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暴君に愛された魔女  作者: 月内結芽斗
第1章

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2. 運命の音

 状況が理解できず、ペルリタはその場から動くことができなかった。ただアイスブルーの瞳を見つめ、その持ち主が口を開くのを、息を殺してじっと待っていた。


「君は……」

 男の小さな声は掠れていた。眉をひそめ、瞳を忙しなく揺らす彼に、やはりペルリタも動くことができない。

 どれくらいの時間が経ったのか、やっとの思いで動き出したのは男だった。

 彼は立ち上がると、間合いを詰めペルリタに近寄る。反射的に一歩後ろに下がったペルリタだったが、男の手が彼女の手を強く掴んでそれ以上離れることを許さなかった。


 男のアイスブルーの瞳がじっと自分を捕らえていると意識すると、先ほどまでには感じていなかった現実的な恐怖がペルリタを襲った。


 魔女だということがばれてしまった! 火あぶりにされる。本棚はちょうど彼の視線の先だもの。浮いた本がひとりでに棚に戻る所をしっかり見たに違いない。それに私の腕を掴んでくる彼の反応を見るに、見ていなかったという方がおかしいのよ。


 唇を強く噛み、ペルリタが男を見上げれば、彼の息を呑む音が聞こえる。何か言う代わりに彼はペルリタを上から下へと見下ろした。一言も発さず、黙って彼女を見つめているその美しい姿は、まるで生きていない彫刻だったが、その瞳だけは激しく輝き揺れていた。


 そうよ!

 今まで誰かが近づいてきて気づかなかったことなんて一度もなかったじゃない。魔法を使うときは周りに人がいないか十分注意していたし、今回も人の気配なんてまったくしなかった。そうね、人間じゃないんだ。この屋敷に住み着いている幽霊とか……。

 何を言っているの、ペルリタ! 目を覚まして。現実逃避している場合じゃないでしょ!


 ペルリタは今度は男を睨み付け、彼がしたように上から下までその姿を観察する。


 図書室の淡い光の中で存在感を示すアイスブルーの瞳は、なでつけられた漆黒の髪と対比され、まるで二つの星のようだ。くっきりとした輪郭は男らしいが、優しい少年の印象が不思議と少し残っている。前屈みになっていても彼女より頭一つは高いその身長は直立すれば、かなり高いに違いなかった。美丈夫とはまさに彼のことを言うのだと納得してしまう、そんな容姿だった。


「……あなた何者?」

 男はこの問いに一瞬たじろいだように見えた。しかしすぐにおかしなものを見るかのよう眉を上げる。

「君は僕を……いやなんでもない」


 その後は、どちらも何も言わないまま、時間だけが過ぎていった。図書室に置かれた時計の針が一秒毎に音を出す。繰り返し、繰り返し鳴り続ける音に、ペルリタの神経はどうしようもなく持っていかれそうになる。


「すべて見ていたのでしょう。もう好きなようにしてください」


 男は目を見開いた。そのせいかその瞳はさらに色を薄くしたように思えた。しばらく考えるように黙り込んだ男の唇が次に何を発するつもりなのか、体の強張りはさらに強くなった。


 彼が何を言おうと私が生き延びる道はないのだろう。


 そのとき不意に、あなたは誇り高き魔女なのよ、という母さんの言葉がペルリタの脳裏を掠めた。その言葉に自然と彼女の背筋が伸びる。


「……手を放していただけますか」


 男は反射的に掴んだペルリタの手を放し、「すまない」と小さな声で詫びを言った。意外なことに彼は彼女の態度に怒るどころか、物腰柔らかく謝罪をしたのだ。


 帝国の人間が魔女相手に謝罪をするなんて……。

 相手が魔女だということを忘れて反射的に言った言葉なのか、それとも魔女だということ自体気にしていないのか、図りかねる。

 後者だったらいいのに。……はあ、そんな都合の良い話あるわけないか。


「君はしばらくここにいなさい。……安心していい」

男が絞り出すように言ったのはそれだけだった。危うく聞き逃すところだったその声は、あまりにも小さく低すぎた。返事も出来ずに、その指示を呑み込んでいると、彼はさっと向きを変え、そのまま図書室を後にした。

 その後ろ姿を見つめながら、ペルリタは力なく膝から崩れてしまう。


 見られてしまった! 私が魔女だと知られてしまった! これからどうすればいい? 明日にでもこの国を出ていかなければ。彼が軍に報告すれば私は間違いなく連行され、火炙りだ。それしか方法はない。でも、どうすれば……。


