世界Ⅲ
はらり、はらりと桜の花びらが舞い降りる。一枚は私の膝に、もう一枚はクラウの横髪についた。風流だなと思いながら、花びらを除けたりはしない。
「私たち、明日になったら離れ離れになるんだね」
「……うん」
「まさか、こんな日が来るなんて」
寄り添って花壇を眺めるアレクとフレアに視線が向き、自然と微笑んでいた。
「魔導師になりたて頃の俺は、なんでこんなものに選ばれたんだろうって自分を呪ったよ。でも、今は違う」
「あんなに大変だったのに?」
「うん。だって、ミユに出逢えたから」
一瞬にして頬に熱を持つ。クラウの笑顔があまりにも眩しかったのだ。
「アレク! フレア! ご飯にしよう」
「おう! なんか食いもんあるのか?」
「アリアが用意してくれた」
クラウが二人に声をかけると、二人は軽やかな足取りでこちらへとやって来る。振り向いたクラウの表情は、やはり柔らかかった。今一度私に微笑み、風に髪をそよがす。
ううん、見惚れている場合ではない。横に除けていたバケットを膝の上に載せた。
「それか? 中身はなんだ?」
「私たちもまだ見てないの」
三人の視線を感じながら、赤いチェックの布を丁寧に広げていく。中から現れたのは――パイだろうか。芳醇なバターの香りが食欲をそそる。
「キッシュか」
「ブランチには丁度良いね」
どうやら、パイではなかったらしい。口に出していればアレクに揶揄されていただろう。ほっと胸を撫で下ろし、一緒に収納されていた白い平皿にキッシュを二つずつ盛り付けていく。
「はい。これはクラウので、こっちがアレクの。これはフレア」
「ありがとう」
男性陣のキッシュは大きめのものを選んだつもりだ。アレクとフレアは少し間隔の空いたもう一つのベンチに腰掛ける。それを見届けて、クラウと二人で両手を合わせた。
「いただきます」
呟くと、顔を見合せて笑い合う。
フォークとナイフで食べた方が良いのだろうけれど、あいにくシルバーは用意されていなかった。丸いキッシュを両手で持ち、かぶりつく。具はほうれん草とベーコンだ。程よい塩味が口の中に広がる。
「温かくて良い場所だね」
「でしょ? 私のお気に入りなんだ〜」
私の、そしてカノンのお気に入りの場所である。カノンの名を出さなかったのは無意識だった。ただ、どこかで『私だけを見て』という気持ちが働いたのかもしれない。
警備のためか、衛兵が横切っていった。私たちを見ると、顔を強ばらせる。
「私ね、初めてここに来た時、衛兵に襲われかけたの。多分、今の人とは違う人」
「えっ?」
「ワープで逃げたから大丈夫だったんだけどね」
「良かった……」
過去のことなのに、今起きたことのようにクラウの顔は青ざめてしまった。そうして私を見る青い瞳は安心しているようで、怒っているようでもある。
「これからは、危険なことは絶対にしないって約束ね」
「うん」
自ら危険に飛び込みたいとは思わない。クラウに大きく頷き、もう一口キッシュをいただいた。
* * *
花壇も一通り見て周り、私も、他の三人も満ちたりた笑顔を見せる。見納めは出来た。エメラルドの風景に心残りはない。
「次はサファイアだったな」
アレクはクラウの旅のしおりに目を落とし、にかっと笑う。
「魔法陣、お願いね」
「分かってる」
フレアの頼みにクラウが笑顔で即答する。早速、クラウは魔法陣の作成に取り掛かった。サファイアではどんな風景が待っているのだろう。白い雪の中で輝く氷像――想像するだけでも冷気と心躍る期待が押し寄せる。
「サファイアって、ダイヤよりも寒いよね? あたし大丈夫かなぁ」
「寒いんならオレの胸の中に飛び込んで来りゃ良いだろ」
「クサい台詞……」
「……お?」
フレアが白けても、アレクはどこが間違っているのか分からないらしい。なんだか二人のやり取りが面白くて、一人で吹き出してしまった。
「俺抜きで面白い話でもしてた?」
「違うよ。アレクが言葉の選択を間違えただけだから」
「……ん?」
駄目だ。アレクが面白すぎる。ツボに入ってしまい、笑いが止まらなくなってしまった。それがクラウは気に入らないらしく、杖を消すと口をへの字に曲げた。
「俺には分かんないけど、とりあえず魔法陣は出来たよ」
「んじゃ、行こーぜ」
「そうだね」
アレクとフレアは何事もなかったかのように、魔法陣へと歩き出す。それでも私は笑いを堪えるので必死だ。
「ミユ、大丈夫?」
「はぁ……はぁ……。ふぅ」
ようやく笑いは止まり、何とか平常心を取り戻そうと胸を押さえる。
「移動出来そう?」
「うん、行けるよ〜」
クラウと頷き合い、一歩先に魔法陣の円を踏んだ。
移動してきたのは、サファイアのクラウの部屋だろう。整然と片付いており、ほのかに石鹸のような心地の良い香りがする。窓を見てみれば空は曇っており、ハラハラと粉雪が舞っていた。
春から冬へ――季節が逆戻りした。
「窓の外見る? 絶対に寒いけど」
クラウは釘を刺すように私たちの顔を見る。
「私は見たい!」
だって、ここはクラウが生まれ育った国なのだから。しかも、私がこの世界を選べば、暮らすのはこの国となるかもしれないのだ。寒かろうとなんだろうと、意地でも見たい。




