神への告発Ⅲ
その光に、何が何でもしがみつきたい。
王様に会って、クラウの話をして説得すれば良い。『愚かな行い』というものをやめさせれば良い。あわよくば、闇を光に変える魔法の使い方を教えてくれないだろうか。そんな都合の良い考えが浮かんで離れなくなってしまった。
「また、天地をひっくり返すような地震が来るかもしれない。だから、どうか助けて下さいって言ったら、王様、信じてくれるかなぁ」
この言い方は、クラウが『影』になると認めてしまっているようなものだ。
アレクとフレアは表情を強張らせる。
「ミユ! それは……!」
「だって、そうでしょ? もう、クラウを苦しめたくないの、傷つけたくないの。この方法しか、私、思いつかなくて……」
世界の人々の命を奪うような真似は、クラウにはして欲しくないのだ。
「認めたくなんかないよ。でも、他にどうすれば良いの? 分かんないよ……」
抑えきれず、両目から涙が零れ落ちる。
「もう良いから……。ミユが出来ること、やれるだけやってみよう?」
「オレらも出来ることはする。オマエらばっか苦しんでるのなんか見てらんねぇよ」
重たい足音が聞こえて視界にアレクの身体が入ったと思うと、大きな手が私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「こんな小せぇ身体に、どんだけのモノを背負わせりゃ気が済むんだよ! なぁ、神サマよぉ!」
アレクの慟哭は神には聞こえないのだろう。そうだとしても、ダイヤのとある一室での、神への告発だった。
* * *
「善は急げだ、ミユ」
突然だった。囁きと同時に、黄色の瞳が私の視線を捉える。
「オマエ、エメラルドに帰ってアリアと話してこい。んで、エメラルド王に謁見出来るように持ってくんだ。何ならアリアに命令しても良い」
「クラウはあたしが見てるよ。アレクもトパーズの女王様と話したいんでしょ? 行ってきて」
「悪ぃな」
アレクはフレアに微笑むと、すぐにこちらへ視線を戻す。先程の笑みは消えていた。
「但し、失敗は許さねーからな」
絶対に王様を説得してみせる。その決意も込めて大きく頷いた。
「二人とも、ありがとう」
「お礼を言われることなんてしてないよ。ね、アレク」
「あぁ」
アレクは意地悪な笑顔で私の頭をポンポンと軽く触る。
「早く行け」
「うん! クラウ、行ってくるね」
アレクとフレアの気持ちが素直に嬉しい。クラウに目配せした後、ベッドに座ったままで瞼を閉じる。浮遊感が漂い始める。
髪がふわりと浮き、地に足がついた。ゆっくりと瞼を開けると、そこはクラウの部屋ではなく、私の部屋だった。緑の家具が鎮座している。
すぐさま小気味良い足音が近づいてきた。ドアが開け放たれた瞬間、懐かしい人の顔が目に映る。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
涙の跡が残っていたのかもしれない。アリアの表情もどことなく物悲しい。
「クラウ様の痣のことですよね」
「うん。あの痣は王様の『愚かな行い』を止めさせれば、もしかしたら……。だから私、王様に会って、直接話したいの」
「王様、ですか……」
アリアはしばし考え込んだ後、小さく頷いた。
「良いお返事は期待しないでください。それで良ければ交渉してきます」
「うん、お願い。緊急だからって伝えて」
「分かりました」
真剣な表情を残し、アリアは光を放ちながら姿を消した。
どうか、謁見が許されますように。祈るような気持ちで椅子に座り、アリアを待つ。一分が経ち、十分が経ち、三十分が経ち――嫌な緊張感を保ったまま、飲み物も飲まずに両手を握り締め続けた。
「カノン、きっと大丈夫だよね」
いつも傍にいてくれる、前世の私――カノンに話しかけてみる。しかし、返事がない。
「カノン?」
いくら待っても、その声は聞こえてこない。リエルやアイリス、ヴィクトとの感動的な再会を果たしたから、四人で天国へ旅立ったのだろうか。
寂しくはあるけれど、良いことなのかもしれない。今は、前向きに捉えるしかない。
この世界でたった一人になるのは初めてだ。心許なく、溜め息を吐いてしまうのだった。
うわの空になり、アリアの帰りに気づくのが遅れてしまった。
「ミユ様」
「ひゃっ」
突如として目の前で囁かれ、小さな悲鳴を上げる。
「しっかりなさってください。謁見の許可が下りたんですから」
「えっ?」
謁見の許可が下りた――アリアは確かにそう言った。心の光が弾けるように全身を駆け抜ける。
「ただし、謁見は五日後です。それまでに、ミユ様にはテーブルマナーを身につけていただきますからね」
「テーブルマナー?」
「はい。王様……オズ陛下はミユ様とのお食事を望まれています」
希望が緊張感へと変わっていく。王様の前で食事など考えたこともなかった。失敗したら、私はどうなるのだろう。
「一緒に食事は出来ないって言ったら?」
「謁見のお話はなかったことになるかもしれません」
「そんな……」
たった五日間で、テーブルマナーを覚えろと言うのだろうか。無理難題に、不満が漏れそうになる。
しかし、これはクラウのためなのだ。私のために命を張ってくれた彼のためならば、これくらい乗り越えてみせよう。
「やる。私、頑張る」
両手を握り締め、生唾を飲み込んだ。
「では、今夜から早速特訓を始めますね。私もミユ様に恥をかかせる訳にはいきませんから」
アリアは力強い眼差しを保ったまま、にこりと微笑む。私も彼女に大きく頷いた。