再会Ⅱ
フレアは一度、両手で水を喉へと流し込む。その後、小さな音を立てながらグラスを置いた。
「家族や友達を置いてきたミユの気持ちは分かる。分かるけど……あたしの中では、それじゃあ割り切れないの」
フレアが言いたいことは理解している。元の世界に帰ったら、クラウはどうするのだと問いたいのだろう。百年間も私を探し続けて報われないなんて、私だって間違っていると思う。
「私にとってはどっちも大事で、離れたくない人なの。どうしたら良いのか、私だって纏まらないよ」
「家族は結婚したら、いずれは離れるものでしょ? 友達だって、いつまで一緒にいてくれるか分からない。それなら――」
「分かるよ! 分かるけど……!」
どちらの世界を選ぶかで、私の一生が決まる。考えれば考えるほど分からなくなってくる。両手で顔を覆い、現実から目を逸らす。
「あの百年がどんなにつらかったか、少し想像してみて」
「フレア、止めろ」
突然聞こえたアレクの声に、呼吸を忘れそうになる。顔を上げてみると、じっとフレアを見詰めるアレクと、俯くクラウの姿があった。目は髪に隠れて見えなかったけれど、クラウの口が小さく開くのは見えた。
「フレア、ありがとう。でもこれじゃ、俺が惨めになるだけだよ」
「ごめんなさい……」
フレアも目を伏せ、そっと囁く。クラウとアレクは残っていた二つの麻袋を担ぎ、会議室を去っていった。
「聞かれてるなんて思わなかった。ミユもごめんね」
「ううん、私こそ」
ごめんなさい、と言いかけてやめた。私が謝るのは違うと思ったのだ。グラスを手に取り、ちびちびと口にする。その間に話題を探し、フレアに疑問を投げかけた。
「ガーネットの街ってどんな所?」
「えっ? 砂漠の中にあるオアシスの街だよ。なんて言えば良いんだろう。……そう、エキゾチックな雰囲気の街」
「やっぱりみんな優しいの?」
「うん、優しいよ。貴族とか庶民とか、身分関係なく仲良く暮らしてる。身分なんて、結局は過去の栄光だから」
そういうものなのだろうか。貴族という人たちを深く知らない私は、首を傾げるばかりだ。
「……って言っても、公爵家は別だけどね」
「公爵?」
「うん。王族と血が繋がってるから」
そう言われても、いまいちピンとこない。誰か知り合いが、その公爵なら話は別なのだけれど。そこまで考えたところで思い出した。クラウの父親が公爵だった筈だ。
「え……」
どうしよう。この世界を選んだなら一緒にサファイアで暮らそうとクラウに言われている。実現するかは定かではないけれど、そうなれば私も公爵家の一員ということになる。決断を下していない私が考えるのは早すぎるのに、頬は熱を帯びていく。
「……あ」
フレアもその事実を今になって思い出したのだろう。徐々に彼女の顔色は青ざめていく。
「ミユ、そういうつもりじゃないから! 公爵家の人たちだって、優しい人ばっかりだから!」
「うん……」
それはクラウを見ていれば分かる。フォローになっていない言い訳に、苦笑いをするしかなかった。
* * *
その日の夕食はチキンリゾットにローストポーク、ハンバーグと豪華なメニューだった。ケーキがなかったのが少し残念ではあったけれど、美味しかったし満足だ。料理を褒めた時のアレクのどや顔と、ポテトサラダを頬張るクラウの幸せそうな顔は忘れられない。
幸せの余韻に浸りながら椅子に座り、やりかけの勿忘草の刺繍と対峙する。
残されているのはあと三日だ。その翌日までに仕上げなくては。ハンカチに刺繍枠をはめ直し、鼓のように張っているかを指で弾いて確認する。
うん、大丈夫だ。ハンカチから垂れ下がった糸を針に通し、ひと針ひと針刺していく。
完成したら、クラウは何と言ってくれるだろう。「良くやったね」と褒めてくれるだろうか。リズム良く響く針の貫通する音を聞きながら、ぼんやりと彼の笑顔を思い浮かべる。
集中を切らしてしまったせいか、指先に鋭い痛みを感じた。
「いった~……」
幸い、血は出ていない。初心者が上の空で刺繍をするなということだろう。誰かに言われたのではないのに、思考を遮断してみる。つまずきながら進む針は、確実に花を形作っていくのだった。
* * *
その朝は穏やかに始まった。
小鳥の鳴き声に目を覚まし、伸びをする。ぼんやりとしながら窓まで歩き、カーテンを開け放った。今日は快晴だ。大地に広がる白銀は一つ一つがガラスの粒のようにキラキラと朝日を反射させている。
外の空気を吸いたくなったけれど、この様子では寒すぎるだろう。窓は閉めたままで深呼吸をし、踵を返した。
今日は四人で何をするのだろう。ワクワクしながら身支度を整えていく。
「ミユ、起きてる?」
マントを着け終えたところで、タイミング良くノックの音が響いた。この声はクラウだ。
「うん。入って大丈夫だよ~」
身体の前で手を組み、笑顔でクラウを迎え入れた。ハグを交わすと、彼は頭を撫でてくれる。
「今日の夜、使い魔たちとパーティじゃん?」
「うん」
「その時に、世界旅行を提案してみようって、アレクがさ」
「えっ!?」
確かに以前、私が「世界旅行をしたい」とは言った。まさか、現実になるかもしれないなんて。胸に込み上げる喜びを抑えるのに必死だ。




