雪原の向こうⅢ
クラウは唸り声を上げ、フレアは首を傾げる。
「確かに面白い話だったけど……」
「笑えるかなぁ」
「笑いを求めてたのか? んなの、オレに振るんじゃねぇ」
「えー……」
期待外れの回答に、クラウは文句があるらしく目を細める。アレクは彼を一瞥し、舌打ちをした。
「さっさと歩くぞ。すぐ昼になっちまう」
空を見上げてみれば、太陽は真上へ昇ろうとしていた。果てが見えるなら、昼までには辿り着くだろう。腹を据え、前方を見詰めた。
* * *
そうして私たちは辿り着いた。そこはまさしく『果て』と呼ぶに相応しい場所だった。数十歩進めば、断崖絶壁を拝むことが出来るのだろう。しかし、私にはそれほどの勇気はない。
「どうなってんだ!? コレ……!」
「世界が宙に浮いてるみたい」
目が眩んでしまいそうで立ち止まる私と寄り添ってくれるクラウを残し、アレクとフレアは更に前方へと進んでいく。
「アレク、気を付けてね」
「分かってる。簡単には落ちねーよ」
フレアの心配そうな声かけにも、アレクは余裕な笑みを見せる。本当に分かっているのなら良いけれど。私も内心でドキドキしながら、二人を見守ってみる。
「あれ?」
突然、フレアが声を上げた。
「イヤリングがない」
「……あのイヤリングか?」
「ない! どうしよう!」
慌てた様子で、フレアはきょろきょろと辺りを探し回る。フレアがイヤリングをしていたところなんて、見たことがあっただろうか。彼女は髪が長いから、ただ隠れていただけかもしれない。
「フレア、落ち着け。また買って――」
「あれじゃなきゃ駄目なの」
フレアはとうとう泣き出してしまった。両手で顔を覆い、その場にうずくまる。その時、崖の淵で何かが煌めいたように見えた。それは私だけではなかったらしい。
「なんだ?」
アレクはそちらへと手を伸ばす。その足元で、雪が舞う。地面の崩れる嫌な音を立て、アレクの身体は宙に投げ出された。
「アレクーっ!」
私たち三人の絶叫は、世界の終わりを意味しているかのようだった。大事な仲間がこんなところで欠けるなんて、絶対に嫌だ。それなのに、助ける術が見つからない。
「おい、嘘だろ!?」
聞き覚えのある男性の声が聞こえたかと思うと、眼前に黄色の光が現れた。眩しくて目を細めながら思う。これはワープだ。
光は瞬く間に消失し、横たわったアレクが姿を現した。瞼は閉じられているものの、呼吸は安定している。
「良かったぁ……! アレク……!」
フレアはわんわんと泣きながら、アレクの身体に縋りつく。彼の右手はしっかりと何かを握り締めているようだった。
そうだ、先程の声はトパーズのものだ。私たちの行動は神にしっかりと見られているらしい。
* * *
「このイヤリングね、あたしのひとつ前の前世で、アレクがくれたの」
アレクが握っていた、百合に似た小花のイヤリングは、今はフレアの手の中にある。彼女はとても大事そうに、愛しそうに視線を落とす。
「『どんなに先が見えなくても、絶望しちゃ駄目だ。オレらが生まれ変われたとしたら、またずっと一緒にいよう』って。アレクの前世が三十九歳の時だった」
私たち魔導師の寿命はおおよそ四十歳だ。亡くなる直前のプレゼントだったことは予想出来る。
「可愛いお花だね」
「でしょ? 花言葉は『また会う日を楽しみに』っていうの」
「『楽しみに』かぁ」
三人は来世に希望を持てていたのだろうか。私に知る余地もなく、切なさばかりが込み上げる。
「そんなに難しい顔しないで? こうやってまた会えたんだもん」
「……うん」
そうだ、私は絶望だけを生み出したのではない。私の誕生が皆の希望となれたのなら、それほど嬉しいことはない。
「それにしても、クラウが料理の手伝いなんてね。どういう風の吹き回しかなぁ」
「前にも一回あったよ? きっと、アレクと二人で話しておきたかったんだよ」
ジャガイモの皮が残ったポテトサラダを思い出すと、自然と笑えてしまう。フレアも笑いながら頷いてくれた。
「そうだ、刺繍は進んでる?」
「うん。あと花が二つと、葉っぱだけなんだけど……」
三日後までに間に合うかが分からない。急ピッチで仕上げなくては。ぎゅっと拳を握ると、フレアがその手に触れた。
「無理に仕上げることないよ。出来上がったところまで見てもらえば、それで良いんだから」
「でも、完成形を見せた方がって良いって言ったのはフレアだよ?」
「あの時はね。今は状況が違うもん」
確かに、あの時は魔導師を辞めろと言われる前だった。それでも、頑張りたいと思うのは間違っていない筈だ。
「出来るところまでやりたいの。次に見せられるのは……いつになるか分からないから」
一ヶ月後なのか、一年後なのか。はたまた今世なのか、来世なのかすら分からない。私がこの世界を選ぶとも限らないのだ。
「別れたくない。離れたくないよぉ……」
「あたしもだよ。ずっと四人でいられたらって、まだ思ってる」
駄目だ。これ以上考えると、涙が溢れてしまう。首を横に振り、何度か深呼吸をする。
と、そこへ昼食を持ってきてくれたクラウとアレクが登場したのだ。不思議なことに、顔を見るだけで安心出来る。
「クラウ~っ」
もう堪えることが出来ず、両目から涙が零れてしまった。クラウは両手に食事を持っているので、飛びつくことだけは避けた。
「ミユ、どうしたのさ。フレアにいじめられた?」
「どうしてそうなるの?」
フレアは腰に片手を当て、ぷくっと頬を膨らませる。
「フレアもミユにいじめられたら言うんだぞ」
「いじめないもん~……」
誰かをいじめるなんて、そんな陰湿な性格はしていない。アレクに腹を立てると同時に、やはり四人でいられるのが一番幸せだな、と実感するのだった。




