世界Ⅳ
窓の外を見たいと思ったのは私だけではなかったようだ。
「アレク、行こう。あたしだって、あたしたちが守ってきた世界を見たいんだから」
「あぁ、そうだな」
フレアとアレクは覚悟のある表情で頷き合う。
「じゃあ、窓を開けるよ」
クラウは窓に近付き、それを開け放つ。途端に凍えるような冷気と粉雪が勢い良く部屋へと流れ込む。
両手で肩を抱き、震えながら足を動かした。眼下に広がる御伽噺のような世界に大きく白い息を吐き出す。
城と城下町は深い谷に隔てられ、一本の橋が架かっている。城下町には赤い煉瓦造りの建物がひしめき合い、煙突からは煙も立ち上っている。暖炉か何かの煙なのだろう。その一つ一つに人々の生活があるのだと思うと感慨深い。
手すりには雪が積もっているので、素手で触る訳にもいかず、代わりにスカートを握り締めた。
「ミユ、震えてる」
ふわりとクラウの声が聞こえたかと思うと、後ろから抱き着かれた。心臓がとくりと飛び跳ねる。それなのに、不思議と恥ずかしくはない。
「この国に、私の居場所ってあるのかな?」
「それは俺が保証する」
キッパリと言い切る声に、酷く安心する。このままでは後先考えずにこの世界を選んでしまうだろう。駄目だ、落ち着け私、と自分を叱咤する。
「あの橋の向こうにさ、大豪邸が三つあるじゃん? あの一つが俺の実家」
クラウが指さす先には、確かにどの屋敷よりも一際大きな建物が三つある。そこにクラウの両親や姉が暮らしているのだ。まるで現実感がない。
「ミユにとって、ここが小説の中の話みたいだっていうのは理解してるつもりだよ。でも、この国の人たちはこの生活が現実で、ちゃんと存在してるんだ」
だから安心して欲しい。そこまでを読み取り、何度か頷いてみる。不安がないとは決して言えない。でも、クラウの誠意はきちんと伝わっている。
アレクとフレアがいる筈の空間を見てみると、二人の姿は既に消えていた。寒さに耐え切れず、部屋の中へと避難したのだろう。
「私たちも部屋に戻ろう? クラウが凍えちゃう」
「うん。ありがとう」
その温もりが離れ難くて、冷気にさらわれてしまう前に手を取った。私たちの微笑みを残してバルコニーを去る。
「やっぱり荘厳だね。雪景色の街並みって」
「あぁ。けど、寒ぃのに温けぇ気がしたな」
アレクとフレアは未だに窓の外を見詰めたまま、肩を寄せ合っている。
「早速だけど、氷像祭りの会場に行こっか。俺も今年は何を造るのか何も知らないから、結構楽しみなんだ」
「うん! 行こう〜!」
私の返事を聞くと、クラウはにこっと笑って魔法陣の作成に取り掛かった。何となくアレクとフレアの元に行き、話の輪に加わる。
「氷って、どうやって削るの? 一般の人じゃ、魔法だって使えないし」
「ノミとかじゃねーのか?」
「そっか、チェーンソーとかないもんね」
「ちぇーんそー?」
アレクとフレアは不思議そうに首を傾げる。
「うん。木だって真っ二つにする凄い機械が異世界にはあるんだ〜」
「木を……縦に真っ二つか?」
「う〜ん、縦はちょっと厳しいけど、横には真っ二つに出来るよ」
「凄ぇ……」
私にとっては当たり前な機械なのだけれど、見たこともないアレクとフレアにとっては驚異の機械だろう。感嘆の声を漏らす二人に、笑いを零してしまった。
「出来た! 皆、行こう」
クラウの声に振り向いてみると、床には先程とは違う文字の書かれた魔法陣が三つ並んでいる。会場には他に誰かいるのだろうか。出店などは並んでいるのだろうか。楽しい想像が膨らみ、堪らず魔法陣へと踏み込んでいた。
光と浮遊感が収まり、瞼を開ける。現れた光景に疑問ばかりが浮かぶ。
「まだ……お城の中? なのに、氷像がある……。なんで溶けないの?」
白一色の壮大な廊下に、抜けるほどに高い天井、豪華なシャンデリア、紺色の絨毯――どう考えても外ではない。しかも、部屋と同じくらい温かい。その廊下の壁伝いに、びっしりと氷像が並んでいる。これは氷ではないのだろうか。しかし、この半透明感と艶やかさ――氷で間違いはない筈だ。
「ミユ、お待たせ」
クラウが姿を現しても、ぽかんと見詰めることしか出来ない。
「……は? なんで城の中に氷像があるんだ?」
「寒くないのは良いけど……」
直後にワープを果たしたアレクとフレアも驚きを隠せないようだ。
「女王が溶けないように魔法をかけてるだけだよ。城の中の氷像は貴族ので、外のが庶民の。でも、今日は外は禁止だから、ここだけになっちゃった」
「なんだ、そーいうことか」
「あたしもびっくりしちゃった」
魔法というなら納得だ。実際に、溶けない氷のラナンキュラスをクラウから貰っているのだから。
四人で改めて氷像に目を向けてみる。ドラゴンに人物像、城や動物の氷像まで飾られている。北海道で見る氷像よりも一回り大きいだろうか。それなのに、城の外観や動物の毛並みまで見事なまでに再現されている。相当な技術だ。溜め息まで漏れる。
「皆、氷像祭りやスケート大会は全力で楽しんでるからね。審査だってあるし」
「飾るだけじゃないの?」
「うん。女王からの感想と点数が与えられるんだ」
つらい筈の寒さを楽しみに変えるなんて、逞しい人たちだ。ううん、生きる知恵が冴え渡っている、と言った方が正しいのだろうか。
家名とタイトルが書いてあるプレートと、タイトル通りに物語を表現している氷像を熱心に見比べる。




