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暴君に愛された魔女  作者: 月内結芽斗
第2章

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18. 伯爵の来襲

 ペルリタたちはしばらくしてホールの方に戻った。それとなく見渡してみたが、伯爵はすでに屋敷をあとにしたようで、ペルリタは安堵のため息を吐いた。


 やっとホールに戻ってきた三人に、貴族たちはそれぞれタイミングを見計らって挨拶をしてきた。中には部屋に籠って秘密の会合でもしていたのではないか、商売事なら一枚噛ませてくれないかと遠回しにいってくる者もいた。

 それは、ペルリタが今まで参加したどんな社交界とも違った。今までは腫れ物のように、宝石のようにペルリタは遠巻きにされていた。それがこうして貴族たちの輪に入ることになって、実際に言葉を交わすようになると、社交界へのイメージが少し変わってくる。


 惚けて遊んでいるだけだと思っていた貴族たちのなかには確かに、ビジネスの場として、こういう機会を利用している者もいるようだった。


 会場の中央では、人々がダンスを踊っていた。ベルトランはペルリタと踊りたそうにしたが、ダンスに関してはまだシルビアから及第点をもらっていなかったのでペルリタはその期待を無視した。

 公爵が夫人と踊らない以上は、と他の貴族たちもペルリタをダンスに誘うことは叶わなかった。


 ペルリタはこれまでずっと美しいけれど自分たちよりは血筋で劣った人間だったはずだ。それが、公爵家に嫁いで強すぎる盾を手に入れた。貴族たちがその目にあったはずの軽蔑を隠していることが、ペルリタに形容しがたい感情を抱えさせた。


 学ぶことが多かった今晩の夜会だが、ペルリタはもう家に帰りたいと思った。そしてふと気がつく。

 私、公爵家を家だと思えているのね。

 嬉しいような苦しいような気持ちになって微笑めば、ベルトランが不思議そうにペルリタに目を向けた。


「疲れたかい?」

 彼女は首を横に振った。

「今日は散々だったね。まさか伯爵があんな愚行をするなんて思わなかった」

 二人のそばで付き添っていたオスカルの声が降ってくる。オスカルは意地の悪い笑みを浮かべてそうだとばかりに話を続けた。

「君たちはもう帰った方がいい。しっかり休んでくれ」


 周りには何人か他の貴族がいた。彼らがオスカルの話を聞きそびれるわけがない。興味津々な顔をして三人を見ていた。いったい今夜、彼らと伯爵の間に何があったのだろうか。貴族たちはそれが知りたくて仕方なかった。

 オスカルの狙いはそこにあった。帝国でも数本の指に入るクエンカ家の主人が口にした伯爵の名に貴族たちは警戒心を覚えるだろう。オスカルの短い言葉の中には、暴君と名高い公爵が怒るに値することが起こったのだと思わせる何かがはっきりとあった。


 貴族たちは少なくとも当面のあいだ、伯爵を避けるだろう。情報が命の貴族社会で伯爵が今後どうなるか。オスカルは観劇の続きを待つような逸りを抱えていた。

 ベルトランはオスカルが企むことがどう転ぼうと構わなかったし、ペルリタも父親にはある程度天罰が下るべきだと思ったので、これは都合がいいとばかりにオスカルに合わせることにした。家にも早く帰れそうだ、とペルリタは期待した。

 頬に手を当てて、最大限上品に見えるようにため息をつく。


「ベルトラン、お言葉に甘えてそろそろ帰りませんか? 主治医にも診てもらいたいですし」

「おや、夫人はどこか怪我でもなさったのですか?」

 話を聞いているだけだった貴族の一人が、ここで初めて口を開いた。ペルリタはその人に目を向けて小さく微笑んだ。

「たいしたことではないのですよ」

 これだけ言えば十分で、貴族たちは念の為早く帰って医者に診てもらうようにと促し始めた。


 ペルリタは作戦が成功したことに嬉しく思いながら、貴族たちに挨拶をしてベルトランと共に馬車に乗り込んだ。ベルトランがぴったりとペルリタにくっついていて、せっかくの広い馬車はその価値を発揮していなかった。


