世界Ⅱ
朝焼けを見て涙を零したばかりなのに。また目頭が熱くなる。
「ミユがいたから、地震の被害はこの程度で済んだんだよ」
クラウは私の肩を軽く叩き、隣に並んだ。
「そうなのかな」
「あぁ。オマエがいなかったら、この街は壊滅してたかもしれねぇ」
私が現れたからルイスも生まれ、地震が引き起こされたと思い込んでいた。地震が起きてもただ逃げただけだと後悔していた。私は地震から民を守れたと誇っても良いのだろうか。
クラウとアレクの優しい言葉に、とうとう声が漏れる。
「う、あぁ~……」
立っているのも難しくなり、その場にしゃがみ込んでしまった。
「ミユが責任を感じることはないよ。やったのはあいつだから」
「また見に来よーぜ。そんなに可愛いんなら、フレアも喜ぶだろーしな」
「アレク、分かってるね。あたしは見てみたいな」
現実的に無理だとしても、その気持ちだけで嬉しい。
「来てね。絶対に来てね」
気持ちとは裏腹な言葉が口をついて出てしまう。三人は私が泣き止むまで傍で寄り添っていてくれた。
時とともに涙は消え、風が冷えた頬を撫でる。手すりに組んだ腕を乗せ、ほうっと息を吐く。
「ごめんね、泣いちゃって。ずっと後悔してたから」
三人は何も言わない。ただ、小さな笑い声が耳に残る。何かがそっと頭に触れた。
「皆、ありがとう」
「どういたしまして」
ただの呟きに、クラウは朗らかに返してくれる。
「んじゃ、ミユに城の中を案内してもらおーぜ」
案内と言われても、私は城の構造をほとんど知らない。連れ出せるとしたら、あの花壇くらいだ。
「花壇だけでも良い?」
「あぁ、どこでも良いぞ」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
先程と同じ要領で杖を出し、魔法陣を描いていく。途中、三人の会話はなかったように思う。あの色鮮やかな花壇を見たら、三人は何と言うのだろう。喜んでくれるだろうか。
私と同じように穏やかな気持ちになってくれたら良いな、とそこまで考えたところで魔法陣が描き終わった。振り向き、三人に笑顔を向ける。
「出来たよ」
「んじゃ、行くか!」
アレクとフレアは一歩先に魔法陣の向こう側へと消えていった。残ったクラウは私の方を見て一言呟く。
「ミユは俺にとって一番大切な人だから。いなければ良かったなんて、誰にも言わせない」
その言葉が胸に突き刺さる。私を完全肯定してくれた。温かさが、優しさが私の心に花を咲かせる。ぼんやりしているうちに、クラウも花壇へと行ってしまったようだ。私も行かなくては。急いで瞼を閉じ、転移した。
鼻をくすぐるのは金木犀に似た香りだ。赤、黄、白、ピンク――春に咲くチューリップやクロッカス、水仙にスイートピーなど、他にもたくさんの花が咲き乱れている。
「こりゃぁ見事だな……」
「ホントに綺麗……」
後ろ姿でも分かる。アレクとフレアは既に花に酔いしれていた。
クラウはラナンキュラスの花壇に駆け寄り、ちょんと花に触れる。
「あそことは全然違う……」
それは奇遇にも、私が初めてここへ来た時と同じ感想だった。クラウが言う『あそこ』とは、真っ白なベルフラワーが咲き誇るあの場所のことだろう。私は訳も分からずに心の中で口走った意味のない感想――恐らく、カノンの記憶そのものだ。
「綺麗でしょ?」
「うん、凄く」
風が吹き、髪を、マントを靡かせる。モンシロチョウが一匹やってきて、私、そしてクラウへと渡り歩く。
「アレク、フレア。ちょっとだけ別行動しない?」
「オレは良いぞ!」
「ミユも良い?」
私も少し二人きりになりたいと思っていたのだ。一度だけ頷き、クラウの笑顔を眺める。
「こんなに鮮やかな世界は、俺には少し眩しすぎるよ」
「サファイアって、一年中雪が解けないんだよね?」
「そうだよ。一面白だけの世界」
私は逆に、一年中雪の解けない世界を知らない。寒さの中で、心まで凍てついてしまわないのだろうか。そこまで考えて、それはないと気付いた。クラウの心があまりにも温かいからだ。サファイアもエメラルドのように逞しくて優しい人々が暮らしているのだろう。
「もしこの世界に残ったら、私も馴染めるかな?」
「それは俺がフォローするから。心配しなくても大丈夫だよ」
「頼りにしてるね」
気付かないうちに、私の選択は地球ではなく、異世界であるこの世界に傾き始めている。未だに両親の顔はちらつくけれど、私が人生をともに歩きたい人はと問われると、どうしても地球の人ではないのだ。
ううん、結論を出すにはまだ早い。実際にサファイアの地を見たことはないし、猶予も少しだけある。クラウに期待させてしまったなら申し訳ない。
「ちょっと木陰で休憩しない?」
「そうだね」
桜の咲き乱れる木の元へ移動し、白いベンチを見た。何やらバスケットが載っている。メモもしっかりと挟んである。
「ん~、『毒は入っていないので、しっかり食べてくださいね。アリアより』だって~」
トパーズでも、エメラルドでも使い魔の姿は見ていない。世界旅行の時だけは私たちの邪魔をしないようにという配慮だろうか。
「アレクとフレアが来たら、中身確かめてみよっか」
「うん!」
姿を見せないとしても、こうして裏から心配りをしてくれるので素直にありがたい。




