謁見Ⅰ
五日なんて、すぐに経ってしまった。気づいてみれば、謁見の前に食事を摂る機会はもう残されておらず、テーブルマナーは日記を頼りに確認する以外にはない。時計が正午を告げる。そんな中、アリアがいつもよりも豪華な洋服を用意してくれていたのにも気づかなかった。
「ミユ様、今日はこれを着てください」
アリアが両手を広げてひらひらと揺らす白いワンピース――ううん、もはやドレスだ。それにはレースや刺繍がふんだんにあしらわれている。こんなに豪華なものを、私が着てしまって良いのだろうか。困惑していると、アリアは一度ドレスを置き、今度はコルセットを手に取る。
「あと、これもです」
「えっ?」
コルセットなんて、とっくの昔にヨーロッパで廃れたと思っていた。いや、ここは地球ではない、異世界だ。苦しい印象しかないものを着ける気には到底なれない。首を横に振り、どうにか拒絶する。
「やだ、それは着たくない」
「なに言ってるんですか。謁見の場なんですから、淑女たる者、着けないのは不敬に当たります」
「そんなぁ」
そんなものを着けたら、食事どころではなくなってしまう。後ずさってみるものの、すぐにテーブルにぶつかってしまった。
ここぞとばかりにアリアは私に飛びかかる。
「嫌ぁ!」
私の悲鳴は、アリアの耳には届いていないのだろう。それまで身に着けていたワンピースはあっという間に脱がされ、コルセットが容赦なく腹部を圧迫する。
この世界の淑女は、毎日こんな目に遭っているのだろうか。テーブルの縁を掴みながら言葉にならない声を発し、苦痛に耐える。助けを求めるように氷のラナンキュラスに目を向けても、花は相変わらず凛とした表情で佇むだけだった。
* * *
豪華なドレスとマント、纏められて小花を飾られた髪、化粧をした顔――どれを取っても日常とはかけ離れている。
「良いですか? ミユ様、開けますよ」
アリアの魔法陣で、一気に玉座の間の前までワープしてきてしまった。心臓は飛び出しそうなくらい鼓動を速めている。コルセットのせいで息苦しくもある。
心の準備なんて、一生出来ないだろう。それでも、頷かなくては前には進めない。小さく首を縦に振ってみせると、アリアの表情は緊張感を持ち始める。二人の衛兵が見守る中で、アリアはゆっくりと扉を押し開ける。光が隙間から溢れ、目が眩んだ。
そこはまるで外の風景をそのまま絵画にしたかのような、荘厳な部屋だった。全面ガラス張りの部屋の奥には、緑の玉座――この世界に争いがないからこそ、実現出来る空間なのだろう。
玉座に座っていた茶髪の男性は、私を見るなり立ち上がる。
「ミユ・デュ・エメラルド、だったな」
「お初にお目にかかれて光栄です、陛下」
自らの名ながら、ずいぶんと長く、大袈裟だな、と思う。名前のことは昨日、アリアに教えてもらったばかりだ。
アリアに言われた通り、ドレスを両手で摘まみ上げ、膝を折ってみせる。すると、国王――オズは「ははは」と大声を上げた。
「お初にお目にかかれて光栄だよ、魔導師様」
屈託のない笑顔を見せ、私とアリアに近づいてくる。そのグリーングレーの瞳は、何もかもを見通せるかのように澄んでいる。
「使い魔の君は、衛兵と一緒に出ていってくれないか。魔導師様と二人だけで話をしたい」
「かしこまりました」
これもアリアと打ち合わせ済みだ。王は私と二人きりになりたがるだろう。彼女の見立ては当たった。
アリアは私をちらりと見ると、オズに向かって一礼をする。控えていた衛兵と共に、静かに玉座の間から姿を消してしまった。
さあ、ここからが本番だ。王族の『愚かな行い』について、話をつけなくては。分かっているのに、どうしても緊張してしまう。
「こちらにどうぞ、ミユ」
「はい……」
差し出された手を取らないのも失礼かと思い、そっと右手を乗せた。すると、オズはその手の甲にキスを落とす。頬が高熱を発し始める。それを気にも留めず、彼はにこっと笑った。
「異世界からいらした魔導師様が、こんなに純粋だったとは。からかいすぎたかな?」
疑問形で終えられても困る。返事のしようがないではないか。その場で固まっていると、オズは私の手を引いて、正方形のテーブルへと向かう。私をそこに座らせると、彼も向かいの席へと腰を落ち着けた。
一時の沈黙が心を重くする。
「さて、本題だが……」
料理を乗せた皿とシルバーが宙に漂いながらテーブルへとやってくるので、注意散漫になってしまう。
「私に聞きたいこととは?」
オズの表情は穏やかなのだけれど、その目は真剣そのものだ。息を吸い込み、思い切って言葉を口にしていく。
「ルイス……『影』が現れたのはご存知ですよね?」
「ああ。エメラルドの民ならば、知らぬ者はいないだろう」
オズの顔から笑みが消えた。
「その『影』が言ったんです。『私を倒したとしても、王たちが愚かな行いを止めない限り、次なる私が生まれるぞ。必ずだ』って」
オズは「ほう……」と言いながら顎に片手を当てる。
「『愚かな行い』って何ですか? 仲間の……水の魔導師の命運がかかってるんです! お願いです、教えて下さい!」
「ミユはその水の魔導師様とはどんな関係なんだ?」
「えっ?」
「ただの仲間なのか?」
この問いには答えなくてはいけないのだろうか。答えたところで、『愚かな行い』には関係しない筈だ。意識しただけで頬が熱を帯びる。――ううん、オズが女性好きならば、宣言しておいた方が良いだろう。そう思い直した。
「恋人です」
「そうか。ただの興味本位だったが、面白い答えだ」
オズは満足そうに目を細めて笑う。




