始めから終わりまで歩いただけだった。買ったものといえば、貴族向けのカフェに売っていたクッキーだけだ。


 通りの終わりについたとき、ペルリタは無意識に角の店に目を向けた。そこは伯爵家が運営している店だった。身内の癖で窓ガラスの向こうをチラリと確認した。華やかだった店内からは物がなくなっていて、いくつか木箱が置いてあるのが見えた。


 と、ちょうどそのとき、店内から一人の男が出てきて、ペルリタと目が合った。


 マリオだった。


 ペルリタが公爵家に嫁いだ夜ぶりの再会だった。いつも神経質そうな笑みを浮かべていたマリオの頬が少しやつれていることにペルリタは気づいた。


「……やあペルリタ、元気にしていたかい?」


 ここで元気にしていたと答えては、今大変なことになっている伯爵家の長男への嫌味になるだろうか、とペルリタは一瞬考えた。だから返答が遅れた。


「前よりも少しふっくらして、美しくなったね」


 マリオはこういう人間だったとペルリタは思い出した。自分の発言が嫌味になるかどうかを気にする必要なんてない相手だった。


「公爵家ではよくしてもらっています」

「それはよかった」


 マリオは笑みを深めた。本当によかったと思ってくれているのだろう。


 夫人は、ペルリタがテーブルに座ることを嫌がったので、ペルリタはいつも後ろで家族が食べ終わるのを待ち、余り物を口にしていた。女性陣の機嫌が悪い日には、家畜のようだと罵ってそれさえ取り上げられることもあった。そんな夜は決まって、マリオが厨房からパンやフルーツを持ってきてくれた。当然厨房から食材がなくなれば、使用人たちが怪しむ。ペルリタは何度も疑われたが、夜中どうしても腹が減るので勝手に取っているとマリオが嘘をついた。男の子なのだから食べ盛りなのはもっともだとみんな納得して、ペルリタは咎められることがなかった。


 伯爵家で唯一優しかった小心者のマリオ。ペルリタは彼を唯一家族として慕っていた。伯爵や夫人がペルリタを痛めるときは決して声をあげることをしてくれなかったが、しかし陰ながらペルリタを守ってくれていたのだ。彼女にはそれだけで十分だった。


 だから、マリオが今どうしているのか気になってしまった。


「兄様はその……、大丈夫?」

「ああ、新聞を読んだのかな。情けない話だけど、しばらく僕たちは帝都を離れることにしたんだよ。まあ自業自得だから仕方ない。タウンハウスの買い手も見つかったし、しばらくはそれでやっていけるさ」


 マリオ一人ならやっていけるだろう。けれどあの家には浪費家が三人もいる。長女だけが家を出ていることは幸いか……。自分によくしてくれたマリオにペルリタは何かできないかと思った。


「私に何か……」


 言葉が口をついたけれど、ペルリタは続きを言うことを躊躇った。伯爵家がこんな状況になったのは確かに自業自得だけど、公爵家のせいで貴族たちが融資をやめたっていうのも事実だ。今は公爵家にいる私が何かいうのは……。


「ペルリタは本当に気にする必要ないんだよ」


 ペルリタが作った間をマリオは埋めるように口にした。きっと事業がうまくいかなくなって、仕様がないから店を閉めようと言ったのはマリオだ。プライドの高い家族が納得しなくて、自ら店をたたむ支度をしているのもマリオが自分で始めたことだろう。


「店の中を少し見ていくかい? ペルリタもよくここに来ていただろう?」


 ペルリタは頷いた。確かにここにはお使いでよく来ていた。カリナが作らせた装飾品を受け取りにくることが多かった。


 店にいくつかあった木箱には紙が貼り付けられていてなかに何が入っているのかわかった。テーブルの上にはリストが書かれていて、「未」と書かれた文字の横に貴族たちの名前が記されていた。


「注文をしてくれていた客にどうお金を返すかが問題でね。みんな前もって払ってくれていたから、本当はできた商品を渡したいんだけど、そんなこともうできそうにないんだ。これからリストの貴族たちのところにいって相談するつもりなんだよ」


 ペルリタはマリオから目を逸らした。沈黙が流れた。建物のなかには細かい埃が待っていて、ペルリタの目にはそれがよく見えた。マリオが何かいいたそうにしている空気をペルリタは感じた。


「ねえ、ペルリタ、公爵に少しだけ情けをくれるよう言ってくれないかな?」


 ペルリタは顔を上げた。くまに囲まれたマリオの目はある種の慈愛に満ちていた。


「資金援助してほしいわけではないんだ。ただ貴族たちにこないだの父上の愚行は笑って済ませる些細なことだったといってくれれば、貴族たちも少しは……」


 どんどん小さくなる声はついには聞こえなくなった。マリオは申し訳なさそうに小さく笑った。


「……最善を尽くすわ」

「ありがとう」


 マリオは神経質に木箱の角を爪で引っ掻いた。それから窓の外に目を向け、「もう戻るいいよ」と言った。

 ペルリタはボンネット越しにマリオを一度盗み見てから、店を後にした。


 シルビアもちょうど店から出てきた。男も一緒に顔を見せるとペルリタに一つプレゼントを渡した。

 こぶりのエメラルドが連なって一本になっていた。聞けば髪から垂らして使うらしかった。


「公爵夫人をお待たせしてしまって申し訳ありません。ささやかですが、お詫びの品です」


 きっとこれをつけて夜会に出て、店の宣伝をしてほしいのだろうとペルリタは考えた。公爵夫人という立場はそれだけで社交界で注目されるから、当然ペルリタが身につけるものも見られるのだ。本当は要らなかったが、シルビアがいる手前有り難く受け取った。


 ペルリタは屋敷に戻るのがなんだか億劫になって、空を仰ぎ見た。




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