城下町Ⅱ
家々にはやぐらが組まれ、復旧作業が進んでいる。金槌を叩く音が様々な方向から聞こえてくる。どうか、無事に工事が終わりますように。祈らずにはいられない。
「ミユ様、顔を上げてください」
いつ俯いていてしまったのだろう。アリアの声に、はっと視線を持ち上げた。
「魔導師様、大丈夫ですか?」
「どこか痛みますか?」
気付かない間に、心配そうな表情で町の人々は私を取り囲んでいた。
「……私は、この国を守れなかった。何も出来ないで、逃げちゃった」
地震を止めるなんていう考えは、あの時の私にはなかった。どれ程の命が、あの一瞬で消えたのだろう。考えるだけでも身の毛がよだつ。
自らを見捨てた頼りない魔導師――そう思われても仕方がない。それなのに、人々は次々に首を横に振るのだ。
「私たちは魔導師様に感謝しているんです。あんなに強い揺れだったのに、これだけの被害で済んだのですから」
「それは違う! 私が何もしなかったから……!」
「あんな大地震を止めようなんて、ミユ様の命がいくつあっても足りませんよ。もう、ご自身を責めるのはやめてください」
アリアの力強い言葉に、それ以上何も言えなくなってしまった。私が地震で倒れていたら、影――ううん、ルイスは倒せなかっただろう。そうなれば、この世界が終わっていた。口を結び、視線を落とす。その視界に黒髪の幼い女の子が入った。小さな手には真っ赤な林檎が抱えられている。
「このりんご、まどうしさまにあげるね。はやくげんきになってね」
彼女はにこっと笑うと、林檎を私の手に押し付ける。条件反射で受け取ると、女の子はテコテコと走り去ってしまった。
「あの子の父親……」
「ああ、地震で両足を骨折して、まだ動けないらしい」
町人の会話に耳を疑う。この林檎は私が受け取るべきではない。あの子の父親にあげるべきだ。林檎を両手で包み込み、口を開いていた。
「あの子の家、どこですか?」
「商店街にある青果店の子ですよ」
「ありがとうございます!」
大地を蹴る前に、私を囲んでいた人たちが道を譲ってくれた。それは良いのだけれど、商店街の場所が分からない。
「アリア、道を教えて!」
「任せてください」
アリアは頷くと、大通りをまっすぐに進む。私も懸命に、アリアから遅れないように駆けた。何軒のやぐらを通り過ぎただろう。二つの大通りが交わり、大きな木製の看板が掲げられている。そこには確かに商店街の文字が見えた。
「そこが商店街?」
「そうです」
ここまで来ておいて、心に迷いが生じてしまった。この林檎は、あの子の善意だ。それを突き返してしまっても良いのだろうか。足を止め、つるりとした林檎をかざしてまじまじと見てみる。
「……やめた」
「ミユ様?」
「この林檎、返すのやめた」
あの愛くるしい笑顔を潰したくはない。だからと言って、タダで受け取るわけにはいかない。
「アリア、お金は持ってる?」
「はい。ありますよ」
数歩先で足を止めたアリアは、いかにも財布ですと言わんばかりのがま口を懐から取り出した。互いに歩み寄り、前面に蘭の花があしらわれたがま口の中を覗き込む。金、銀、銅――様々な色の硬貨がぎっしりと詰め込まれている。
「硬貨がいっぱい……」
「大きな買い物はしないだろうと踏んでいましたから。使いやすい小銭を多めに持ってきました」
「重くない?」
「重いですよ」
そうだろうな、と何故か誇らしげなアリアに苦笑いを向けた。まあ、これだけ硬貨があるのなら、林檎代は払えるだろう。
「もらうのではなく、買いたいんですね」
「うん」
あの子の笑顔が脳裏に浮かぶ。先ほどは言えなかった「ありがとう」を伝えた時、どんな表情をしてくれるのだろう。
「青果店までの道案内をお願い」
「分かりました」
今度は駆け足ではなく、確実に歩を進める。そうして辿り着いたのは、半壊した商店だった。屋根は落ちていないものの、煙突は崩れている。壁にも一か所だけ大きなひびが入っている。軒先には瑞々しくて色鮮やかな果物が所狭しと並ぶのだった。
あの子の母親だろうか。艶やかな黒髪も、穏やかなグレーの瞳も似て見える。
女性はこちらに丁寧に礼をすると、にっこりと微笑んだ。
「その林檎……うちの子ですね。無礼なことはしでかしませんでしたか?」
「とんでもありません。心優しい女の子ですね」
辺りを見回してみたけれど、女の子の姿はない。途中で追い抜いてきてしまったのだろうか。直接、感謝を伝えたかったのに。少し残念だ。
「アリア、お代を」
「はい」
私にはこの世界の金銭感覚がないので、アリアに託すことにした。がま口を持つアリアを見て、女性は慌てた様子で首を振る。
「魔導師様からお代なんていただけません! どうか、もらってやってください」
「それじゃあ、私の気持ちが収まらないんです」
こちらだって譲るわけにはいかない。一家の大黒柱が大怪我をしているのだ。こういう時くらい、私が出来ることは何でもしたい。
「たった一個の林檎かもしれないけど、私にとっては救いだったんです。だから、せめてお代だけでも受け取ってください」
自らが、家族が、知人が傷付いたのに、誰も私を責めたりはしなかった。日本の人たちの冷酷な部分を知っているからこそ、この世界の人たちの気持ちが温かくて、痛い。
唇を噛み、女性を見詰めてみる。観念したのか、彼女は困ったように笑い、アリアが取り出した硬貨を受け取ってくれたようだ。
そんなやり取りは、商店街の人たちに見られていたらしい。
「魔導師様、うちのパンももらってください!」
「私が焼いたクッキーも!」
「うちの店も覗いてください! お気に召した物を差し上げます!」
商店街に並ぶ店々から店主が飛び出し、手招きをする。私はいただくなんて一言も言っていない。購入したい。でも、量が多すぎる。
「アリア、どうしよう~……」
困り果ててアリアを見ると、朗らかに笑っていた。
「大丈夫ですよ」
こうなることを見越していたのだろう。大きな麻袋を懐から取り出した。
「買った物は全部この中に入れてください。後で小さくして持ち帰りましょう」
流石はアリアだ。しっかりとフォローをしてくれる。




