別れの刻Ⅱ
「……そうだよね。その方が良い。アレクはどうでも良いとしても、フレアには一生会えなくなる。ミユだって、会えるとしても何年間探し出さなきゃいけないか分からない。そんなこと考えてたら明日になっちゃうよ。余計なことを考えないで、さっぱり別れよう。来世で逢えるって信じて」
「……オマエ、オレがどうでも良いってどーいうことだ?」
「そのまんまの意味だよ」
「オレだってなー、オマエと顔合わせなくても良いって思うと清々するけどな」
最後の最後まで喧嘩するなんて。まあ、二人らしいと言ってしまえばそれまでなのだけれど。
フレアは大きく溜め息を吐き、呆れた表情で二人を見る。
「もう……。最後まで喧嘩するんだね。普通はしんみりする場面なのに……せっかくの雰囲気が台無しだよ」
「うんうん」
思わず頷いてしまった。叱られた二人はしゅんとする。喧嘩のお陰で涙を流さなくても済みそうだ。悲しい感情なんて、どこかに行ってしまった。
黙々と食事をするフレアを見て、私もスープに手を伸ばす。男性陣もおずおずと食事を再開した。静かに時は進んでいく。
アレクの料理はどれも美味しい。これでアレクの料理を食べることが出来なくなるなんて。やはり寂しい。悲しい感情まで復活しそうだ。
「……どーした、フレア」
アレクの声が響く。
「四人で食べる最後の食事だって思ったら……堪え切れなくて。……ごめんなさい。湿っぽいのは嫌だって言われたばっかりなのに……」
フレアは両目から涙を溢す。何とかフォローしようと口を開きかけるのだけど、言葉が出ない。助けを求めようとクラウの顔を見上げる。すると、思いがけない物が飛び込んできたのだ。
「クラウ……何で泣いてるの?」
「やっぱり考えちゃうよ。アレクと喧嘩するのもこれが最後、フレアに呆れられるのも最後、こうしてミユに触れるのも……さっきから我慢してたけど、駄目だった」
言いながら、クラウは私の頭を撫でる。涙で濡れているとしても、とても愛おしそうな眼差しを向けて。
クラウはずるい。こんなことをするなんて。私の涙腺を刺激しない訳がないではないか。無意識のうちに涙がポロポロと零れていく。
「……オマエら、泣くんじゃねぇ! これが最後じゃねーだろ! 来世でぜってー逢える! それに、魔導師の力に頼らない新時代の始まりじゃねーか! 」
まるで説得力が無い。普段は絶対に泣かないアレクまで一筋の涙を流しているのだから。
結局、全員が泣きながら食事をする。先程までは美味しいと感じていた料理も、今は味が分からなくなってしまった。
食事を終えた後、各々自室へと向かった。今までお世話になった部屋を掃除するために。皆とは神様がいる、あの白い空間で落ち合う手筈だ。
手始めに窓を開けて床を箒で掃き、ベッドの上を整える。ドレッサーには何もないことを確認し、次は机へ。すると。
「あっ……」
スティアで書き貯めてきた日記が置かれていた。もしこれがダイヤにあったとしたら、生まれ変わった私が目にすることはないのだろう。魔導師ではなくなるのだから。それならば、せめて少しでも可能性のあるエメラルドの自室に置いてきた方が良いのではないだろうか。部屋の汚いアレクは掃除に時間がかかるだろうから、問題はないだろう。
後、来世の自分に宛てた手紙を書こう。愚かな行為に走らないように。戦争が起きたなら、臆することなく止めに入るように。
そうだ。エメラルドに行くのなら、アリアへの手紙も書こう。感謝とお詫びの印に。面と向かって話せなかったことまで書き出そう。
棚から便箋二枚と封筒を出し、万年筆で手紙を認めていく。出逢いから絶望そして幸せと、波乱に満ちた日々――思いの丈を込める。
書き終わると来世の自分に宛てた手紙は日記の最後のページに滑り込ませ、アリアへの手紙は丁寧に折って封筒にしまう。アリアに気付かれて部屋に入ってくる前に全てを終わらせよう。そう心に決め、ワープの体勢に入った。
光が消えて地に足が着くと、すぐに机へと向かった。日記とアリアへの手紙を机の上に並べる。そうこうしているうちに段々と足音が近付いてきていた。
急がなくては。彼女が来る前に。慌てて封筒に『アリアへ』と書き記した。
再びワープを試みる。光と浮遊感に包まれた瞬間、「ミユ様!」と叫ぶアリアの声が聞こえた気がした。
ここに来るのはクラウを救うため、エメラルドに会いに来た時以来だ。あの時同様、木々は鬱蒼と繁り、太陽の光を殆ど遮断してしまっている。前方には一際目立つ巨木が一本聳えている。とうとうこの時が来てしまった。皆と別れる瞬間が――。
巨木に空いている縦穴を潜り、中心に描かれている魔法陣を見据える。
“よく来たね、ミユ。魔法陣の中心に立って”
この声はエメラルドだ。一気に緊張感が高まってくる。手は汗でびしょびしょになってしまった。
生唾を飲み込み、ゆっくりと歩を進める。魔法陣に足を踏み入れた瞬間、下から淡い緑色の光が沸き起こった。眩しくて、思わず瞼を固く閉じる。
「もう目を開けても良いよ」
言われるがまま、恐る恐る目を開けていく。




