残酷で美しい世界Ⅳ
私の中で計画していた観覧車に乗るためには、ススキノに移動するしかない。寒さを凌ぎながら、まずは大通りを目指そう。駅ビルを地下から抜け、歩行空間へと向かう。
なんだか、通行人が私たちを見ている気がする。視線をクラウから外すと、通行人の女性と目が合った。
「ん〜……?」
何故、こんなにも見られているのだろう。クラウの目立つ金の髪のせいだろうかとも思ったけれど、それだけが理由ではないことに気付いた。手にしている、お揃いのぬいぐるみのせいだ。
「どうかした?」
「……視線を感じない?」
「感じるけど……俺は慣れてるから」
そうだ、この人は異世界に帰れば立派な血筋の持ち主なのだ。魔導師になる以前も、人の視線を気にしていては生活が出来なかっただろう。
「う〜ん……」
相談する相手を間違えたらしい。いや、これは好機と捉えた方が良いのだろうか。クラウが人目を気にしないのなら、私も気にしなければ良い。
半ば開き直り、息を吸い込む。ここにこうして二人でいられるのは、今日だけなのだから。楽しまなくては損だ。クラウに笑顔を向け、視線を浴びるままに歩を進めた。
* * *
十五分くらいかけて、大通りの地下街へと辿り着いた。少し休憩したいな、と立ち止まり、クラウの顔を見上げてみる。
「休憩しない?」
「うん、良いよ。でも、どこで?」
「カフェ」
確か、北海道に初上陸した有名コーヒーブランドの姉妹店がある筈だ。そこへ行くまでは、もう少し地下街を歩かなくてはいけない。
「地下街を見ながら、ゆっくり行こ〜」
前方を見据え、意気込んだところだった。地下街の入口にあるテレビに赤文字が写ったのだ。人々が行き交う騒音に紛れて、アナウンサーの声が構内に響く。
「速報です。Y山市で三人が殺傷された事件で、警察は容疑者の男を確保しました。男は誰でも良いから殺したかったと話しており――」
テレビのモニターは事件現場を映す。血は映っていないけれど、生々しい証言が次々と報道される。
「殺……人……?」
『事件』という言葉すらない世界の住人であるクラウの顔は、すっかり青ざめている。
「残念だけど、こういう事件はたまに起こるの。多分、スティアもこうなると思う」
上手く言葉に出来ない。事件が頻発するようになったとして、スティアから負の感情を排除していては、人類が滅亡するかもしれないのだ。また影が現れる。多少の犠牲は仕方ない――ちらりと頭をよぎった考えに、自分でゾッとする。
「……行こう?」
クラウと手を繋ぎ直し、地下街へと入る。互いに、心に暗い影を落としながら、何も言えずにいた。
* * *
無事にとは言えないものの目的地に到着し、混み合った店内へと入る。目を細めてメニューを見ながら、どれにしようかと悩む。抹茶ラテ、シトラスティー、チャイラテ、アールグレイ――メニューが豊富すぎて目移りしてしまう。
「ミユ、あの緑の飲み物は何?」
クラウの声に、はっと気付く。スティアと日本では文字が違うのだ。彼がメニューを理解出来る筈がなかった。指さすものを確認し、口を開いた。
「抹茶ラテ。苦くて甘い、不思議な飲み物だよ」
「じゃあ、これは?」
「チャイラテ。私も飲んだことないんだ〜」
「うーん、どれにしよう……」
ここにクラウが苦手な物はない筈だ。揺れる青い瞳に目を移し、にこっと微笑んでみる。
「抹茶ラテがお勧めだよ」
「うーん、じゃあ、それにする」
「私はシトラスティーにしよう。後でちょっとあげるね」
重大発言だとは気付かずに、何気なく言ってしまった。クラウはほのかに頬をピンクに染める。
「貰ってばっかりは嫌だから、俺もミユにちょっとあげるね」
「うん」
心温まる会話に、思わず笑みが漏れる。
列は徐々に捌けていき、会計は速やかに終えられた。グラスが二つ乗ったトレーはクラウに託し、一つだけ空いていた二人がけの席に腰を下ろす。
「今日のこと、アレクとフレアに言ったら羨ましがるんだろうな」
「言っちゃ駄目だよ。オパールに念押しされてるんだから」
「分かってるよ」
クラウは小さく笑い、抹茶ラテが入ったグラスに口をつけようとした。
「待って! それはストローを使った方が良いから」
「すとろー?」
「うん。細長〜い筒なんだけど、それで飲むの」
トレーにあったストローを慌てて取り、個装を破る。ストローを自分のグラスに刺すと、一口吸ってみせた。レモンやオレンジの爽やかな酸味と、ほのかな砂糖の甘みが心を穏やかにしていく。
「美味しい〜!」
系列店は何度も行ったことがあるけれど、姉妹店は私も初めてだ。こちらの物は甘さ控えめで、大人な美味しさがある。
クラウもストローを刺し、黙々と吸う。グラスの中の飲み物がゆっくりと減っていく。
「なんていうか……不思議な味としか言えないけど、美味しい」
「抹茶ってね? 元の茶葉は紅茶と同じなんだよ」
「えっ!? そんな風には感じないよ」
クラウはもう一口、抹茶ラテを吸い込む。口を動かして味わうと、ゴクリと飲み込んだ。
「こんな飲み物を思いつくなんて、やっぱり異世界の人は凄いな」
その言葉が日本という国を肯定してくれたようで、ひどく嬉しくなった。と同時に、私はどう足掻いても、クラウから見ると異世界人として写るのだな、と寂しくなる。




