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【完結・改訂版】呪いを解いた代償は、恋人の心でした~神に反旗を翻します~【第二部】  作者: 七宮叶歌
第19章 城下町

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城下町Ⅲ

 笑い声が重なり、商店街は小さな祭りのように賑わっている。壊れた屋根やひび割れた壁でさえ、人々の明るさの中に溶けてしまいそうだ。街はまだ、生きている。生きようとしている。

 女性に一つだけ、確認したいことがある。


「旦那様はどうしていらっしゃいますか?」


 出来ることなら、せめてもの償いに一言詫びたかった。罵られようとも構わない。

 女性は目を伏せると、小さく呟く。


「自室で養生しています。娘と遊ぶのが最近の楽しみなんです」


「お会いすることは出来ますか?」


 女性の目が僅かに開かれた。驚いたのだろうか、それとも困惑してしまったのだろうか。分からないけれど、快くは思っていないだろう。


「主人に確認してきます」


 目を伏せてそれだけ言うと、女性は店の奥へと消えてしまった。


「ミユ様、無理されていませんか?」


「ううん、私が望んでることだから。大丈夫」


「それなら良いんですが……」


 アリアは歯切れが悪そうに、口をへの字に曲げる。

 無理なんてしていない。今を逃せば、こんな機会なんて訪れないのだから。

 数分、いや、十数分、そこに立ち尽くしていただろう。女性は戻ってくると、すぐさま頭を下げる。


「申し訳ございません、主人はお会い出来ないと申しております」


「どうしてですか?」


「こんな姿を晒しては、魔導師様に罪悪感を与えかねないと」


 どこまで優しい人たちなのだろう。自分が酷く苦しいのに、私のことまで心配してくれるなんて。私がここで意地を張って無理に部屋へ押し入れば、余計に心の傷を広げてしまうだろう。


「では、絶対に元気になってくださいと、言伝をお願いします」


 お辞儀をし、微笑んでみせる。すると、女性もほっと胸に片手を当て、にこりと笑うのだった。

 そうだ、魔導師のみんなにも、善意の林檎を食べてもらいたい。籠に並んでいる真っ赤な林檎を四個拾い上げ、アリアが持ってきた麻袋へと詰め込む。


「この分のお代も」


「分かりました」


 アリアは女性に硬貨を握らせると、優しく微笑んだ。女性のグレーの瞳は徐々に潤んでいく。


「魔導師のみんなでいただきますね」


「ありがとうございます……」


「いえ、私はこれで失礼します。アリア、行こう」


 深々と頭を下げる女性に手を振り、その場を後にしようと足を踏み出す。そこでアリアの姿が消えたのだ。

 アリアが私を置いて、ここを去る筈がない。分かってはいるものの、実際、彼女はいないのだ。不安に苛まれながら周囲を見回してみる。


「ミユ様! こっちです!」


 声のした方を振り返ってみれば、青果店の向かいにいる筋肉質の男性に腕を引き摺られていた。


「アリア!?」


「魔導師様、是非うちの野菜ももらってください! 来ていただけなくては、従者はお返し出来ません」


「タダではいただけません! 買います!」


 慌てて、私を見詰め続けるアリアに手を伸ばす。しかし、男性はアリアから手を放してくれない。


「お代はいただけません! もらってください!」


「嫌です!」


 この世界では絶対に事件は起きない。この世界の人たちは、アリアを傷付けようなんていう悪意は持ち合わせていない。そう決めてかかった。

 譲らない私に、男性はあたふたし始める。


「これじゃあ、魔導師様に押し売りしたみたいじゃないですか。頼むから、もらってください」


「私は貴方の気持ちを受け取るためにも、買いたいんです」


 きっぱりと断ると、男性は力なく頭を垂れ、アリアを放してくれた。彼女が無事で良かった。今だけは、王たちの愚行にも感謝しよう。

 ジャガイモ、キャベツ、玉ねぎ、人参――どれも艶が良く、土の香りが残る野菜ばかりが並んでいる。ジャガイモに触れてみると、乾いた土が指についた。どれを購入すれば良いだろう。私の隣で野菜を食い入るように見詰めるアリアに、そっと声をかけてみる。


「どれを買ったら良いかなぁ」


「迷うくらいなら、全種類買ってしまいましょう」


「えっ!?」


 思わぬ答えに、声を張り上げてしまった。


「アリア、持てる?」


「それなら心配しないでください。魔法で小さくしますから」


 そうか、その手があったか。なるほど、と相槌を打つ。自然と笑顔にもなる。


「ここにある野菜、全部一つずつください」


 男性に微笑んでみせると、その瞳は見開かれた。


「ええっ!? そんなに買っていただけるんですか!?」


「仲間にも食べてもらいたいんです。エメラルドの野菜は、とびきり美味しいので」


 国王オズと私が存在している証である、エメラルドの自然の恵み――それを、どうしてもみんなで堪能しておきたかった。

 男性はボロボロと涙を零す。


「魔導師様直々に味わってもらえるとは……こんなに嬉しいことはありません」


「大袈裟ですよ」


 私が苦笑いをすると、男性は涙を拭うこともせず、眉間にしわを寄せた。


「大袈裟なんかじゃありません。私らは、貴女様と国王様のお陰で生きていられるんです」


 * * *


 両腕に抱えきれないほどの贈り物が積み重なっていく気がした。笑顔と一緒に差し出される善意が、胸を温かく、重くしてくれる。

 けれど、どうしてだろう。嬉しい筈なのに、私なんかが受け取って良いのかと戸惑ってしまう。


「ミユ様?」


 喫茶店は目前だ。魔法で小さくされた麻袋は、はち切れそうな程に膨らんでいる。それを片手に、アリアは首を傾げた。


「この世界の人たちは、温かいね。胸が焼けるくらいに温かすぎるよ」


 私に向けられるのは太陽のような笑顔ばかりだった。小さな子から年配の人まで、私を敬ってくれる。私は尊敬に値する者なのだろうか。麻袋に詰められた野菜や果物、チーズに、食器や機織り物の量を前に、立ち尽くすしかなかった。

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