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14. ベルトランの叔母

お久しぶりです!長らくお待たせしました。

キリの良いところで章を変えたいと思ったので、ここから2章に入ります。

 皇帝との謁見を終えてからの二週間、ペルリタの生活にまた少し変化が起きた。


 ペルリタ専属の侍女が決まったのだ。一人はカミラだ。ペルリタと彼女とは仲良くやれていて、カミラ本人の希望もあったため、彼女が専属筆頭に決まった。カミラは個性の強い女性だ。本来侍女は、仕事のあいだ個性を消して主人のために働くべきだと言われているけれど、彼女はそれをしない。なので他の侍女は、ペルリタだけではなく、カミラとの相性でも選別された。


 決まった他の侍女たちは偶然にも、ペルリタが倒れたあと、代わる代わるでずっと介抱してくれていた侍女たちだった。二人はフリアとマリサといった。

 ペルリタも面識のある彼女たちが専属になってくれて喜んだ。


 侍女たちは全員歳若く、ペルリタの気さくに話したいという思いが理解できたので、ペルリタの侍女としてはもちろん、話し相手にもなってくれた。

 ただカミラを除いた二人が服やメイクに興味があるなかで、ペルリタはそこには疎いところがあるし、薬草の話をしても若い二人はおもしろくない。まさか故郷の話をすることもできないし、ペルリタは婚外子で伯爵家で冷遇されていたことは、侍女二人も知っていたから、気を遣って実家のことは聞かない。結局ペルリタは、二人が楽しく話すのを聞くだけだったし、それに満足していた。


 もう一つ、この二週間で大きな変化があった。

 ペルリタの家庭教師を務めるために、ベルトランの叔母がやってきたのだ。






 屋敷に馬車が到着したとき、ペルリタは図書室で調べものをしていた。そんな彼女をベルトランが迎えに来た。

「ペルリタ、叔母上が来たみたいだ」

「ちょっと待ってて」

 ペルリタは椅子から立ち上がると、本を書棚に戻した。ペルリタの側にはカミラが控えていたから魔法を使って本を片付けることはできなかった。


 二人は玄関ホールに向かった。

 ホールには背筋の美しく伸びた女性が立っていた。足元に置かれたいくつかの荷物が運ばれていく中、彼女は天井を見上げ、精巧な造りの彫刻を眺めていた。


「この屋敷はまったく変わらないわね」

 彼女はぼそりと呟いたが、二人の足音が近づいてきたのに気づき、咳払いをしてペルリタたちが来る方に顔を向けた。


「あら、あなたがベルトランの想い人ね!」

 ベルトランにエスコートされたペルリタを見て、彼女は笑みを深めた。自分の目の前まできた二人を上から下まで見て、嬉しそうにする。

 ペルリタもベルトランの叔母に微笑み返した。相手は四十を過ぎたくらいで、アイスブルーの瞳を情熱的に輝かしていた。

 彼女はペルリタに抱きついた。貴族としてはマナー違反の挨拶にペルリタは目を瞬かせる。


「シルビア」

 ベルトランが嗜めると、叔母のシルビアは仕方ないとばかりにペルリタから離れた。

「やり直すわね」

 シルビアは自分の着ているドレスの裾を掴むとゆっくりと優雅に礼をした。ペルリタも慌ててベルトランから腕を離す。


「シルビア・カペルと申します。この度、公爵夫人の教育係を務めることになりました」

「ペルリタです。これからどうぞよろしくお願いします」


 たまに出る社交界でも姉たちはペルリタを誰かに紹介することをしなかったから、ペルリタは貴族女性の美しい礼を知らない。皇帝に会った時は、なんとかトマスとベルトランに助けてもらって、その場凌ぎの及第点の礼をしただけなのだ。


 だからこうして同じ女性貴族に礼をすることはペルリタにとって初めてと言って良かった。

 辿々しく緊張したペルリタの礼に、ベルトランもシルビアも微笑んだ。

「修行が必要ね」

 シルビアの清々しい指摘に、ペルリタは頷いた。


 シルビアは誇り高いレディであったが、同時に変わり者としても有名だった。貴族としての損得に興味はないし、世間の道徳や常識に、従うことは彼女のポリシーに反する。ベルトランの呪いのことも知っているし、だからこそ、ペルリタの秘密を知ったとしても、密告するような人間ではない、とベルトランは思った。そこで今回、ペルリタの教育係として、叔母が選ばれたのだ。


