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【完結・改訂版】呪いを解いた代償は、恋人の心でした~神に反旗を翻します~【第二部】  作者: 七宮叶歌
第19章 城下町

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城下町Ⅱ

 家々にはやぐらが組まれ、復旧作業が進んでいる。金槌を叩く音が様々な方向から聞こえてくる。どうか、無事に工事が終わりますように。祈らずにはいられない。


「ミユ様、顔を上げてください」


 いつ俯いていてしまったのだろう。アリアの声に、はっと視線を持ち上げた。


「魔導師様、大丈夫ですか?」


「どこか痛みますか?」


 気付かない間に、心配そうな表情で町の人々は私を取り囲んでいた。


「……私は、この国を守れなかった。何も出来ないで、逃げちゃった」


 地震を止めるなんていう考えは、あの時の私にはなかった。どれ程の命が、あの一瞬で消えたのだろう。考えるだけでも身の毛がよだつ。

 自らを見捨てた頼りない魔導師――そう思われても仕方がない。それなのに、人々は次々に首を横に振るのだ。


「私たちは魔導師様に感謝しているんです。あんなに強い揺れだったのに、これだけの被害で済んだのですから」


「それは違う! 私が何もしなかったから……!」


「あんな大地震を止めようなんて、ミユ様の命がいくつあっても足りませんよ。もう、ご自身を責めるのはやめてください」


 アリアの力強い言葉に、それ以上何も言えなくなってしまった。私が地震で倒れていたら、影――ううん、ルイスは倒せなかっただろう。そうなれば、この世界が終わっていた。口を結び、視線を落とす。その視界に黒髪の幼い女の子が入った。小さな手には真っ赤な林檎が抱えられている。


「このりんご、まどうしさまにあげるね。はやくげんきになってね」


 彼女はにこっと笑うと、林檎を私の手に押し付ける。条件反射で受け取ると、女の子はテコテコと走り去ってしまった。


「あの子の父親……」


「ああ、地震で両足を骨折して、まだ動けないらしい」


 町人の会話に耳を疑う。この林檎は私が受け取るべきではない。あの子の父親にあげるべきだ。林檎を両手で包み込み、口を開いていた。


「あの子の家、どこですか?」


「商店街にある青果店の子ですよ」


「ありがとうございます!」


 大地を蹴る前に、私を囲んでいた人たちが道を譲ってくれた。それは良いのだけれど、商店街の場所が分からない。


「アリア、道を教えて!」


「任せてください」


 アリアは頷くと、大通りをまっすぐに進む。私も懸命に、アリアから遅れないように駆けた。何軒のやぐらを通り過ぎただろう。二つの大通りが交わり、大きな木製の看板が掲げられている。そこには確かに商店街の文字が見えた。


「そこが商店街?」


「そうです」


 ここまで来ておいて、心に迷いが生じてしまった。この林檎は、あの子の善意だ。それを突き返してしまっても良いのだろうか。足を止め、つるりとした林檎をかざしてまじまじと見てみる。


「……やめた」


「ミユ様?」


「この林檎、返すのやめた」


 あの愛くるしい笑顔を潰したくはない。だからと言って、タダで受け取るわけにはいかない。


「アリア、お金は持ってる?」


「はい。ありますよ」


 数歩先で足を止めたアリアは、いかにも財布ですと言わんばかりのがま口を懐から取り出した。互いに歩み寄り、前面に蘭の花があしらわれたがま口の中を覗き込む。金、銀、銅――様々な色の硬貨がぎっしりと詰め込まれている。


「硬貨がいっぱい……」


「大きな買い物はしないだろうと踏んでいましたから。使いやすい小銭を多めに持ってきました」


「重くない?」


「重いですよ」


 そうだろうな、と何故か誇らしげなアリアに苦笑いを向けた。まあ、これだけ硬貨があるのなら、林檎代は払えるだろう。


「もらうのではなく、買いたいんですね」


「うん」


 あの子の笑顔が脳裏に浮かぶ。先ほどは言えなかった「ありがとう」を伝えた時、どんな表情をしてくれるのだろう。


「青果店までの道案内をお願い」


「分かりました」


 今度は駆け足ではなく、確実に歩を進める。そうして辿り着いたのは、半壊した商店だった。屋根は落ちていないものの、煙突は崩れている。壁にも一か所だけ大きなひびが入っている。軒先には瑞々しくて色鮮やかな果物が所狭しと並ぶのだった。

 あの子の母親だろうか。艶やかな黒髪も、穏やかなグレーの瞳も似て見える。

 女性はこちらに丁寧に礼をすると、にっこりと微笑んだ。


「その林檎……うちの子ですね。無礼なことはしでかしませんでしたか?」


「とんでもありません。心優しい女の子ですね」


 辺りを見回してみたけれど、女の子の姿はない。途中で追い抜いてきてしまったのだろうか。直接、感謝を伝えたかったのに。少し残念だ。


「アリア、お代を」


「はい」


 私にはこの世界の金銭感覚がないので、アリアに託すことにした。がま口を持つアリアを見て、女性は慌てた様子で首を振る。


「魔導師様からお代なんていただけません! どうか、もらってやってください」


「それじゃあ、私の気持ちが収まらないんです」


 こちらだって譲るわけにはいかない。一家の大黒柱が大怪我をしているのだ。こういう時くらい、私が出来ることは何でもしたい。


「たった一個の林檎かもしれないけど、私にとっては救いだったんです。だから、せめてお代だけでも受け取ってください」


 自らが、家族が、知人が傷付いたのに、誰も私を責めたりはしなかった。日本の人たちの冷酷な部分を知っているからこそ、この世界の人たちの気持ちが温かくて、痛い。

 唇を噛み、女性を見詰めてみる。観念したのか、彼女は困ったように笑い、アリアが取り出した硬貨を受け取ってくれたようだ。

 そんなやり取りは、商店街の人たちに見られていたらしい。


「魔導師様、うちのパンももらってください!」


「私が焼いたクッキーも!」


「うちの店も覗いてください! お気に召した物を差し上げます!」


 商店街に並ぶ店々から店主が飛び出し、手招きをする。私はいただくなんて一言も言っていない。購入したい。でも、量が多すぎる。


「アリア、どうしよう~……」


 困り果ててアリアを見ると、朗らかに笑っていた。


「大丈夫ですよ」


 こうなることを見越していたのだろう。大きな麻袋を懐から取り出した。


「買った物は全部この中に入れてください。後で小さくして持ち帰りましょう」


 流石はアリアだ。しっかりとフォローをしてくれる。

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