 延々と考えていては埓があかないと、ペルリタが冷静になれたのは男が去って随分時間が経ってからだった。

 できるだけ早く逃げよう。途中で行き倒れても火あぶりよりはましよ。

 小さく拳を握りしめて、ペルリタは会場に戻った。





 会場内では、見る顔見る顔が高揚し、満足感に満ちていた。

 ペルリタの焦りはそんな彼らに促されるように高まっていく。とにかく今すぐにでもこの屋敷から離れたくて、彼女のエメラルドの瞳は忙しくマリアを探した。


 マリアは義兄と踊っていた。

 おしどり夫婦というわけでもないのに、楽しそうに微笑みあっている。これも貴族のある種の作法だ。

 二人が帰ろうと言わない以上、帰ることのできないペルリタは、どうすることもできず、誰にも声をかけられないよう、壁際に寄って、存在感を消した。

 愚かさが人の形をした貴族たちを見つめながら、ペルリタはただただマリアたちがこのパーティに飽きてくれるのを待った。


 貴族たちは政治の話、家門の自慢、誰かの噂話で絶えず盛り上がっている。それがまるで自分たちの会話の最上であるかのような顔。胸を張り、笑みを浮かべ、本性は見せない。愛想の良さだけが取り柄だというように、ニコニコと笑っている。

 会場には見たことのない貴族が何人もいた。もともと社交界に顔を出したことが片手で数えるほどしかないペルリタには当然のことだろうけれど。

 目が合ってしまえば彼らはまるで彼女を歓迎するかのように笑みを浮かべてみせる。


 こういう嘘くさい雰囲気は好きじゃない。


 貴族らが向けてくる視線はペルリタにも痛いほどに感じられた。不躾にチラチラと何度も見てくる人もいる。彼女が仕方なく会釈をすれば、彼らは顔を赤くしてその場から離れていく。

 自分は煌びやかな貴族社会でも顔だけで考えれば、一級品らしい。これは決してペルリタ自身が思っているのではなく、前にマダムの誰かが口にしているのを聞いた、受け売りだ。

 私が一級品なら母さんなんて女神よね、とペルリタは思う。


 貴族たちは、生まれがどんなに卑しくてもその顔が美しければ、その美だけは心から楽しむのだというを、ペルリタも数回しか参加したことのない社交の場で学んでいる。

 卑しいペルリタを図々しく見ていても、彼女は文句を言っては来られないし、という具合で、貴族たちは不躾に彼女の顔を鑑賞するのだが、彼らの視線を受ければ受けるほど、褒められれば褒められるほど、姉たちからのペルリタへの風当たりが強くなる。


 尊敬する母さんと似た容姿をいただいたことには感謝しているが、この貴族社会で今の身分で生きるには少々不自由だとペルリタは思っていた。

 そんなことを思っていたらふとある考えがペルリタに浮かんだ。


 他の人が私のことを見てくるのは、さっきの男が、私が魔女だと会場中に言ったからじゃないかしら!


 その瞬間不安がペルリタを支配したが、この考えは一瞬にして消え去った。貴族たちが自分に向けてくるのは相変わらず、好奇の目であり、嫌悪や不審の目ではない。それに図書室であったあの男は何故か信用していい気さえしていたからだ。

 彼はペルリタが魔女だということを誰にも言っていないだろうという不思議な自信がペルリタの中にわずかながら確かにあった。


 それでも念には念をと、警戒したペルリタだったが、パーティが終わるまで、取り押さえられ連行されるようなことは起きず、気づけばマリアに呼ばれて、彼女は姉の小言と馬車に揺られて屋敷まで戻っていた。


 生きてここまで帰ってくることができた。この屋敷にいられて嬉しくなるなんておかしな話ね。けれど念には念を入れなくちゃいけない。もしかしたらあの男は、今夜のうちに対魔女のための準備をしているのかもしれないのだから。


 自室に戻るなりペルリタは、侍女もいない部屋で鞄にできる限りのお金と最低限の衣服を詰め込んだ。

 明日、日が昇ると同時にこの屋敷から出て、どこか遠くの国に行こう。ここにいても明日の我が身は保証できないもの。

 部屋中を歩き回り鞄に入れるべき荷物をかき集めるが、仮にも伯爵家の娘であるペルリタの荷物は驚くほどに少なかった。伯爵からは令嬢としての威厳を保つための必要最低限のものすら与えられておらず、ドレスなどもお下がりばかりなので、ペルリタ自身が大切にしている「自分のもの」はこの部屋にはないのである。


 ペルリタは胸元にネックレスのように下がる指輪を握りしめた。これだけが命にも変え難いペルリタだけのものだ。

 やっと解放されるんだわ。


コンコン。


 不幸の中に喜びと期待を感じ始めたのも束の間、聞こえてきたノックの音は運命を引き連れて、ペルリタが自由を夢見るのを許してはくれなかった。




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