 目が合って、シルビアはしばらくペルリタのエメラルドの瞳を見つめた。

「ベルトランは幸運ね」

 シルビアはベルトランの腕を叩いた。


 前もってベルトランに聞かされていた通り、シルビアは確かに変わっていた。変わっているというのは、貴族としては、という意味だ。ペルリタの前にいる彼女は、とても自然で、ペルリタの知っている仮面をつけた貴族たちとは違う。礼儀は重んじるが、過度に身分や作法に縛られない。ペルリタはシルビアが好きになった。





 簡単な所作なら、名ばかりの貴族だったペルリタでもできることにはできる。公爵夫人に求められるのはそんな生優しいものではないことくらいわかっていた。


 皇女に会った時、どうすることが正解かもわからず、ベルトランをその場から離れさせることだけに必死になっていて、後々あの時の行動がどう響くかペルリタにはわからなかった。今後同じようなことは何度も起きるだろう。そのとき、変に動いて、自分が魔女だということがバレないとも言い切れない。

 それではだめだとペルリタは思った。


 そこで前から話には上がっていたペルリタの教育係を本格的に探してくれるよう、ペルリタはベルトランに頼んだのだった。

 ベルトランもペルリタに教育係をつけるつもりでいたので、これには快諾を見せたけれど、内心、少し寂しさを感じた。もしペルリタが教育によって、「貴族」のようになってしまったらどうしようと思ったのだ。


 帝都には現役を引退した婦人たちで、レディ教育に積極的に関わっている貴族は多い。その人たちに頼むのも可能性としてありえたが、ベルトランは人材を書類で確認して、首を横に振った。

 公爵家には秘密がたくさんある。今でも屋敷に入れるものを厳選しているのだから不用意に新しい人間を入れるのも憚られた。

 そのとき、ベルトランは手紙の山の中に叔母の名前を発見した。

「……叔母上がいいかもしれない」


 ベルトランはすぐに叔母に手紙を書き、シルビアは快諾の返信をして、二週間以内に到着することを伝えた。

ベルトランは、ペルリタに叔母にお願いしたと伝えたとき、こう言った。


「彼女は芯からの善人で、魂が綺麗だから、きっと君にもよくしてくれる。マナーを学ぶとかそんなふうに気負わずに、気分転換くらいに思ってくれたらいいよ」

 それはレディ教育を受けようとするペルリタのために言える、ベルトランの最大限の励ましだった。






「そうだ、ペルリタ。外でお茶でも飲みましょう! 天気が良いでしょう?」

 名案だと手を叩くシルビアの瞳はキラキラと輝いていた。

 ベルトランと初めて会った時に見たあの凍つくような氷の色ではなく、光を浴びて反射する湖畔のような色に、ペルリタはほんの少しのあいだ魅入った。


「それにしても領地にして欲しかったわ」


 シルビアはペルリタの腕に自分の腕をすでに絡めていた。お茶会をする気満々だ。二人横に並んで初めて、ペルリタはシルビアが小柄であることに気がついた。


「仕方ないではありませんか。今は社交シーズンなんですから。帝都にいないと」

「そうは言っても、あなた社交界にはほとんど顔を出さないんでしょう? だったら地方にいても問題ないじゃない」

「……シルビア」

「責めているわけじゃないから、そんな顔しないで。ただ、帝都は私の体質に合わないのよ。まあここの庭は好きだけれどね」


 シルビアはそこで言葉を切ると今度はペルリタを覗き込む。


「ペルリタ、この子との生活は骨が折れるでしょ? でも心配しないで! しばらくは私もここに滞在するから、きっと楽しくなるわよ」

 彼女はペルリタの手の甲を優しく何度か叩いた。

「じゃあ、庭に出ましょうか」

 シルビアに誘導され、ペルリタたちは外に出た。




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