 ベルトランは改めて今夜のことを思い出して、怒りを覚えていた。招待もされていないのにやってきて、挙句の果てにペルリタに手をあげようとした伯爵にどう落とし前をつけるべきか、仄暗いことを考えずにはいられない。

 そして同時に彼はペルリタの気持ちが心配でならなかった。貴族の噂に疎いベルトランでも、ペルリタが伯爵家で虐げられていたことは知っていた。きっとたくさん嫌な思いをしてきたはずだ。だから絶対に伯爵家の人間は彼女に近づけない、割れ物のように大切に大切にすると誓っていた。それなのに……。


「ねえ、ベルトラン」

 横にずれようとしても腰をしっかり掴まれているペルリタは、無言のまま前を見つめていたベルトランに声をかけた。

「……なんだい?」

「狭いんだけど。それに暑い」

「そうか。窓を少し開けよう」

 ベルトランは長い腕を伸ばして、優雅な仕草で窓を開いた。これはもう屋敷に着くまで離してくれないなとペルリタは悟って、話を変えることにした。


「伯爵に言っていた約束ってなんのこと?」

 膝に降ろされようとしていたベルトランの手が宙で留まり、沈黙が馬車に落ちた。

「……僕が君に関するすべての権利を買い占める代わりに、金輪際伯爵家が公爵家や君と関わることのないように約束させた。二百万サールを払えば、君は完全に奴らから解放される。そういう約束だったんだよ。……だけど、それを伯爵は破って、君に手まで上げようとした!」


 宙に浮いたままだった拳は何かを潰そうとするように空を握りしめた。爪が食い込み、血が滴っていることに気づいたペルリタは、慌てて手を掴むと治癒の魔法をかけた。そしてもう一度、彼が自分を傷つけることがないように彼の一本一本、広げさせた。

 そこまでして自分の手を離そうとしたペルリタにベルトランは広げられた指をすかさず絡ませた。


「僕は自分のために、強引に君と結婚した。君に直接尋ねることもせず、金で君を買ったんだ」

 ペルリタの手に頬擦りをしながら、ベルトランは神を前にしたように罪の告白を囁いた。


 確かにベルトランはお金で私と伯爵家の縁を切った。それと同時に私をベルトランのものにした。でも私はあんなところにいるくらいだったら、まだ公爵家にこれてよかったと思う。ご飯は美味しい。寝床は暖かい。人は優しい。

 東の大国に行きたかったペルリタだったが、今はこれでいいと思っている。今はこれに感謝している。今までは我慢していた自分を守ってくれる人がいる。

 二百万というとんでもない金額にはモヤモヤが残るけれど、ペルリタはもうそのことに対して怒ることはできなかった。






「ナルバエス伯爵家事業に失敗。タウンハウスを手放す、ですって」

 朝食の席で新聞を広げていたシルビアが驚きで高くなった声を上げた。

「ナルバエスってペルリタの生家よね?」

 手を伸ばしシルビアから新聞を受け取ったペルリタは小さく頷いた。


 夜会からそれほど日数が立っていない。この短い期間でいったい伯爵に何があったのかペルリタは知らなかった。ベルトランはあまり関心がないようで、パンにバターを塗りながら、それを口に運んだ。

 新聞には詳しいことは何一つ書かれていなかった。ただ漠然と伯爵家が所有していた帝都の屋敷を二軒手放したということだけが書かれていた。

 ……伯爵たちは領地に戻るのかしら? 彼らが都会の暮らしを捨てれるの? まさか。


「ベルトラン、あなた何か知っているんじゃないの? こないだオスカルの屋敷で一悶着あったって聞いたわよ」

「……社交界を避けている叔母上がなぜそのようなことを知っているのです?」

「シルビアよ」

 シルビアはベルトランの質問には答えなかったが、しかし同じことを甥には何度も問うてくる。ベルトランはたまらずため息をこぼした。


「貴族たちの融資で成り立っていた事業の一つが潰れたってだけですよ。みんな一斉に投資をするのをやめると言い出したらしく、立ち行かなくなったのでしょう。もともと貴族頼みの運営だったようですし」

「あなたが何かしたの?」


「僕はまだ何もしていませんよ。オスカルは何やら仄めかしてましたが」

「まあ! あなたたちは本当に精神戦が好きよね」

「好きなのはオスカルですよ」





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