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【改訂版】呪いを解いた代償は、恋人の心でした~神に反旗を翻します~【第二部】  作者: 七宮叶歌
第18章 残酷で美しい世界

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残酷で美しい世界Ⅲ

 早速、エレベーターへと向かう。クラウの表情が曇ったけれど、乗らなくては辿り着けない。「我慢して」と、無理やり手を引いて乗り込んだ。

 これさえ乗り切れば、美味しいものが食べられる。クラウの口に合えば良いな、と顔を見上げてみると、やはり恐怖の表情が滲んでいた。

 エレベーターから降りると、歩きながら背中を優しく撫でてみる。


「ミユ。やっぱりこれ、俺には駄目みたい」


「う~ん、エスカレーターに挑戦してみる?」


「えすかれーたー?」


「うん。動く階段」


 クラウの口元が引きつった。きっと、どうして階段まで動くのだと、怒りにも似た疑問が浮かんでいることだろう。


「今、地面からすっごく高い所にいるから、普通の階段だと疲れちゃうよ」


「それにしたってさ……」


 舌打ちをしないまでも、クラウは口をへの字に曲げる。そうして話している間に、目的の店の前へとやってきた。ちらりと食品サンプルへと目を遣り、海鮮丼があるか確認する。ライトに照らされて輝くイクラやマグロ――大丈夫だ、ある。

 入店を待つ列の最後尾に並び、懐かしい日本の味を思い出す。

 

「わしょくって、どんな料理なんだろう」


 ようやく笑顔を取り戻したクラウの瞳は、好奇心いっぱいで食品サンプルを見詰めていた。


 * * *


「すみませ〜ん!」


「どうされましたか?」


「あの、スプーンとフォークってありますか?」


 ウエイターは海鮮丼をじっと見詰めるクラウに目を遣る。


「あっ、お箸使えませんよね、少しお待ち下さい」


 足早に去っていく彼を見送ると、私も海鮮丼へと目を落とした。脂ののった刺身が隙間なく整列しており、食べなくても美味しさは確約されている。酢のつんとした香りも食欲を増進させる。


「お待たせ致しました。ごゆっくりどうぞ」


 戻ってきたウエイターは、クラウ用のお盆の上にシルバーを乗せると、丁寧にお辞儀をしてから去っていった。


「……ミユ」


「どうしたの?」


「魚の卵は分かるけどさ」


「うん」


 何がそんなに不思議なのだろう。小首を傾げると、クラウは眉間にしわを寄せる。


「魚の身、このまま生で食べるの?」


「うん、そうだよ〜」


「えっ……」


 そういえば、スティアではあまり魚を生で食べなかったな、などと思い出す。


「日本では人気なんだよ〜? 北海道の海鮮丼」


「そう……なの?」


「うん」


 海鮮丼の美味しさは日本全国――いや、世界中に知れ渡っているだろう。自信を持って勧められる。

 しかし、不信感を持ったのだろうか。クラウの表情が晴れることはない。


「カルパッチョみたいなものだから」


「……全然違うけど」


 ぼそっと呟かれた言葉に、苦笑いをしてしまった。


「こうやって、小皿に醤油を入れるの。しょっぱいから、出し過ぎないでね」


「うん」


「黄緑の……わさびっていうんだけどね? これを醤油の中に好きな量だけ入れて混ぜるの。辛いから注意だよ」


「うーん」


 どれくらい入れれば良いのか分からないのだろう。クラウはわさびを見て固まってしまった。


「入れなくても美味しいよ」


「……じゃあ、入れないでおく」


 私もわさびが得意な方ではない。小皿を持ち上げ、クルクルと醤油を海鮮丼に注いでいく。それをクラウは凝視し、ぎこちなく真似をした。

 ともかく、食べる準備は整った。後は箸を持ち、かぶりつくのみだ。


「いただきます」


「……いただきます」


 手を合わせ、箸を取る。ホタテやエビ、マグロにサーモン――どれも私が好きな物ばかりだ。手前にある玉子から口へと運んだ。


「ん〜……幸せ〜! 帰ってきたって感じだよ〜」


 美味しくて箸が止まらない。あまりにも貪りつくものだから、クラウの興味も自然と海鮮丼へ向いたのだろう。スプーンを持ち、恐る恐る白身とご飯を掬い取る。口へ運んだ瞬間、表情が一変した。


