指輪Ⅱ
でも、自分の気持ちに嘘偽りはない。本人を前にして言うのは恥ずかしいながらも、想いを口にしていく。
「クラウってね? 自分で気付いてないかもしれないけど、私にだけ優しいの。すっごく一途だし、頑張り屋だし。何より、今の私を好きでいてくれてる」
これまで築いてきた絆を振り返ってみる。私は前世のことを何も知らないのにクラウだけは覚えていて、たくさん傷付けてしまった。カノンのことを思い出しても、私は自分の気持ちをカノンのせいにしていた。それなのに、クラウは私にまっすぐで柔らかな眼差しを向けたままでいてくれた。
思い出すだけで涙が出そうになってくる。
「俺は自分の気持ちに嘘は吐きたくないから。それだけだよ」
『それだけ』がどれほど心強かったか。この人はまだ分かっていないのだろう。
「クラウは私のどんな所が好き?」
声を出したりはせず、クラウは静かに瞬きをする。
「ミユは繊細で優しいんだ。芯は強いけど、脆そうで放っとけなくてさ。だからこそ、自分の言い分は曲げないじゃん? そんな短所だって好きだよ。仕草だって小動物みたいで可愛いし」
自分で聞いたくせに、いざ答えを聞くと照れてしまう。顔は真っ赤に染まっているだろう。左手を頬に当ててみると、ほのかに熱い。
それでもクラウの気持ちが嬉しくて、いつの間にか微笑んでいた。
「俺と出逢ってくれてありがとう」
「そんな、今すぐ別れるみたいな言い方は嫌だよ〜」
「それもそうだね」
クラウもひとしきり笑うと、天を仰いだ。
「そろそろ帰ろっか。アレクとフレアにバレて叱られるのも嫌だしさ」
そうだ、アレクとフレアには黙ってここへ来ているのだ。叱られるだけではなく、怒鳴られるかもしれない。
大きく頷き、そっと瞼を閉じる。浮遊感ではすぐに収まり、柔らかな温もりに包まれた。ベッドの上に横たわったまま、左手の小指で輝く指輪にキスをする。そのまま静かに視界を閉ざす。
私を愛してくれてありがとう。
* * *
鳥が目を覚ますよりも早く脳が覚醒した。窓の外は薄暗い。マッチに火をつけ、ランタンに灯りをともす。
なんてことだろう。昨日はあまりの幸せに、刺繍のことなどすっかり忘れてしまっていた。ベッドから飛び起き、着替えもせずにテーブルへと駆け寄った。針を持つ前に深呼吸をする。
落ち着け、私。心が迷えば糸も迷ってしまう。
手を揉みほぐし、ようやく針を手に取った。花だけでも朝のうちに終わらせたい。欠伸をしながらも、ひと針ひと針に集中する。
「ミユ! 起きて!」
「ひゃっ!」
突然のフレアの叫びに、針が宙を飛んだ。
「朝日が昇る前にトパーズに行くよ! 早く着替えて!」
そうだ。トパーズで朝日を見たいと言ったのは私ではないか。昨日のうちに刺繍を進めておけば良かったと後悔してももう遅い。
「すぐ着替えるね!」
慌ててテーブルに刺繍道具を置き、クローゼットから着替えを取りだした。
「アレクとクラウも起こしてくるね!」
「うん!」
曖昧に返事をし、ファスナーを外す。旅行の時くらい化粧をしたいけれど、そんな時間はないだろう。ブーツも履き、とりあえず会議室を目指す。三人もじきに来る筈だ。
扉を押し開けると、薄暗がりと静寂が広がっていた。
昨日もらったばかりの指輪に視線を落とす。光がないので、輝くことはない。でも、確かに身につけている感覚はある。右手で指輪の輪郭をなぞり、ほっと息を吐き出した。
今日、何があってもこの世界か地球のどちらかを選ばなくては。親や友人と離れるか、クラウと離れるか――私はどちらかを断ち切れるだろうか。
「ミユ、お待たせ!」
「もうすぐアレクも来るよ」
慌ただしい足音と共に現れたのはクラウとフレアだった。
「アレクってさ、俺が起こしても起きないのに、フレアが起こしたら起きるって現金だよね」
「そんなものでしょ」
フレアは笑って跳ね返すので、クラウは膨れてしまったようだ。眉間に皺を寄せている。
「きっと、たまたまだよ〜」
「そうかな」
フォローを入れると、クラウは首を傾げながらも機嫌を直してくれた。組んでいた腕も解かれる。
「悪ぃな!」
丁度良く、アレクも急いでやってきた。今しがた起きたばかりなのに、身支度はきちんと整えている。
「んじゃ、早速トパーズに行くぞ。早くしねぇと日が昇っちまう」
アレクはどこからか杖を取り出すと、床に魔法陣を描いていく。恐らく、トパーズのアレクの部屋に繋がるものだろう。
「俺、トパーズに行ったことないんだ。今から楽しみだよ」
「あたしもだよ。アレクの故郷がどんな所か、凄く興味ある」
クラウは素直に未知の土地に思いを馳せ、フレアは恋人の故郷に胸をときめかせる。そんな風に見えた。私だって、山岳都市は行ったことがない。胸が高なって仕方がない。
「……出来たぞ!」
アレクの声に振り向いてみれば、3つの魔法陣が淡い黄色の光を放っている。いよいよ世界旅行が始まるのだ。
ところが、フレアが焦りの表情を見せ始めた。
「……やだ! 旅行のしおり忘れてきちゃった!」
「は?」
「俺が持ってきたから。一枚あれば良いじゃん?」
「しょうがないかぁ」
フレアは一度は落胆したものの、妥協案に納得したらしい。小さく頷くと、魔法陣の中へと消えてしまった。
「オマエらも早く行くぞ」
「うん」
クラウと頷き合い、魔法陣の中へと足を踏み入れた。浮遊感に包まれる中でアレクの声が聞こえる。
「待ちに待った世界旅行の始まりだ!」




