タイムカプセルⅢ
アレクはフレアとは反対の席を見ると、何かを手に取った。
「ミユに頼みたいことがある」
なんだろう。首を傾げてみせると、アレクはクラウと目を合わせ、小さく笑う。
「コレが枯れないように、魔法をかけて欲しい」
アレクが緩く握っていたのは、四本の四つ葉のクローバーだった。フレアは不思議そうにアレクを見詰める。
「どうして四つ葉のクローバーが?」
「昨日、アリアに頼み込んで、夜のうちにエメラルドの人気のない草原に連れてってもらったんだ。ダイヤのは寒くて枯れちゃってるからさ」
晩餐会でのクラウの発言が思い出される。私に夜の予定を聞いたのは、アレクと二人でこっそりとエメラルドへ行くためだったのだ。暗い中、ランタンの明かりを頼りにクローバーを探すのはさぞや大変だっただろう。二人の努力が涙ぐましい。
フレアと二人で何も言えずにいると、クラウとアレクは明るく笑った。
「来世のためだけじゃねぇ。オレらにも思い出が必要だろ?」
「四人お揃いの思い出の物って、考えてみれば何もなかったんだよね」
言われてみれば確かにそうだ。四人で笑い合った記憶はあっても、形として残るものはない。
潤む目でテーブルに置かれたクローバーを捉え、片手を翳してみる。どうか、永遠に枯れないでいて。祈りは力となり、クローバーを光が包み込んだ。
「じゃあ、これはミユの指輪に」
クラウは魔法のかかったクローバーを一本手に取ると、そっと微笑む。
「ミユ、左手出して?」
「うん」
言われるがまま、ゆっくりと左手を差し出した。クラウはクローバーを小指に巻きつけると、キュッと結ぶ。緊張のせいか小指に変な力が入り、震えてしまいそうだ。
「俺の親指にも結んで?」
優しく手渡されたクローバーは、どこか温かみがあるように感じられる。差し出された左手の親指に、クローバーをしっかりと結びつけた。クラウはそれを愛おしそうに撫でる。
「オマエら、出来たか?」
「うん、出来たよ」
アレクとフレアの方を見てみれば、二人の指にもクローバーの指輪がはめられていた。
「これもタイムカプセルの中に入れよーぜ」
正直言って、埋めてしまうのは勿体ない。しかし、着けたままでいても魔導師を辞めた時にまで持っていかれるかと聞かれたら、返答に困ってしまうのだ。四人お揃いのものがダイヤに存在している。その事実だけで十分嬉しい。
そろりと指輪を外し、缶の中へと置く。四つ並んだ四つ葉のクローバーの指輪は、今までの絆をしっかりと示しているようだ。
* * *
こうしてタイムカプセルの中身は詰め終わり、蔦の元へとやってきた。アレクの手には『タイムカプセル』と彫刻された石が握られている。記憶をなくした来世の私たちもタイムカプセルを掘り出せるようにという願掛けを込めてのものだ。
「ちゃんとスコップは持ってきたな?」
「うん、持ってきたよ」
フレアと私は二つずつ持ってきたスコップのうち一つをクラウとアレクに手渡した。
「よっしゃ、掘るぞ」
アレクは息巻き、まずは雪を除けていく。数分も経たず、五十センチ四方ほどの空間が出来上がった。雪の下となっていた草は枯れている。
「コレを置いて……っと」
文字を正面にして、アレクは地面を穿つように石を置いた。そのお陰と言って良いのか、僅かに石が大地にめり込んだ。
四人で頷き合い、スコップを使って穴を掘っていく。缶の厚みが十センチ弱なので、十五センチくらい掘れば良いだろう。無心で穴を掘り、タイムカプセルを埋める準備は整った。
「入れ忘れたものはない?」
クラウの問いに、思いを巡らす。日記はダイヤかエメラルドの見えるところに置いておきたいし、フルートを埋めるなんて以ての外だ。あとは――考えてみたものの、思いつくものはない。
アレクとフレアも心残りはないのだろう。クラウに大きく頷いていた。
「じゃあ」
缶と蓋の間にテープを頑丈に巻いたものを、クラウは穴の中へとそっと静めた。今世ではもう見ることは叶わないものだ。しっかりと目に焼きつけておこう。
両手で丁寧に山にした土を元へ戻していく。これは喪失ではない。希望への橋渡しだ。悲しむ必要なんてない。
最後にアレクはスコップで持った土を均すと、「ふぅ」と大きな吐息をついた。
「後は発見してもらえるのを祈るだけだな」
「大丈夫だよ。来世っていっても、魂は俺たちのままだし。きっと見つけてくれるよ」
降り注ぐ日差しに目を薄めて天を仰げば、突き抜けるような青空が待っていた。この空の向こうにはカノンやリエル、ヴィクトとアイリスもいるのだろうか。貴女たちの未来を見守っているよ。そう言ってくれているような気がした。
「さ、戻ろうぜ。思い出作りはまだ終わってねぇからな」
アレクは楽しそうに口角を上げたまま、光に包まれる。後れを取るまいと、慌てて私たちもワープを果たした。
「後は何すっかなー」
「あっ」
席に着かないまま、フレアは小さな声を上げた。
「世界旅行のしおりを作らない?」
「おっ! 良いな!」
「あたし、紙とペン持ってくるね」
フレアは駆け足で会議室を去る。残された私たちも、気もそぞろにいつもの席へ腰を下ろした。
いよいよ明日は世界旅行なのだ。ワクワクするなという方が無理がある。
「エメラルドの見どころはあんのか?」
エメラルドをほとんど知らないであろうアレクは、興味津々といった様子で私に視線を向ける。
「私もあんまり詳しくは知らないんだけど、綺麗なガーデンならあるよ」
「ガーデンかー。綺麗なのは分かるけど、春の花は詳しくねぇからな」
「花を知らない人でも、落ち着ける場所だと思うの」
初めて訪れた私が転寝をしてしまったように。懐かしいな、などと思っていると、アレクは納得したように頷いた。
「トパーズはどんな所か分かるか?」
「それが全然分からなくて」
「トパーズは山岳都市なんだ。だから、頂上に建ってる城が天然の展望台みたいなもんだな」
山岳と聞いて、一番に富士山からのご来光が思い浮かんだ。そんなに神秘的な都市ならば、朝焼けを是非拝んでみたい。
「ここを出発するのって何時?」
「まだ決めてないよ」
「じゃあ、トパーズで朝焼け見てみたい」
「朝焼けかぁ」
クラウは思考を巡らせた後、扉の方へ振り向いた。フレアが戻ってきたのだ。
「何の話してたの?」
「ミユがトパーズで朝焼け見たいって」
席に着いて話の輪に加わったフレアは目を輝かせる。
「良いね。ロマンチックだよ」
「じゃあ、トパーズで朝焼けは決まり、だね。あとは……」
「ガーネットは最後にしねぇか? 時間ギリギリまでプールで遊びたいからな」
「賛成!」
旅行中よりも旅行の計画を立てている時の方が楽しいとは良く言ったものだ。『うん、良いね。楽しそう』から『いや、やっぱこっちの方が良いんじゃねーか? 昼飯はココで』など、話題に尽きることはなかった。




