15. ティータイム(上)
帝都にあるタウンハウスのはずだが、公爵邸は広大で庭ももちろん広い。いったい領地の本邸はどれだけ大きいのだろうとペルリタはいつも不思議に思う。
入り組んだ道を抜け、バラが咲き誇っている温室に三人で入った。ここは以前ペルリタがトマスと話した場所とは違う温室だ。
三人の後ろをついって来ていた侍女たちが、お茶や菓子を用意しているあいだ、ペルリタたちは温室の中を見て回った。
「こういう場所はまったく変わらないわよね」
相変わらずペルリタと腕を組んでいるシルビアは、周りを見渡しながら言った。ベルトランは二人の後ろを静かについてきていた。
「建物は、私たちと違って時間が止まってるみたいにね。……ほら」
シルビアはよく育つ蔦を優しくはらうと、ペルリタに窓の柱に刻まれた絵を見せた。
「これ私が六つかそこらのときに描いたものなのよ」
よく目を凝らしてペルリタが見れば、何となく猫なんだろうとわかる絵が描かれていた。
「母が茶会でかまってくれなくて、ここの茂みに隠れて描いてたの」
今でも残っているものなのね、と笑うシルビアは小声でペルリタに伝える。
「実は屋敷中にこれと同じ猫隠れてるのよ」
秘密だとばかりの態度だが、地獄耳のベルトランには丸聞こえで、屋敷の主人は後ろで小さく笑った。
「ペルリタ、今度一緒に探してみないかい? 宝探しみたいで面白そうだ」
まさかの宝探しの提案に、ペルリタは眉を軽く上げて考えた。そして小さく笑って頷いた。
「お茶の準備ができたみたいだから戻りましょうか」
シルビアは貴族とは思えない性格をしているところがあったが、それでも生粋の名家の娘なのだということは誰の目から見ても明らかだった。お茶と菓子が用意されたテーブルを囲み、ティータイムを囲む三人の中で、誰よりも姿勢良く、自分のお茶を飲んでいる。
お茶に砂糖をたくさん入れているからか、シルビアがお菓子に手を伸ばすことはなく、ペルリタは目の前のクッキーに手を伸ばして良いのかわからなくなって、シルビアを真似て、カップを口に当てた。
「ペルリタ、君の好きな菓子もある。いくつか取ろうか?」
失礼にならない程度に、シルビアに視線を送っていたペルリタの様子にベルトランは気づいたのだろう。自ら手を伸ばし、皿にシェフ一推しのフルーツケーキとチョコクッキーを載せて、ペルリタの前に置いた。
「ありがとう」
シルビアは親睦を深めたいくらいの気持ちで、このティータイムを過ごそうと提案したのかもしれないが、ペルリタはそれなりに緊張していた。紅茶を飲みだしてからシルビアは黙ってしまったし、きっと、この瞬間にも彼女は自分を採点し、評価しているに違いないと思ったからだ。
だからいつもよりもなるべく優雅に見えるように、軽く首肯してベルトランに礼を言った。それからクッキーを一つ口に含み、小さく微笑めば、シルビアは満足そうに頷いた。
先ほどからシルビアは特に何も話さずに、紅茶のおかわりを頼むばかりだ。すでに三杯目に口をつけているシルビアを他所に、ベルトランは見るからに緊張しているペルリタを気遣うことに忙しかった。
「ペルリタ、椅子の座り心地が悪いなら、僕のものと交換するかい?」
「……いいえ」
それから二人も黙りこみ、三人の間で沈黙が流れた。シルビアは特にこの場を借りてペルリタを審査する気などなかったのだが、ペルリタの態度にむしろ審査した方がいいだろうかという気になってきていて、とうとうカップを置くと口を開いた。
「こういうとき、話を振るのも立派なレディの努めよ」
この言葉にペルリタはしばらく考えこんだ。咄嗟に何か出さなくてはならない。ここはゲストのシルビアのことを聞くのが一番だろうか。
「叔母様は、今までどちらで生活していらしたのですか?」
この言い方で合っていたのか、ペルリタはシルビアの方に顔を向けた。シルビアは、叔母ではなくシルビアと呼ぶようにと最初に咎めると、「とにかく」と続けた。
「ここ最近はずっと公爵家の領地にある自分の屋敷に住んでいたわよ」
「……。そっそちらは公爵家の屋敷とは近いのですか?」
「それほどでもないわね。ねえ、ベルトラン、どれくらいかしら? 馬車で大体一時間くらいかしら?」
「晴れていればそれくらいでしょうね」
「では雨だったらもっとかかるのね」
ベルトランも自然と話に入ってくる。
ペルリタは、今シルビアが実践的なやり取りを通して、会話の方法を教えていることを理解した。複数人で輪になっている中で、誰かを変にのけ者にしないように、うまい具合に話を振るのも大切なのだろう。シルビアは今、距離を聞くことで、ベルトランを会話に入れたのだ。
「雨でも駿馬を使えば同じくらいで着きますよ」
「でも雨のなか駿馬というのも怖いじゃない?」
「確かに雨の日の外出で重要なのは馬より、馬車かもしれませんね」
ベルトランとシルビアが流れるように会話を続けている。ベルトランがこんな軽いおしゃべりをしていることにペルリタは頭の片方で驚きながら、もう片方で次の話題を考えた。
「旦那様は領地の屋敷に残っていらっしゃるのですよね」
「えっ?」
ペルリタの質問に、シルビアは驚いて素っ頓狂な声を出した。ペルリタは何か失礼なことを口にしたかと内心焦った。
長かったので、中途半端ですが一度ここで切ります。




