城下町Ⅲ
笑い声が重なり、商店街は小さな祭りのように賑わっている。壊れた屋根やひび割れた壁でさえ、人々の明るさの中に溶けてしまいそうだ。街はまだ、生きている。生きようとしている。
女性に一つだけ、確認したいことがある。
「旦那様はどうしていらっしゃいますか?」
出来ることなら、せめてもの償いに一言詫びたかった。罵られようとも構わない。
女性は目を伏せると、小さく呟く。
「自室で養生しています。娘と遊ぶのが最近の楽しみなんです」
「お会いすることは出来ますか?」
女性の目が僅かに開かれた。驚いたのだろうか、それとも困惑してしまったのだろうか。分からないけれど、快くは思っていないだろう。
「主人に確認してきます」
目を伏せてそれだけ言うと、女性は店の奥へと消えてしまった。
「ミユ様、無理されていませんか?」
「ううん、私が望んでることだから。大丈夫」
「それなら良いんですが……」
アリアは歯切れが悪そうに、口をへの字に曲げる。
無理なんてしていない。今を逃せば、こんな機会なんて訪れないのだから。
数分、いや、十数分、そこに立ち尽くしていただろう。女性は戻ってくると、すぐさま頭を下げる。
「申し訳ございません、主人はお会い出来ないと申しております」
「どうしてですか?」
「こんな姿を晒しては、魔導師様に罪悪感を与えかねないと」
どこまで優しい人たちなのだろう。自分が酷く苦しいのに、私のことまで心配してくれるなんて。私がここで意地を張って無理に部屋へ押し入れば、余計に心の傷を広げてしまうだろう。
「では、絶対に元気になってくださいと、言伝をお願いします」
お辞儀をし、微笑んでみせる。すると、女性もほっと胸に片手を当て、にこりと笑うのだった。
そうだ、魔導師のみんなにも、善意の林檎を食べてもらいたい。籠に並んでいる真っ赤な林檎を四個拾い上げ、アリアが持ってきた麻袋へと詰め込む。
「この分のお代も」
「分かりました」
アリアは女性に硬貨を握らせると、優しく微笑んだ。女性のグレーの瞳は徐々に潤んでいく。
「魔導師のみんなでいただきますね」
「ありがとうございます……」
「いえ、私はこれで失礼します。アリア、行こう」
深々と頭を下げる女性に手を振り、その場を後にしようと足を踏み出す。そこでアリアの姿が消えたのだ。
アリアが私を置いて、ここを去る筈がない。分かってはいるものの、実際、彼女はいないのだ。不安に苛まれながら周囲を見回してみる。
「ミユ様! こっちです!」
声のした方を振り返ってみれば、青果店の向かいにいる筋肉質の男性に腕を引き摺られていた。
「アリア!?」
「魔導師様、是非うちの野菜ももらってください! 来ていただけなくては、従者はお返し出来ません」
「タダではいただけません! 買います!」
慌てて、私を見詰め続けるアリアに手を伸ばす。しかし、男性はアリアから手を放してくれない。
「お代はいただけません! もらってください!」
「嫌です!」
この世界では絶対に事件は起きない。この世界の人たちは、アリアを傷付けようなんていう悪意は持ち合わせていない。そう決めてかかった。
譲らない私に、男性はあたふたし始める。
「これじゃあ、魔導師様に押し売りしたみたいじゃないですか。頼むから、もらってください」
「私は貴方の気持ちを受け取るためにも、買いたいんです」
きっぱりと断ると、男性は力なく頭を垂れ、アリアを放してくれた。彼女が無事で良かった。今だけは、王たちの愚行にも感謝しよう。
ジャガイモ、キャベツ、玉ねぎ、人参――どれも艶が良く、土の香りが残る野菜ばかりが並んでいる。ジャガイモに触れてみると、乾いた土が指についた。どれを購入すれば良いだろう。私の隣で野菜を食い入るように見詰めるアリアに、そっと声をかけてみる。
「どれを買ったら良いかなぁ」
「迷うくらいなら、全種類買ってしまいましょう」
「えっ!?」
思わぬ答えに、声を張り上げてしまった。
「アリア、持てる?」
「それなら心配しないでください。魔法で小さくしますから」
そうか、その手があったか。なるほど、と相槌を打つ。自然と笑顔にもなる。
「ここにある野菜、全部一つずつください」
男性に微笑んでみせると、その瞳は見開かれた。
「ええっ!? そんなに買っていただけるんですか!?」
「仲間にも食べてもらいたいんです。エメラルドの野菜は、とびきり美味しいので」
国王オズと私が存在している証である、エメラルドの自然の恵み――それを、どうしてもみんなで堪能しておきたかった。
男性はボロボロと涙を零す。
「魔導師様直々に味わってもらえるとは……こんなに嬉しいことはありません」
「大袈裟ですよ」
私が苦笑いをすると、男性は涙を拭うこともせず、眉間にしわを寄せた。
「大袈裟なんかじゃありません。私らは、貴女様と国王様のお陰で生きていられるんです」
* * *
両腕に抱えきれないほどの贈り物が積み重なっていく気がした。笑顔と一緒に差し出される善意が、胸を温かく、重くしてくれる。
けれど、どうしてだろう。嬉しい筈なのに、私なんかが受け取って良いのかと戸惑ってしまう。
「ミユ様?」
喫茶店は目前だ。魔法で小さくされた麻袋は、はち切れそうな程に膨らんでいる。それを片手に、アリアは首を傾げた。
「この世界の人たちは、温かいね。胸が焼けるくらいに温かすぎるよ」
私に向けられるのは太陽のような笑顔ばかりだった。小さな子から年配の人まで、私を敬ってくれる。私は尊敬に値する者なのだろうか。麻袋に詰められた野菜や果物、チーズに、食器や機織り物の量を前に、立ち尽くすしかなかった。




