別れの刻Ⅲ
やはり、周囲は白一色の世界――上下左右果てしなく続いている。目の前には神が四人、それにオニキス、五人が微笑んで佇む。顔立ちが私たち魔導師と同じだから、不気味に感じてしまう。そして横を見てみれば、右にはクラウ、左にはフレアがいた。アレクの姿はない。
「ミユ、意外と遅かったね」
「うん、寄り道してきたから」
『エメラルドに行ってきた』とはあえて言わなかった。咎められるという訳ではないのだけれど、雰囲気で分かってくれそうだったからだ。
クラウは「そっか」と言うと、私の手を握る。手が汗で濡れているからあまり触られたくはなかったのだけれど、気にしなくても良かったかもしれない。手首に触れた彼の手も濡れていたのだから。
しばらくして、淡い黄色の光が出現した。やっとアレクが到着したのだ。
「アレク、遅かったね」
「いや、オレの部屋、意外と汚かったからなー」
「意外じゃないよ。普段から綺麗にしないから、こういう時に困るんだよ?」
アレクは「悪ぃ」と頭を掻く。そのやり取りに、クラウと二人で「ぷっ……」と吹き出してしまった。一瞬和らいだ雰囲気も、トパーズの言葉で再び緊張感を持ち始める。
「オマエら、やり残したことはねーか?」
もう思い残すことは何もない。四人で顔を見合わせて頷いてみせた。
「じゃあ、君たちから魔力を奪うよ。当然、魔導師じゃなくなる。四人とも離れ離れになる。良い?」
サファイアの言葉に、再び四人で頷く。すると、私たちと神の間に五つの魔法陣が一斉に現れた。それぞれの色に呼応するように、クラウの前には青、アレクの前には黄色、フレアの前には赤の光の柱を有する魔法陣が神々しく輝いている。私の前には緑とグレーの光の魔法陣がある。
ガーネットは息を吸い込み、半歩前に出た。
「その魔法陣を踏めば、それぞれの国に帰れるよ。ただし……」
「ミユのは緑がエメラルド、グレーが地球に続いてるから間違えないでね」
ガーネットの言葉をエメラルドが引き継ぐ。
この一歩が私の人生を、クラウの人生を変えてしまう。二つの魔法陣を前に、私の存在が揺らいでいるような感覚がした。
「四人で最後に話したいことがあるなら今のうちだよ」
「そんな……」
急に言われても言葉が出てこない。焦りばかりが募る。しかし、アレクは違ったようだ。
「オマエら、ぜってー魔導師だった頃の記憶をなくすんじゃねーぞ! オレもぜってー忘れねぇ! こんなに良い仲間、他にいねぇだろ! ……クラウ、あんま無茶ばっかして、ミユを心配させんじゃねーぞ! ミユも未来を信じろ! その先にクラウがいる筈だ! 来世でまた逢おうな!」
捲し立てるように言うと、アレクはゆっくりと歩き出す。
「待って、アレク!」
「フレア、心配すんな。必ずオマエがフレアでいるうちに会いに行く」
ちらりと振り返ったアレクは笑っているように見えた。フレアの制止も聞かずに、アレクの足は魔法陣を踏む。その瞬間、目が眩むほどの光が放たれ、アレクの姿は消えてしまった。
「アレク……」
身体から力が抜けていく。両腕で膝を支えなければ、私の身体は崩れ落ちていただろう。
フレアは涙を流しながらも笑顔を作る。
「あたしが言いたかったこと……全部アレクに言われちゃった。二人とも元気でね。もう寿命を縮めるようなことはしちゃ駄目だよ」
「大丈夫、心配しないで。もし、またミユと出会えたら、絶対に幸せになる。勿論、無茶しないやり方で。フレアはアレクのことを待つんでしょ? 絶対に諦めたら駄目だよ。二人ともお幸せに」
気丈に振舞っているものの、クラウの目にも光るものがある。
「私も絶対に、二人のことは忘れないから!」
言葉に詰まり、こんなことしか言えなかった。堪えていた物がポロポロと溢れ出す。両手が塞がっているから、拭うことも出来ない。
「ミユ! クラウ! また来世で逢おうね!」
フレアは駆け出し、一気に魔法陣の中へと入った。赤の閃光が駆け抜ける。
「もうやだよぉ……」
別れたくなんかないのに。ずっと一緒にいたいのに。こんな些細な願いですら光の中に消えてしまう。
「ミユ、約束して欲しい」
不意にクラウの囁きが聞こえた。いつになく真剣な表情に、思わず生唾を飲み込む。
「……えっ?」
「もしスティアを選んでくれるなら、絶対に会いに行く。何年経っても、絶対に会いに行く。もし異世界を選ぶなら……俺のことは忘れて元気で生きてて欲しい」
クラウは聞かないのだろうか。私がどちらの世界を選び、誰と生きていきたいのかを。
「私が選ぶのは――」
「待って」
クラウは片手を出し、私の言葉を遮る。
「俺にはまだ覚悟が出来てなかったみたいなんだ。ミユがどっちの世界を選ぶのか……怖くて聞けない」
クラウは俯き、首を横に振った。その後、こちらを振り向き、にこっと笑う。
「大好きだよ」
そう言った彼の背中は段々と遠ざかっていく。遂に魔法陣を踏み、青い光の中へと消失した。三人がいなくなった空間で、たった一人立ちすくむ。
「どうしてあんなこと……」
最後にあんな台詞を言うなんて、絶対にずるい。私が地球を選んでいたとするなら、後悔に苛まれていただろう。
もう悲しむのはもう止めよう。新しい私の人生を始めなくては。両手を膝から離し、すっと背筋を伸ばす。二つの魔法陣を見比べて、息を吸い込んだ。
そこへオニキスの声が響く。
「一つだけ忠告だ。クラウに巣食った黒の魔導師を沈めるために使った寿命を縮める方法……その効力はただの人間に戻っても消えない。ってことは、ミユの寿命は縮んだままだ。それだけは覚えておいてくれ」
そんなことは、とっくに覚悟が出来ている。口を結んで頷くと、オニキスの吐息が聞こえた。
「さあ、ミユはどちらの世界を選ぶ?」
「私は――」




