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暴君に愛された魔女  作者: 月内結芽斗
第2章

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18. 伯爵の来襲

「それじゃあ、簡潔にまとめて話してくれ」


 オスカルはこの場の司会者とばかりに取りまとめ始めた。もはや自分は聞き手に徹しようかとすら思ってきたベルトランは、先ほどまでの殺気など嘘のように、ペルリタの手に自分の手を添えた。


 オスカルは幼馴染の行動を視界の端で認めると、心のうちに微笑んだ。


 オスカルとベルトランが出会ったのは、ベルトランがまだ物につかまって立つのがやっとの時だった。オスカルの方がいくぶん年上で、兄のような役割も彼が担っていた。


 月日が流れ、ヴァレンティナ家に様々な災難が降りかかり、ベルトランが屋敷から出ることを拒み始めたのはベルトランが十三くらいのときだっただろうか。

 手紙のやりとりはしていたものの一向に顔を見ることを許してくれぬ彼に、オスカルが痺れを切らして公爵家に殴り込みにいったのは随分前の話だった。


 じゃれ合いではなく本気でベルトランを殴ったのは決して初めてではなかったが、死んだ目をした奴を見た瞬間、殴らなければ良かったとオスカルは思った。


 自分を見ようとしない相手に、オスカルはことの異様さに気がついた。事情を聞きたくても口を割らないベルトランに、オスカルは喉元過ぎれば、とばかりにまた殴った。いつもだったらやられたらやり返すのに、抵抗すらしないベルトランの代わりに、やっと現れた騎士が全部教えてくれた。


 呪い。


 ばれてしまったからには、と自分から色々話し始めたベルトランは、オスカルを不思議そうに見つめると、「お前は魂が汚れてないんだな」といった。


 失礼な奴だが、確かにどうして自分の魂は汚れていないんだ? とベルトランは思った。ベルトランを犯す呪いの基準がわからなかった。


 外に出ることを嫌がったベルトランに、オスカルは定期的に屋敷に通うことにした。

 二人で部屋に籠ってチェスやフェンシングをして過ごした。時には話をすることもあった。ベルトランが話すことは大抵、一人の少女のことだった。昔、数日だけ一緒に過ごした少女。その子はベルトランの想い人だった。女神のように崇拝していた。


 そんなベルトランが彼女を見つけた、と興奮して報告してきたのはいつだったか。すでに結婚まで済ませたといってきた。

 庶民だと思っていたのに、まさか相手が伯爵の婚外子とは。


 ペルリタとの再会を果たした夜、ベルトランは夜会を抜けて、伯爵のいるクラブに向かったらしい。公爵家お抱えの弁護士を引き連れ、事細かく決めた書類にサインをさせると、次の日の朝にはペルリタを公爵家に迎え入れた。一日でも早く自分のそばに置きたかったのかもしれない。


 弟のように可愛い幼馴染がこんなに恋に本気だとオスカルはこのとき初めて知った。

 大事な友が大事にしている女性は、自分の大事な友だろうとオスカルは考える。だから、ベルトランとペルリタに嫌な思いはしてほしくない。オスカルはワインを口に含んだ。今夜のワインは一段と美味しい。


 ワインが舌を掠める心地を味わうのは、伯爵が話し出すのを待つのに十分の時間だった。


「……娘は公爵家で上手くやれていますか?」


 伯爵の口から出たのは意外な言葉で、三人は一瞬呆気に取られた。この言葉だけを聞けば、娘を想う父親のようだが、その口元の歪みや瞳の不審な光からは打算的な何かが感じられた。


「私は妻を愛している。彼女のことを粗雑に扱ったつもりは今まで一度もないが……。君は公爵家で幸せかい?」


 ベルトランの言葉にオスカルは眉を上げた。質問に対して答えがずれていたからだ。


「大切にしてもらえてずっと幸せだわ」

 ベルトランに問われペルリタも驚くが、迷わず思っていることをいった。彼女の人生で、公爵家での日々は久しぶりの安楽だった。妻の微笑みにベルトランの口元からも笑みがこぼれた。


「……娘が幸せなら何よりです」

 伯爵も嬉しそうに頷いている。

「話は終わりか?」

「いえいえ。まだ少し」

「では早く本題に入ってくれないか」


 再びイライラしてきたのだろう。ベルトランの眉間の皺がずっと深くなった。


「ペルリタが公爵に気に入られているのは本当に嬉しいことです。これは、両家の友好の証になるでしょうな!」

「つまり?」

「……私は今、ある事業への参入を考えていまして、公爵には娘婿として是非とも資金提供をしていただきたいのですよ」


「事業というのは?」

「それはまた追々――」

「いくら?」

「ざっと百万サール」


 その額にペルリタが立ち上がった。厳しい表情で伯爵を睨み付け、拳は強く握られている。それはそうだ。百万サールといえば、庶民一人が一生不自由なく暮らしていける金だ。


 ベルトランはこれを聞いた瞬間口元に不気味が笑みを浮かべた。

 ペルリタは父親の図々しさを恥じて、ベルトランの方を見ることができなかったが、彼女が彼の顔を見なくて済んだことは幸いだったかもしれない。


「結納として渡した金はどうした?」

「……」

 伯爵は答えない。


「いくらですか?」

 艶のある低い声が静かに響いた。それは怒りを抱えた少女の声だった。真っ直ぐに父親を見つめながら、その質問はベルトランに向いていた。


「結納金はいくらだったのですか?」

 同じ質問がもう一度繰り返された。彼女のエメラルドの瞳には炎のような恐ろしさがあった。伯爵のそばに立っていたオスカルはその瞳に唾を飲み込んだ。




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