「美味しい……」


 満面の笑みでスプーンを運ぶ。


「魚って、こんな風に食べたら、こんなに甘くてトロトロなんだ!」


「美味しいよね〜!」


「うん、俺、知らなかった!」


 好きな人と好きな物を分かち合える事が酷く幸せで嬉しい。この日本での幸せな時がずっと続いて欲しいな、などと叶いもしない夢を描きながら、食事と会話を楽しんだ。

 約一時間、この和食料理屋に滞在し、次に向かったのは別ビルのゲームコーナーだった。ずっと、彼氏になってくれた人に、UFOキャッチャーでぬいぐるみを取って貰うのが夢だったのだ。まずは私からゲームの手本を見せてみる。


「落ちないで、お願い!」


 握る力の弱いアームは、黄色の犬のキャラクターの頭をがっちりと掴んだ。アームが大きく揺れる。


「あ〜っ!」


 揺れに耐えられず、アームはぬいぐるみを離してしまった。落ちたぬいぐるみは床に弾み、少しだけ落下口へと近付いた。

 

「ミユ、俺がやる」


「ちょっと待ってね。お金入れるから」


 財布から取り出した百円玉五枚をUFOキャッチャーへ注ぎ込む。それは、まるで生きているかのように、音楽を奏でる。


「これで三回出来るよ」


「うん」


 クラウの目つきは鋭く、まるで敵を見据えるようだ。


「一回で決める」


 左手でハンドルを緩く握り、右手はボタンに添えられている。しっかりと私の動きを見ていたらしい。

 アームはぬいぐるみの頭へと向かう。


「あっ! 良い感じ!」


 ゆっくりと降りていくアームはぬいぐるみの耳の間をすり抜け、頭の芯を捉える。


「お願い〜! ……えっ? えっ!?」


 そして、なんと。


「……やった」


「やった〜!」


 思わず飛び上がって喜んでしまった。人生で初めてUFOキャッチャーに挑戦した人が、本当に取ってしまうなんて。信じられない。

 ぬいぐるみを獲得出来た合図の鐘が鳴る。


「おめでとうございまーす!」


 言いながら、男性の店員が駆け寄ってきた。


「袋、使いますか?」


「いえ、いいです。あと二回分、お金入れちゃってて」


「他のぬいぐるみ出しますよ。どれが良いですか?」


「あれにしてください」


 クラウが指をさしたぬいぐるみを見ると、今さっき取ったぬいぐるみと全く同じものだった。


「ですが、お客様――」


「同じのが良いんです」


「分かりました」


 店員も何かを察したのか、クラウににっこりと微笑む。


「頑張って下さい!」


「はい!」


 キョトンとする私を余所に、二人は意気投合してしまったらしい。笑い合い、去り際にも手を振り合う。何故、たった数分でそんなに仲良くなれるのだろう。その雰囲気に、私だけが取り残されていた。

 落ちてきていたぬいぐるみをクラウは引っ張り出すと、私に渡してくれた。


「これ、ミユにあげる」


「良いの? クラウが取ったのに」


「勿論」


 温かい気持ちを抱きながら受け取り、ぬいぐるみを抱き締める。もふもふとした感触と共に、体温も伝わってくるようだ。


「ありがとう」


 夢が叶ってしまった。頬がほんわりと熱を持つ。

 一方でクラウはというと、再びUFOキャッチャーに向き合い、鷹の視線を送る。

 二回目は頭を掴んだけれど惜しくも失敗した。三回目は掠りはしたものの、ぬいぐるみを掴めずに失敗した。


「ミユ、もう少しやらせて」


「うん」


 先に両替を済ませておいて良かった。迷うことなく財布を取り出し、五百円を投入する。


「お願い、成功して〜」


「頑張る」


 クラウはガッツポーズをし、にこっと笑う。

 四回目は胴体を掴んでしまい失敗し、残すは二回だけとなってしまった。


「今度こそ」


 クラウは慎重にアームを操る。かくつくこともなく、一直線に頭を狙う。軌道は一回目の時に似ているように思う。

 それは見間違いではなかった。ぬいぐるみの両耳の脇を擦り抜け、先程と同じ位置にアームはやって来た。これでぬいぐるみが途中で落ちさえしなければ――。


 少し離れた所で鐘が鳴る。私たち二人の腕の中には同じぬいぐるみがいる。

 店員はクラウがぬいぐるみを取ったことに気付かなかったのだ。


「お揃い、増えたね」


「うん……」


「この世界にも、俺たちの存在を残せたかな」


 もう一つのお揃いである、カノンの結婚指輪に意識を向ける。後ろで点滅を繰り返すUFOキャッチャーのボタンのことも忘れ、火照る頬をぬいぐるみの頭で隠しながら、そっとその場を離れた。

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